インターネット字書きマンの落書き帳
【赤川くんが構ってくれなくて泣いちゃう袖山くんと巻き込まれる新堂さん(BL)】
平和な世界線で仲良くイチャイチャしている赤川×袖山のファン創作……です!
(決意表明をかねた幻覚の説明)
今回の話は、新作ゲームでばっかり遊んでぜんぜん袖山のこと構ってないからすねちゃった!
でも嫉妬している袖山くんも可愛いね♥
なんて思っていたら、袖山くんが知らない男(※新堂さん)のところで泣いてる! 慰めてもらってる! 僕の袖山くんを取るなよ!
……ってなる赤川×袖山の話ですよ。
赤川×袖山のこと好きかい?
今日から好きになろうぜ♥
(決意表明をかねた幻覚の説明)
今回の話は、新作ゲームでばっかり遊んでぜんぜん袖山のこと構ってないからすねちゃった!
でも嫉妬している袖山くんも可愛いね♥
なんて思っていたら、袖山くんが知らない男(※新堂さん)のところで泣いてる! 慰めてもらってる! 僕の袖山くんを取るなよ!
……ってなる赤川×袖山の話ですよ。
赤川×袖山のこと好きかい?
今日から好きになろうぜ♥
『思い上がりと勘違い』
放課後、ホームルームが終わると赤川は待ってましたと言わんがばかりに走り出しゲーム研究会の部室に籠もりはじめた。
誰もが知るような有名タイトルの新作が発売され、赤川は自宅用でじっくりプレイする用に1本、学校で一気に攻略するために1本購入し、今学校ではクリアを目指しながら攻略情報をまとめている最中だったのだ。
「さて、そろそろストーリーラインはクリアできそうだな。サブクエストを結構取りこぼしちゃったけど、とりあえずクリアして二周目の引き継ぎ要素とか確認しておこうか」
コントローラーを握りながら嬉々として画面に向かう。ゲーム研究会には他にも部員がいたが、大型テレビに新旧ゲーム機とここに持ちこまれたゲームの殆どが赤川の私物であったから、殆どの部員が彼のおこぼれを頂戴して新作ゲームやレトロゲームを自由に遊ぶ事が出来ているという事実から、彼の奔放な行動に苦言を呈する生徒は誰もいなかった。
そうして30分ほど、最終決戦に向けての装備やスキルを見直していた時だったろう。不意に部室の扉が開いたかと思うと、荒井が室内をのぞき込んできた。
部室内では赤川の他、3人の部員が寄って集まっていたが誰もドアが開いたことには頓着しない。一人はスマホでゲーム雑誌の情報チェックをし、残りの二人は狭い画面で対戦格闘ゲームに興じているようだった。
「赤川くん、ちょっといいですか? 貴方に話したいことがあります」
部室内に他の生徒がいると聞かれたくない話だったのだろう、小さく手招きをする荒井を見て、赤川は億劫そうに立ち上がると人の少ない廊下へと出た。
「どうしたんだい荒井くん。僕がいま新作攻略中なのは知ってるだろ。ゲームに集中したいんだけどなぁ」
「わかってますよ、貴方がゲームのことになると周囲が全く見えなくなる性格だってことくらいは。ですが、それを理由に袖山くんを傷つけるのは僕が許しませんよ。最近、ずっと袖山くんをかまってあげてませんよね」
赤川と袖山が付き合っているというのは、荒井の友人たちにはすでに既知の事実だった。新作ゲームが発売するのと同時にほとんど赤川は袖山そっちのけでゲームで遊んでいるということも、それに対して袖山が5分だけでもいいからそばにいて欲しいと訴えていることもだ。
赤川も惚れた弱みがあるので袖山にすがられ頼まれた時は分かったと頷くのだが、ホームルームが終わる頃には頭の中がゲームでいっぱいになり、すっかり忘れて部室に走ってしまうらしい。
「あぁ、それはわかってるよ。でも、どうしてもゲームを前にすると冷静になれないんだって。荒井くんもわかるだろう、その気持ち」
赤川は特に悪びれる様子もなくそんなことを口にする。実際、あまり悪いと思っていないのだろう。それまで赤川にとってゲームで遊ぶということが生活の全てであり、学園生活はゲームを遊ぶためになるべく早く切り上げたいタスクでしかないのだ。
とはいえ、勉強や運動はゲームをやるために早く昇華したいタスクにすぎなくとも人と人との関係が大切な恋愛ごとは簡単に始末していいようなものではないだろう。袖山が寂しがっているのなら尚更だ。
「まったく罪悪感を抱いているように思えませんね。袖山くんは5分だけでもいいと譲歩しているんですよ。せめてそれくらい叶えてあげようと思わないんですか?」
「わかってるって、でも僕もこんな性格だから仕方ないだろう。袖山くんなら分かってくれるだろうし、それに……焦らしたら袖山くんだって僕に嫉妬してくれる。怒ったり苛立ったりするのが苦手な袖山くんが僕に対して負の感情を向けてくれるんだよ。それって愛されてるって証拠じゃないかなぁ」
赤川の言葉に、荒井は内心「やっぱり」と呟いた。
赤川は袖山と恋人になり、彼に愛されているという自覚もある。袖山も普段から赤川を甘やかしているし、彼に嫌われるのが怖いのかいつも下手に出て赤川の様子を窺っているようにも見えていた。だから赤川も、袖山なら何をしても許してくれる、自分の元から去るようなことはないと高をくくっているのだろう。
荒井は深くため息をつくと、呆れたように首を振った。
「たいした自信ですよ。貴方みたいに傲慢でワガママで自己中心的な、ゲームくらいしか取り柄のない男を好きでいてくれるのなんて袖山くんくらいだということ、忘れていませんか?」
「忘れてるわけないだろ、袖山くんは最高の恋人だって」
「それならいいのですが……貴方は知らないかもしれませんが、袖山くん、あれで結構顔が広いんですよ。いつも下手に出ているから目立ってませんが彼を気に掛けている友達も多いし、密かに恋心を抱いている相手も少なくないということ、お忘れですか」
「それもわかってるって、でも、袖山くんは僕の恋人だよ? 僕がいるっていうのに裏切ったりなんて……」
「そうですか、そんなに自信がおありでしたら、今日の帰りにボクシング部の部室を覗いていくといいですよ。どうせゲームで7時頃までいるんでしょう? 何度も言いますが、貴方が袖山くんの約束を反故にして奔放にふるまったツケですからね、これは」
荒井は軽く赤川の胸元を叩くと、そう告げて去って行った。
どういう意味だろう。ボクシング部の部室といえば部活棟から随分と離れた場所にある。袖山は元々サッカー部だったと言っていたが、ボクシング部に何の用事があるというのか。
まさか、赤川を殴り飛ばして矯正するためにボクシングを習い始めたというのだろうか。
「そんな訳ないよな、あの袖山くんが。だいたい、袖山くんは暴力とか苦手だし」
赤川は自分を安心させるよう呟くと、部室へと戻っていった。
それでも荒井の言葉は心の奥底にこびりつき、じりじりと焼けるように広がっていく。ボス戦前の準備をしっかり終えたにもかかわらず、小さなミスが続き結局その日のうちに攻略は叶わなかった。
仕方ないさ、明日もある。まだ充分早いタイムだから焦ることもない。
自分に言い聞かせるよう席を立った時、すでに他の部員は帰宅していた。ゲームに熱中していて一人居残るのはいつものことだ。時計は午後7時に近い。
そういえば、運動部もそろそろ活動を終える頃だろう。別に荒井の言葉を信じている訳ではないが、帰り道にボクシング部に寄るくらいは出来るはずだ。赤川は荷物をまとめると、通学路から少し遠回りになるのを知りながらも件の部室に寄ることにした。
とはいえ、ボクシング部には知り合いなどいない。運動部のなかでも空手部や柔道部といった武道の要素がある部活は身体が大きな強面が多いとか、不良を更生するために運動をさせているなんて噂があり、ボクシング部はその中でも屈指の厄介者たちが集まると聞いていたから、気軽に開けて中を覗く気にはなれなかった。
仕方なく外から様子をうかがえば、もう練習は終わったのか室内はおどろくほど静かである。だが、窓から明かりが漏れているのでまだ人は残っているのだろう。中の様子を窺うためドアに耳をつけてみるが、声は聞こえない。恐る恐るノブに手をかければ鍵は開いているようだ。
「失礼します」
バレないように小声で挨拶をし中の様子を窺えば、部室はすでに誰もいない。いや、正確に言うのなら今は誰も使っていないだけで、まだ残っている生徒はいるのだろう。長椅子の上に学校指定の鞄が置かれ、一つだけロッカーが開け放たれている。
そして、置かれた鞄には見覚えがあった。
「うっそだろ、これ、袖山くんの……」
長椅子に置かれた鞄は間違いなく、袖山のものだった。鞄についてるマスコットは、以前クレーゲームで赤川がとって、そのまま袖山にプレゼントしたものだ。どことなく袖山に似ているからと渡したものを、袖山は宝物みたいに大事にしてすぐに鞄へつけてくれたのだ。この鞄が置いてあるということは、袖山がボクシング部にいるのは間違いないだろう。部室にいないということは、練習場の方だろうか。僅かにあいた扉から練習場の様子を窺えば、そこには金髪でピアスを開けた不良やヤンキーという形容の似合う男の隣で、袖山が俯いて座っていた。
「そんな顔すんなって……でも……なんだろ?」
「そう、なんですけど……で……だから……」
遠いから二人がどんな会話をしているかはわからない。だが、いかにも不良っぽい男と袖山は随分と親密なようだった。というのも、袖山は引っ込み思案でいつも他人と距離を置いて接する所があるのだが、その袖山が男のすぐ隣に座っていたからだ。これは袖山がよほど心を許している証拠に違いない。
知り合いなのか、どんな会話をしているのだろうか。気付かれないよう近くに寄り様子を窺っていると。
「心配すんじゃ無ェよ、袖山。お前には俺がついてるだろ?」
不良のような男はそう言うと、袖山をしっかりとその胸に抱く。
「し、新堂さん……ありがとうございます……」
袖山もどこか安心したように頷くと、男の胸に静かにすがりついた。泣いているのだろうか。袖山が自分以外の男を前にして弱気な姿を見せるのも、感情を露わにして泣き出すのも、それを慰められるのも、慰められる仕草を受け入れているということも、全てが赤川にとって予想外の出来事だった。
そんな、袖山を泣かせていいのは自分だけだ。それを慰めるのも自分の役目だし、抱いて優しく撫でてやるのだってそう、それは全部、恋人である自分がやるはずなんだ。どうして急に現れた金髪ピアスの不良なんかに袖山をとられないといけないんだ。
ふつふつと沸きだした怒りは冷静な赤川から理性を吹き飛ばすのに時間はいらなかった。
「おまえっ、僕の袖山くんに何してんだよッ!」
言葉が出たのと男の身体に飛びついたのは殆ど同時だったろう。きっと袖山は騙されて男に誑かされているんだ、だから男から離さないと、純情な袖山はコロリと騙されてそのまま悪い男にパクリと喰われてしまうに違いない。焦りと苛立ちから計画も考えもなく飛びついたが、普段から鍛えている様子の男は赤川が飛びついてきた所でびくともせず、逆に赤川の身体をしっかりと取り抑えると不機嫌そうに視線を向けた。
「何だぁいきなりコイツ。ボクシング部に道場破りとはいい度胸じゃ無ェか」
腰のあたりを脇でガッチリ抱え込まれているだけなのだが、それだけで赤川は全く身動きがとれなくなっていた。
「やめろ! 袖山くんに手を出すなら僕が許さないからな!」
そう言って必死に手足をばたつかせるが、全く男は動じてない。それどころか
「うるせぇな、黙ってろ」
と、不良めいた軽くデコピンされるだけで脳みそがシェイクされるほどの痛みを覚える程だった。やはりボクシング部、ケンカの場数なら圧倒的に上だ。そのうえ赤川は体育の授業だって付いていくのがやっとなのだからキチンと運動している相手からするといくら暴れてもハムスターが手のひらでジタバタしている程度にあしらうのも簡単なのだろう。
それでも何とかしなければ袖山が奪われてしまう。精一杯の抵抗をしながら様子をうかがっていたところ、袖山は急に声をあげた。
「あ、赤川くん! 新堂さん、彼が赤川くんです。離してあげてください、彼は、僕の……その、大事な、人ですからッ」
「コイツがかぁ? ま、そういうことなら仕方ねぇな。ほらよ」
何とか出し抜いてやろうと暴れていた所、急に手を離されたから赤川は勢いで転げ落ちる。そうして一回転転がってリングの端に身体をぶつけた赤川のもとに袖山は駆け寄ると心配そうに顔をのぞき込んできた。
「大丈夫、赤川くん。どうしてこんな所にいるのさ……あぁ、怪我してない? 頭打った? でも、今のは赤川くんが悪いからね。急に新堂さんに殴りかかってくるんだから……僕も謝るから、一緒に謝ろう」
「何を言ってるんだよ袖山くん。僕は、その男にキミがたぶらかされたと思って助けに来たんだよ。誰だよそいつ……何でそいつにすがりついたりしてるんだよ……」
強かにうちつけた頭はガンガン痛むが、それ以上に袖山のことが心配でつい口に出る言葉は悪態にまみれている。だが、その言葉を聞いた不良めいた男は面白そうに笑うと袖山の頭をぐりぐりと撫でていた。
「何だよ、コイツ、お前のこと取られたと思って俺に殴りかかってきたのか。ははァ、俺はこれでもナメられないよう結構気合い入れた格好してるつもりなんだが、それでも助けようって気概で殴りかかってくるんなら根性だけは一人前だぜ。何だ、最近は全然かまってもらえないからって泣き言いってたが、充分に愛されてるじゃ無ェか、なぁ」
「ちょっとまってください新堂さん。赤川くんの前でそんなこと言わないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですかっ……」
「いや、言っておいたほうがいいと思うぜ? 赤川って言ったか? おまえがずーっとゲームばっかりで構ってくれないからと、最近袖山は俺の所に来て、どうしたらいいんだろうって泣き言ばっかり漏らしてたんだぜ。知らなかっただろ?」
どういうことだろう。考えがおぼつかないが、隣にいる袖山は真っ赤になって俯いている。どうやら強面の男がいうのは嘘ではないようだ。
「それ、本当かい袖山くん」
「う、うん。実はね……」
袖山曰く、新作ゲームを買ってから赤川はそればっかりに夢中で何を話しても上の空だということ。友達である時田や曽我に相談しても「赤川くんだから仕方ない」と適当にあしらわれてしまったこと。親身になって聞いてくれた荒井は何度も赤川に忠告したが、聞き入れてくれないこと。袖山も思いきって赤川にもっと一緒にいたいと、せめて5分だけでもいいから構って欲しいと訴えたが、全く聞き入れてもらえてないことで日々悶々とすごしていたのだという。
それで、ここ最近は信頼している上級生の新堂にはどうしようもない愚痴を聞かせて、せめて気を紛らわせていたそうだ。きっと、ゲームが終わったら自分の方を見てくれる、そう思って毎日耐えていたのだという。
「俺は、そんな奴ならもう見限っちまえって何度も言ってたんだぜ。袖山だったら、お前みたいなゲーム馬鹿じゃなくとも他に好きだっていう奴、いるだろうからな」
途中で新堂と呼ばれた男は、呆れたように手を広げため息をつく。袖山は新堂を前にしても首を左右に振り
「嫌ですよ……新堂さんの頼みでも、僕はまだ赤川くんと一緒にいたいんです……」
か細い声でそう告げるのを見て、赤川は改めて自分がどれだけ愛されているのかを認識した。 それだというのに、どうしてこんなに放って置いてしまったのだろう。結果として勘違いで上級生の新堂にも迷惑をかけたし、新堂と親しくしていた袖山もこれでは気まずいだろう。
「袖山くん、新堂さん……本当にすいませんでした!」
もう謝ることしか出来なくなった赤川は、その場で土下座するように頭を下げる。だが土下座するまえに新堂が留めた。
「わかったから、土下座みたいなみっともねぇ真似すんなよ。俺も袖山もお前のそんな姿見たかった訳じゃねぇんだ。それより、ちゃんと袖山のこと見てやれよ。次にあいつ泣かせたら、俺がお前を泣かせるまでぶん殴るからな」
新堂は頭を掻きながら練習場を出る。残された赤川は、袖山を前に頭を下げた。
「ほんと、ごめん。袖山くん。僕、キミが焦れてるのには気付いてたんだよね。でも、嫉妬してくれるなら嬉しいくらいの気持ちでいてさ。寂しいキミのこと、全然気付いてあげられなかった」
「い、いいんだよ。僕の方こそごめんね……黙って新堂さんに相談してたから、赤川くんに誤解させちゃって……」
袖山も申し訳なさそうに頭を下げるが、今回の騒動は明らかに赤川が発端だ。自分の甘えた考えと危機感のなさから大きなすれ違いをおこすところだった。申し訳ないし謝っても足りないと思うが、何をいっても人の良い袖山だ。「いいよ、僕も悪かったんだから」の一言で全て終わらせそうな気がする。
「こんなことで謝罪にはならないと思うけど……」
赤川は意を決したように前をむくと袖山の身体を抱きしめた。柔らかな身体が袖山を包み込み、久しぶりに得た温もりへ陶酔しているような顔を見せた。
「僕は簡単にゲームへ熱中しちゃうやつだけど、袖山くんのことが好きなのは本当だし、大事にしたいとも思ってるんだ。だから……もう、約束破ったりしないから、そばにいてくれないかな。相談とか、できるだけ僕にしてほしい。僕も、なるべく聞くようにするから……」
「う、うん。うん……ありがとう。ありがとうね、赤川くん……」
頬を赤らめ静かに抱きしめられる袖山を見ているうちに、やはり可愛いという思いと今まで彼を無碍にしていた罪悪感とがもたげてくる。こんなことをしても謝罪にならない、頭でわかっていても触れたいと思う欲求は抑えられず、自然と唇を重ねていた。
袖山も、少し驚いたように身体を震わせるが嬉しそうに赤川からのキスを受け入れる。
そうしてほんの僅かな間、キスに酔いしれていた時。
「おい、そろそろ練習場から出てくれねぇか? 鍵しめて行かねぇと顧問が怒るんだよ……っと、取り込み中だったか」
そこで顔を出した新堂は、二人の様子を見てばつが悪そうな顔をする。赤川と袖山は互いに顔を見合わせたあと、微かに笑いながら 「はい、今出ますから」 新堂に向かってそう告げ、手を繋いで走り出す。
そんな彼らの姿を、新堂は安堵の笑みを浮かべ見守っていた。
放課後、ホームルームが終わると赤川は待ってましたと言わんがばかりに走り出しゲーム研究会の部室に籠もりはじめた。
誰もが知るような有名タイトルの新作が発売され、赤川は自宅用でじっくりプレイする用に1本、学校で一気に攻略するために1本購入し、今学校ではクリアを目指しながら攻略情報をまとめている最中だったのだ。
「さて、そろそろストーリーラインはクリアできそうだな。サブクエストを結構取りこぼしちゃったけど、とりあえずクリアして二周目の引き継ぎ要素とか確認しておこうか」
コントローラーを握りながら嬉々として画面に向かう。ゲーム研究会には他にも部員がいたが、大型テレビに新旧ゲーム機とここに持ちこまれたゲームの殆どが赤川の私物であったから、殆どの部員が彼のおこぼれを頂戴して新作ゲームやレトロゲームを自由に遊ぶ事が出来ているという事実から、彼の奔放な行動に苦言を呈する生徒は誰もいなかった。
そうして30分ほど、最終決戦に向けての装備やスキルを見直していた時だったろう。不意に部室の扉が開いたかと思うと、荒井が室内をのぞき込んできた。
部室内では赤川の他、3人の部員が寄って集まっていたが誰もドアが開いたことには頓着しない。一人はスマホでゲーム雑誌の情報チェックをし、残りの二人は狭い画面で対戦格闘ゲームに興じているようだった。
「赤川くん、ちょっといいですか? 貴方に話したいことがあります」
部室内に他の生徒がいると聞かれたくない話だったのだろう、小さく手招きをする荒井を見て、赤川は億劫そうに立ち上がると人の少ない廊下へと出た。
「どうしたんだい荒井くん。僕がいま新作攻略中なのは知ってるだろ。ゲームに集中したいんだけどなぁ」
「わかってますよ、貴方がゲームのことになると周囲が全く見えなくなる性格だってことくらいは。ですが、それを理由に袖山くんを傷つけるのは僕が許しませんよ。最近、ずっと袖山くんをかまってあげてませんよね」
赤川と袖山が付き合っているというのは、荒井の友人たちにはすでに既知の事実だった。新作ゲームが発売するのと同時にほとんど赤川は袖山そっちのけでゲームで遊んでいるということも、それに対して袖山が5分だけでもいいからそばにいて欲しいと訴えていることもだ。
赤川も惚れた弱みがあるので袖山にすがられ頼まれた時は分かったと頷くのだが、ホームルームが終わる頃には頭の中がゲームでいっぱいになり、すっかり忘れて部室に走ってしまうらしい。
「あぁ、それはわかってるよ。でも、どうしてもゲームを前にすると冷静になれないんだって。荒井くんもわかるだろう、その気持ち」
赤川は特に悪びれる様子もなくそんなことを口にする。実際、あまり悪いと思っていないのだろう。それまで赤川にとってゲームで遊ぶということが生活の全てであり、学園生活はゲームを遊ぶためになるべく早く切り上げたいタスクでしかないのだ。
とはいえ、勉強や運動はゲームをやるために早く昇華したいタスクにすぎなくとも人と人との関係が大切な恋愛ごとは簡単に始末していいようなものではないだろう。袖山が寂しがっているのなら尚更だ。
「まったく罪悪感を抱いているように思えませんね。袖山くんは5分だけでもいいと譲歩しているんですよ。せめてそれくらい叶えてあげようと思わないんですか?」
「わかってるって、でも僕もこんな性格だから仕方ないだろう。袖山くんなら分かってくれるだろうし、それに……焦らしたら袖山くんだって僕に嫉妬してくれる。怒ったり苛立ったりするのが苦手な袖山くんが僕に対して負の感情を向けてくれるんだよ。それって愛されてるって証拠じゃないかなぁ」
赤川の言葉に、荒井は内心「やっぱり」と呟いた。
赤川は袖山と恋人になり、彼に愛されているという自覚もある。袖山も普段から赤川を甘やかしているし、彼に嫌われるのが怖いのかいつも下手に出て赤川の様子を窺っているようにも見えていた。だから赤川も、袖山なら何をしても許してくれる、自分の元から去るようなことはないと高をくくっているのだろう。
荒井は深くため息をつくと、呆れたように首を振った。
「たいした自信ですよ。貴方みたいに傲慢でワガママで自己中心的な、ゲームくらいしか取り柄のない男を好きでいてくれるのなんて袖山くんくらいだということ、忘れていませんか?」
「忘れてるわけないだろ、袖山くんは最高の恋人だって」
「それならいいのですが……貴方は知らないかもしれませんが、袖山くん、あれで結構顔が広いんですよ。いつも下手に出ているから目立ってませんが彼を気に掛けている友達も多いし、密かに恋心を抱いている相手も少なくないということ、お忘れですか」
「それもわかってるって、でも、袖山くんは僕の恋人だよ? 僕がいるっていうのに裏切ったりなんて……」
「そうですか、そんなに自信がおありでしたら、今日の帰りにボクシング部の部室を覗いていくといいですよ。どうせゲームで7時頃までいるんでしょう? 何度も言いますが、貴方が袖山くんの約束を反故にして奔放にふるまったツケですからね、これは」
荒井は軽く赤川の胸元を叩くと、そう告げて去って行った。
どういう意味だろう。ボクシング部の部室といえば部活棟から随分と離れた場所にある。袖山は元々サッカー部だったと言っていたが、ボクシング部に何の用事があるというのか。
まさか、赤川を殴り飛ばして矯正するためにボクシングを習い始めたというのだろうか。
「そんな訳ないよな、あの袖山くんが。だいたい、袖山くんは暴力とか苦手だし」
赤川は自分を安心させるよう呟くと、部室へと戻っていった。
それでも荒井の言葉は心の奥底にこびりつき、じりじりと焼けるように広がっていく。ボス戦前の準備をしっかり終えたにもかかわらず、小さなミスが続き結局その日のうちに攻略は叶わなかった。
仕方ないさ、明日もある。まだ充分早いタイムだから焦ることもない。
自分に言い聞かせるよう席を立った時、すでに他の部員は帰宅していた。ゲームに熱中していて一人居残るのはいつものことだ。時計は午後7時に近い。
そういえば、運動部もそろそろ活動を終える頃だろう。別に荒井の言葉を信じている訳ではないが、帰り道にボクシング部に寄るくらいは出来るはずだ。赤川は荷物をまとめると、通学路から少し遠回りになるのを知りながらも件の部室に寄ることにした。
とはいえ、ボクシング部には知り合いなどいない。運動部のなかでも空手部や柔道部といった武道の要素がある部活は身体が大きな強面が多いとか、不良を更生するために運動をさせているなんて噂があり、ボクシング部はその中でも屈指の厄介者たちが集まると聞いていたから、気軽に開けて中を覗く気にはなれなかった。
仕方なく外から様子をうかがえば、もう練習は終わったのか室内はおどろくほど静かである。だが、窓から明かりが漏れているのでまだ人は残っているのだろう。中の様子を窺うためドアに耳をつけてみるが、声は聞こえない。恐る恐るノブに手をかければ鍵は開いているようだ。
「失礼します」
バレないように小声で挨拶をし中の様子を窺えば、部室はすでに誰もいない。いや、正確に言うのなら今は誰も使っていないだけで、まだ残っている生徒はいるのだろう。長椅子の上に学校指定の鞄が置かれ、一つだけロッカーが開け放たれている。
そして、置かれた鞄には見覚えがあった。
「うっそだろ、これ、袖山くんの……」
長椅子に置かれた鞄は間違いなく、袖山のものだった。鞄についてるマスコットは、以前クレーゲームで赤川がとって、そのまま袖山にプレゼントしたものだ。どことなく袖山に似ているからと渡したものを、袖山は宝物みたいに大事にしてすぐに鞄へつけてくれたのだ。この鞄が置いてあるということは、袖山がボクシング部にいるのは間違いないだろう。部室にいないということは、練習場の方だろうか。僅かにあいた扉から練習場の様子を窺えば、そこには金髪でピアスを開けた不良やヤンキーという形容の似合う男の隣で、袖山が俯いて座っていた。
「そんな顔すんなって……でも……なんだろ?」
「そう、なんですけど……で……だから……」
遠いから二人がどんな会話をしているかはわからない。だが、いかにも不良っぽい男と袖山は随分と親密なようだった。というのも、袖山は引っ込み思案でいつも他人と距離を置いて接する所があるのだが、その袖山が男のすぐ隣に座っていたからだ。これは袖山がよほど心を許している証拠に違いない。
知り合いなのか、どんな会話をしているのだろうか。気付かれないよう近くに寄り様子を窺っていると。
「心配すんじゃ無ェよ、袖山。お前には俺がついてるだろ?」
不良のような男はそう言うと、袖山をしっかりとその胸に抱く。
「し、新堂さん……ありがとうございます……」
袖山もどこか安心したように頷くと、男の胸に静かにすがりついた。泣いているのだろうか。袖山が自分以外の男を前にして弱気な姿を見せるのも、感情を露わにして泣き出すのも、それを慰められるのも、慰められる仕草を受け入れているということも、全てが赤川にとって予想外の出来事だった。
そんな、袖山を泣かせていいのは自分だけだ。それを慰めるのも自分の役目だし、抱いて優しく撫でてやるのだってそう、それは全部、恋人である自分がやるはずなんだ。どうして急に現れた金髪ピアスの不良なんかに袖山をとられないといけないんだ。
ふつふつと沸きだした怒りは冷静な赤川から理性を吹き飛ばすのに時間はいらなかった。
「おまえっ、僕の袖山くんに何してんだよッ!」
言葉が出たのと男の身体に飛びついたのは殆ど同時だったろう。きっと袖山は騙されて男に誑かされているんだ、だから男から離さないと、純情な袖山はコロリと騙されてそのまま悪い男にパクリと喰われてしまうに違いない。焦りと苛立ちから計画も考えもなく飛びついたが、普段から鍛えている様子の男は赤川が飛びついてきた所でびくともせず、逆に赤川の身体をしっかりと取り抑えると不機嫌そうに視線を向けた。
「何だぁいきなりコイツ。ボクシング部に道場破りとはいい度胸じゃ無ェか」
腰のあたりを脇でガッチリ抱え込まれているだけなのだが、それだけで赤川は全く身動きがとれなくなっていた。
「やめろ! 袖山くんに手を出すなら僕が許さないからな!」
そう言って必死に手足をばたつかせるが、全く男は動じてない。それどころか
「うるせぇな、黙ってろ」
と、不良めいた軽くデコピンされるだけで脳みそがシェイクされるほどの痛みを覚える程だった。やはりボクシング部、ケンカの場数なら圧倒的に上だ。そのうえ赤川は体育の授業だって付いていくのがやっとなのだからキチンと運動している相手からするといくら暴れてもハムスターが手のひらでジタバタしている程度にあしらうのも簡単なのだろう。
それでも何とかしなければ袖山が奪われてしまう。精一杯の抵抗をしながら様子をうかがっていたところ、袖山は急に声をあげた。
「あ、赤川くん! 新堂さん、彼が赤川くんです。離してあげてください、彼は、僕の……その、大事な、人ですからッ」
「コイツがかぁ? ま、そういうことなら仕方ねぇな。ほらよ」
何とか出し抜いてやろうと暴れていた所、急に手を離されたから赤川は勢いで転げ落ちる。そうして一回転転がってリングの端に身体をぶつけた赤川のもとに袖山は駆け寄ると心配そうに顔をのぞき込んできた。
「大丈夫、赤川くん。どうしてこんな所にいるのさ……あぁ、怪我してない? 頭打った? でも、今のは赤川くんが悪いからね。急に新堂さんに殴りかかってくるんだから……僕も謝るから、一緒に謝ろう」
「何を言ってるんだよ袖山くん。僕は、その男にキミがたぶらかされたと思って助けに来たんだよ。誰だよそいつ……何でそいつにすがりついたりしてるんだよ……」
強かにうちつけた頭はガンガン痛むが、それ以上に袖山のことが心配でつい口に出る言葉は悪態にまみれている。だが、その言葉を聞いた不良めいた男は面白そうに笑うと袖山の頭をぐりぐりと撫でていた。
「何だよ、コイツ、お前のこと取られたと思って俺に殴りかかってきたのか。ははァ、俺はこれでもナメられないよう結構気合い入れた格好してるつもりなんだが、それでも助けようって気概で殴りかかってくるんなら根性だけは一人前だぜ。何だ、最近は全然かまってもらえないからって泣き言いってたが、充分に愛されてるじゃ無ェか、なぁ」
「ちょっとまってください新堂さん。赤川くんの前でそんなこと言わないでくださいよ、恥ずかしいじゃないですかっ……」
「いや、言っておいたほうがいいと思うぜ? 赤川って言ったか? おまえがずーっとゲームばっかりで構ってくれないからと、最近袖山は俺の所に来て、どうしたらいいんだろうって泣き言ばっかり漏らしてたんだぜ。知らなかっただろ?」
どういうことだろう。考えがおぼつかないが、隣にいる袖山は真っ赤になって俯いている。どうやら強面の男がいうのは嘘ではないようだ。
「それ、本当かい袖山くん」
「う、うん。実はね……」
袖山曰く、新作ゲームを買ってから赤川はそればっかりに夢中で何を話しても上の空だということ。友達である時田や曽我に相談しても「赤川くんだから仕方ない」と適当にあしらわれてしまったこと。親身になって聞いてくれた荒井は何度も赤川に忠告したが、聞き入れてくれないこと。袖山も思いきって赤川にもっと一緒にいたいと、せめて5分だけでもいいから構って欲しいと訴えたが、全く聞き入れてもらえてないことで日々悶々とすごしていたのだという。
それで、ここ最近は信頼している上級生の新堂にはどうしようもない愚痴を聞かせて、せめて気を紛らわせていたそうだ。きっと、ゲームが終わったら自分の方を見てくれる、そう思って毎日耐えていたのだという。
「俺は、そんな奴ならもう見限っちまえって何度も言ってたんだぜ。袖山だったら、お前みたいなゲーム馬鹿じゃなくとも他に好きだっていう奴、いるだろうからな」
途中で新堂と呼ばれた男は、呆れたように手を広げため息をつく。袖山は新堂を前にしても首を左右に振り
「嫌ですよ……新堂さんの頼みでも、僕はまだ赤川くんと一緒にいたいんです……」
か細い声でそう告げるのを見て、赤川は改めて自分がどれだけ愛されているのかを認識した。 それだというのに、どうしてこんなに放って置いてしまったのだろう。結果として勘違いで上級生の新堂にも迷惑をかけたし、新堂と親しくしていた袖山もこれでは気まずいだろう。
「袖山くん、新堂さん……本当にすいませんでした!」
もう謝ることしか出来なくなった赤川は、その場で土下座するように頭を下げる。だが土下座するまえに新堂が留めた。
「わかったから、土下座みたいなみっともねぇ真似すんなよ。俺も袖山もお前のそんな姿見たかった訳じゃねぇんだ。それより、ちゃんと袖山のこと見てやれよ。次にあいつ泣かせたら、俺がお前を泣かせるまでぶん殴るからな」
新堂は頭を掻きながら練習場を出る。残された赤川は、袖山を前に頭を下げた。
「ほんと、ごめん。袖山くん。僕、キミが焦れてるのには気付いてたんだよね。でも、嫉妬してくれるなら嬉しいくらいの気持ちでいてさ。寂しいキミのこと、全然気付いてあげられなかった」
「い、いいんだよ。僕の方こそごめんね……黙って新堂さんに相談してたから、赤川くんに誤解させちゃって……」
袖山も申し訳なさそうに頭を下げるが、今回の騒動は明らかに赤川が発端だ。自分の甘えた考えと危機感のなさから大きなすれ違いをおこすところだった。申し訳ないし謝っても足りないと思うが、何をいっても人の良い袖山だ。「いいよ、僕も悪かったんだから」の一言で全て終わらせそうな気がする。
「こんなことで謝罪にはならないと思うけど……」
赤川は意を決したように前をむくと袖山の身体を抱きしめた。柔らかな身体が袖山を包み込み、久しぶりに得た温もりへ陶酔しているような顔を見せた。
「僕は簡単にゲームへ熱中しちゃうやつだけど、袖山くんのことが好きなのは本当だし、大事にしたいとも思ってるんだ。だから……もう、約束破ったりしないから、そばにいてくれないかな。相談とか、できるだけ僕にしてほしい。僕も、なるべく聞くようにするから……」
「う、うん。うん……ありがとう。ありがとうね、赤川くん……」
頬を赤らめ静かに抱きしめられる袖山を見ているうちに、やはり可愛いという思いと今まで彼を無碍にしていた罪悪感とがもたげてくる。こんなことをしても謝罪にならない、頭でわかっていても触れたいと思う欲求は抑えられず、自然と唇を重ねていた。
袖山も、少し驚いたように身体を震わせるが嬉しそうに赤川からのキスを受け入れる。
そうしてほんの僅かな間、キスに酔いしれていた時。
「おい、そろそろ練習場から出てくれねぇか? 鍵しめて行かねぇと顧問が怒るんだよ……っと、取り込み中だったか」
そこで顔を出した新堂は、二人の様子を見てばつが悪そうな顔をする。赤川と袖山は互いに顔を見合わせたあと、微かに笑いながら 「はい、今出ますから」 新堂に向かってそう告げ、手を繋いで走り出す。
そんな彼らの姿を、新堂は安堵の笑みを浮かべ見守っていた。
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