インターネット字書きマンの落書き帳
何ものでもないものの憧れ
極端に自己肯定感のない男が、ただ誉めてくれる相手に傍にいてほしいと願う。
それだけの話です。
父性への憧れ。
認められる事のよろこび。
愛されなくてもいいから忘れないでほしい。
そういった鬱屈とした感情の塊ですよ。
それだけの話です。
父性への憧れ。
認められる事のよろこび。
愛されなくてもいいから忘れないでほしい。
そういった鬱屈とした感情の塊ですよ。
『憧憬と羨望』
小さい頃から誰かに認められた事なんてなかった。
家では役立たずだと言われながら料理や掃除をした。作った料理は一度だって美味しいと言われた事もなく掃除した場所はいつも汚いと笑われ、食器を片付ける時は手が遅いのだと小言ばかり言われる日々だった。
学校で、勉強も運動も秀でた事など一つもなかった。
九九を覚えるのは誰よりも遅かったし、ローマ字の読み書きなど殆ど出来ないでいた。
運動で役にたつような動きも出来ず、気付いたらボールをぶつけられてばかりいた。
何かに一生懸命取り組むような事もない姿は常に無気力で、勉強をしても身につかない姿は不真面目に見えたのだろう。
教師の目からしても「厄介な生徒」であったから、周囲から虐められているのに気付いても放って置かれる事が多かった。
自己肯定感。
そんなものと無縁に育っていた故、社会に出て人並みに働くようになっても彼は「自分が認められる」なんてつゆほど思っていなかった。
仕事は、人より遅い。
だがその癖にミスをする。
物静かを通り越して臆病で卑屈な彼は罵倒されるのが当然のような扱いを受け、叱られる生活がすっかり身についていたが故に何を言われてもただ半笑いで頭を下げるばかりだった。
(……どうして、俺は何もかも上手く出来ないんだろうな)
今日も残業をして家に帰る。コンビニの総菜と発泡酒よりさらに安い第三種の酒を買いエコバックをブラ下げて歩く夜の道は外灯が少ない故にいつもより暗く思える。
子供の頃、散々と家事をしてきたから料理をするのは苦痛じゃない。だから休日は少し凝った料理をして仕込んでおくのが唯一の気晴らしだった。
家族からは料理を一度だって美味しいと言って貰えた事はなかったが、自分が無心になって没頭できるただ一つの趣味とし料理があるのは救いだったろう。
「ただいま……」
誰もいない家に帰っているというのに、ついそう声をかけるのは寂しさからだろうか。
この家には人はもちろん、植物すら置いていないのに。そう思ったのだが。
「よぉ、おかえり。遅かったなァ。サラリーマンってのはこんな時間まで仕事してンだな」
返事が、ある。
驚いて顔をあげれば、そこには高校時代から、唯一の友人とも言える存在がこちらを見ていた。
同じ学校を出た人間のなかで、一番の有名人だろう。
当時から喧嘩っぱやく腕っ節が強い上、自動販売機よりも背が高い男であり本人も希望して卒業後はすぐ格闘技の世界に入った。
今は押しも押されもせぬ有名人であり、年末の格闘技特番になれば幾人もの歓声を浴びるようなヒーローだ。
自分とは住む世界が違う人間のはずなのだが。
「勝手に上がって悪かったな。お前いぜん、合鍵くれただろ? こっち来た時自由に部屋使っていいっていうから甘えさせてもらったぜ。というか、うまそうなの仕込んでるよな? これ食べていいやつか?」
何故か昔から、彼とはよく連んでいた。
タイプはまったく違う。むしろ相手は常に一匹狼で、周囲から一目置かれる存在。自分は誰からも見下される存在だ。
それだというのに彼は自分の傍にいる事が多く、高校生活はそのおかげで周囲の誰からも虐められる事なく過ごせた、数少ない「良い思い出」があった時代であり、その象徴が彼であった。
「え、あ……うん、ちょっとまってて。今温めるから……」
突然家にいたことに驚きつつスマートフォンを確認すれば、『今日そっちに行く』というメッセージが入っている。仕事ではずっとスマートフォンをロッカーにいれてるから気付かなかったのだ。
「慌てなくていいって、突然来て悪かったなー。これ土産」
相手は屈託のない様子でコンビニで買ったと思しきビールやら乾き物などを取り出す。
彼が着替えている間もずっと。
『遅くまで働けるとか偉いよなお前はさー』
『俺はそういうサラリーマンみたいなの無理だと思ったからこっちの道入ったみたいなもんだよ』
『頑張ってんだろ、すごいって。俺ぜったいに上司とか殴ってると思うし』
そんな軽口を叩く。
学生時代から、彼はそうだった。
周囲にどう見られているか関係なく、ただ自分の存在を見ていてくれたのだ。
本人は『自分ははみ出し者だからお前みたいなはみ出し者といるほうが落ち着く』と言っていたが、例えはみ出し者の同情でも自分の存在を認めてくれるのが嬉しかった。
それに、何よりも。
「んー、相変わらずお前の飯は美味ぇなッ! ……やっぱ天才だよお前はさぁ、俺にないものいっぱいもっててスゲぇなっ」
世界でたった一人でも、自分のことを認めてくれる。
自分の料理を食べて喜んでくれるし、自分に笑いかけてくれる。
彼はいつでも輝いている。
友人や仲間も沢山いるし、彼の背中に憧れている人間なんて山ほどいる。
自分と住む世界が違う相手なのだから好きになってもらおうなんて思わない。だけど。
「ありがと、そういってくれるだけで嬉しいよ」
嫌いにならないでくれている。
ただそれだだけで、何をされても。どんな事を他人に言われても、明日もまた頑張れる気がした。
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