インターネット字書きマンの落書き帳
ベリアル夢小説です(挨拶)
これはpixivにおいてあったけど何となく下げてしまったのでブログにおいておく事にしたグランブルーファンタジー、ベリアルの夢小説です。
夢小説というよりもこちら側に語りかけてくるタイプのヤツなのでグランくん、ジータちゃんどちらの性別にも対応できているかなと思います。
何の配慮だ?
作品としては2年くらい前の話ですかね?
インターネットの片隅で埋もれている話として楽しんでいただければ幸いです。
夢小説というよりもこちら側に語りかけてくるタイプのヤツなのでグランくん、ジータちゃんどちらの性別にも対応できているかなと思います。
何の配慮だ?
作品としては2年くらい前の話ですかね?
インターネットの片隅で埋もれている話として楽しんでいただければ幸いです。
『黒は蒼へと溶けて行く』
夢に現われたのは、以前と変わらず何処か人を食ったような表情で笑うベリアルの姿だった。
それがすぐに夢だとわかったのは以前も似たような夢を見た事があったからであるのと同時に彼がもうこの場にいるはずがないのを知っていたからだろう。
天司が夢に現われてただ何をする訳でもなくこちらへと語りかけてくるなんて経験は一度だけではないというのもあっただろう。
だが、ベリアルが現れるというのは他の天司が現れる時よりも緊張感がある。
彼の目的は平和や安寧を願う自分と決してわかりあう事の出来ない場所にある敵と呼ぶのが相応しい存在なのだから、夢でもなければこんな近くでまじまじと彼の姿を見る事すら出来ないだろう。
今日は人間のように振る舞うのをやめたのか、背中には漆黒の羽が一対だけ出ている。自分の記憶では確か三対……6枚羽だった気がするが、出し入れ自由なのだろうか。
白い肌に短い黒い髪とやたら赤く輝く赤い瞳は妖しく輝く。
黒い翼をもつ彼は、天司ではなく堕天司を名乗っている。 元々は天司と同じ場所にいたようだが、ただ一つの目的のため天司でいる事をやめ墜ていったのだ。
堕天司としてどれだけ経つのかや、どのように生きてきたのかといった事は彼の口から語られる事はなかった。だが何となくは推測できる。
彼はただ一つの存在に対して忠実であり愛と呼ぶには深すぎる執着を抱いていた。それが彼自身が自然と抱いたものなのか最初からそのように設計されていたのかは分からないが恐らく彼はその一人のために墜ち、その一人のために手を汚し、その一人のために世界を壊せるのだろう。
例えその一人にとって彼の存在など手駒にすぎなくとも、ただの捨て駒の一つだったとしても 悲しむ事もなければ怒りを募らせる事もきっとないのだろう。
ベリアルにとってその一人が唯一、価値のある存在なのだから。
そしてその人物は、自分ではないのだ。
「よォ、特異点。久しぶりだな。どうだい、調子は」
夢でも彼はまるで互いに殺し合った事など一度もないような顔で親しげに声をかけてくる。 その態度があまりにも本物のベリアルであったから、一瞬彼がすぐ傍にいるような錯角をするがすぐに夢だと思い直した。
天司……彼の場合堕天司なのだが、人間からしてみると大きすぎる存在は自らの精神を夢へと投影し語りかけるというのはよくある事なのだ。
人間たちにとって特殊な能力でも、天司とやらにとって夢への介入はさして難しい事でもないようだ。
それにしても、ベリアルはこちらの敵対者であるはずなのに当然のように夢へとやってくるのは何の意図があるのだろう。いちいち助言をしたりこちらを試す真似をするのは自分たち人間が彼にとって取るに足らない程脆弱な存在だからだとアピールするためだからだろうか。
考えれば考えるほどベリアルの真意がわからなくなる。
そもそも彼はどちら側の存在で、何を目指しているのだろうか。天司には嫌われているというのも確かだし、彼の奸計により、天司長であるルシフェルという存在が失われたのも確かだ。狡知と呼ばれが様々な策略を巡らせて天司たちに対し巨大な戦いを仕掛ける布石をうっていたのも覆せない事実である。
それでもベリアルにはどうにも「隙」があるようなところがあった。
本気を隠すような、底を見せない不気味さが感じられたのだ。
もし彼が本気で全てを壊す気持ちであるのなら、もっと簡単に終わっていた事などいくらでもあっただろう。初めて出会った時に自分を殺す事だってできたろうし、サンダルフォンのように感情にまかせたまま星を落とす事だって出来ていたはずだ。
だがベリアルがそうしなかったのは、単純に目的のために動いているのではなく何か別の所を見据えているからではないか。
切れ長の赤い目が例え近くに存在してもいつもこちらを見てないような気がしたのは、彼はいつだって自分たちと違うものを見て違う世界を目指しているからなのだろう。
だからこそ特異点である自分は彼の中に別の何かが存在し、それは別の誰かであるのだと推測した。そしてベリアルが執着する存在は決して自分ではないのだ。
ベリアルが見ているもの、あるいは目指していることに対して特異点である自分の存在が重要であってもこちらの思いなど一切入っていない。彼にとって特異点という存在は大切な手駒でしかなく、それ以上には成り得ないのだ。
例え彼に思慕を寄せても、自分などはベリアルの中にある大切な何かに、近づけさえしないのだろう。
……だから何だ、という話なのだが。
それでも歯がゆい気持ちが募る理由は、自分でもわからなかった。
もし自分が手を伸ばしてもベリアルはその手をとることなど決してないのだろうと思うし、心の底から叫んでも彼の心に迫る事もないのだ。その事実に気付いているからこそ、自分の無力さに歯がみしているというのもまた確かだった。
これは愛なのだろうか。
それとも特異点としてこれまで多くを失ってはいたが多くを救ってもきた自負が高慢さへ姿を変え、彼をも救おうなどといった甘い考えを抱いているからなのだろうか。
「という訳さ……おい、聞いてたかい、特異点?」
ベリアルはそういいながら、やけに大振りの鎌を取り出す。 伝承にある死神が携えている鎌のように巨大だが無骨さの欠片もないそれはベリアルが特注で誂えた武器であり、闇の力を増幅させる力があるのだとという。
これまでも、ミカエルが火の力を。ガブリエルが水の力を……といった塩梅に、それぞれの力をさらに引き出す武器を誂えてくれた事があるが、ベリアルもそれを真似てみたのだろう。
「見てくれ、一応デザイナーなんでね。機能性もデザインも凝ってみた。だがこの鎌は現実に顕在化させるのに材料がいるからね……特異点、ひとまずこの鎌を顕在化させてくれないか。そういうのは得意なんだろう?」
そう告げるとベリアルはまるで悪戯っ子のように笑って見せる。
これを顕在化させる事で力を得る事が出来るのは確かだろう。ベリアルは他人を欺く事に長けているがこういった嘘をつくタイプではないのだ。
敵対している自分たちを強くする事に何の意味があるのだろうかという疑問はあるが、ベリアルはベリアルなりの考えがあり、楽しみがある。何か目的があっての事だろうし、どうせ「手駒の一つが楽しませてくれるかどうか」といった尺度でものを考えているのだろう。
それに、ベリアルは嘘をつく時どこか上っ面だけのような言葉使いになる癖がある。
本人が気付かぬうちにそうなっているのか、それともわざとそうしているのかは知らないが、今の話を聞く限りベリアルは嘘はついてないだろう。
強くなれるのは確かなら、話に乗るのは悪くない。 だが。
「……ただじゃ、いやだな」
何もない白い部屋で、足を組み座ってそう言っていた。 どの天司も皆、特異点ならやるだろうといった態度を当然としているが、百歩譲ってそれは許そう。天司たちにはこれまでも幾度か世界の危機を救ってもらっているのだから。
だがこの堕天司は別だ。 災いを散々ともたらして、世界中をかき回したような大悪党なのだから多少ごねても許されるだろう。
ベリアルは少し驚いたような顔にはなるが、それでも存外悪い気はしてないのか両手を組みながらこちらの顔をのぞき込む。 短い黒髪が微かに揺れた。
「へぇ、何か欲しいモノがあるのかい、特異点? ……まぁ、俺がしてあげられる事なんて限られてるけど? どうだい、一緒に堕天するかい?」
そういってまた悪戯っ子のように笑うベリアルの前に、そっと手を差し出す。
「……ダンスを」
「はぁ? ……なんだって」
「望むように、この武器を顕在化させてみせる……きっと容易いよ。そういうのは、以前もやったことあるから。だから、報酬の前渡しだと思って……ダンスを踊ってくれないか。ベリアル」
ベリアルは一瞬虚を突かれたような顔をするがすぐに声を殺しながら笑って、その手をとってみせた。
「ワルツでいいのか?」
「あぁ、ワルツでいい……あまり得意じゃないし。ここには音楽もない、けど」
「オーケィ、心配するな。俺がリードしてやるさ。さぁ……」
しばし、堕天司とワルツを。
ベリアルの羽が微かに羽ばたき、身体がふわりと浮き上がる。
夢という名の白い世界で、二つの影は舞い上がりワルツを踊る、その記憶だけが起きた時には残っていた。
・ ・ ・
ベリアルの持ち出した鎌を顕在化させるのは、想像より難しくはなかった。
元々全空を回っていると色々な素材は手に入るし、厄介な星晶獣の相手などをしているともらえるものも多い。
翼のついたようなその大鎌は、名をサイス・オブ・ベリアルといった。
仲間の中には「何であの堕天司の名前が入ってるんだ」と疑問に思うものもいたようだが、それが実用性のある闇の武器であるという事の方を重視し、ベリアルの名を冠する事は二の次となっていった。
何せ今まで存在しなかった闇の力を増幅させる武器だ。 闇の武器というのは少なくないが、その力を増幅させるタイプの武器はよほど珍しかったのだろう。その生成に誰が関わっているからこの名前であるのかも深く追求されることはなかった。
やや紫に寄った、黒。
持ち手に翼が誂えられている所が、いかにも堕天司のデザイナーが好みそうな趣向だと心の何処かでそう思っていた。
「オーケィ、特異点。上出来じゃあないか」
その日の夜だったろう。
ベリアルは当然のように夢の中へ立ち入ると相変わらず大仰な仕草でそう告げた。 どこか芝居がかったその行動は、道化師(クラウン)のようだと思っていたし、実際ベリアルもそのつもりで動いているのだろう。
何か大きな意志に繋がれた繰り人形。
特異点として自分を見て、この蒼い空の世界を見て悲しそうな目をして笑いながらサンダルフォンをサンディと呼び親しげに見せ煽ったり、世界を滅亡に追い込むのかと思えばこちらに反撃のとっかかりを見せたりもする。
トリックスター。
彼を見ていると、そんな言葉を思い出す。 確か、争いや災いももたらすが、同時に知恵や力、技術なども与えてくれる存在のことをそう呼ぶのだが、まさに彼はその通りの存在だろう。
そういえば、戦争がおこると技術段階が一つ進むらしい。 さながらベリアルは世界の技術段階を上げるために暗躍する堕天司といった所だろうか。
だがなぜ技術が必用なのだろう。
そう思った時、ルシファーという名が脳裏に過ぎる。
ルシファー。
2千年も前に死んだ彼の意志を、この世界に。あるいは彼自身をこの世界に取り戻すために彼は技術を得ようとしているのだろうか。
ルシファーという存在を取り戻すためにトリックスターとなっているのだろうか。
取り戻したいのは彼そのものではなく、彼の抱いていた目標なのか。
いや、どちらでも同じ事だ。
それが世界の破滅を意味することも、ベリアルという存在のなかに特異点がないということも。
「どうした、特異点。難しい顔をしちゃって。オーケィ、もっと気楽にいこうぜ。気楽に、なぁ?」
そうやってこちらを気遣うふりをして笑うベリアルの笑顔もまた、本心からではないのだろう。 言ってみれば道化師のメイクのようなものだ。
彼本当の彼の笑顔は、どこにあるのだろうか。 そして誰のためにあるのだろうか。
「気楽にかぁ……」
そう呟くと、ふと顔をあげる。
そんな顔を、ベリアルは不思議そうに眺めていた。
「どうした、特異点? あぁ、また……ご褒美が欲しいのかい?」
「ん、そうだね……欲しい、かな。くれるんなら、だけど」
「オーケィ、といってもここで出来る事は限られてるけどね……何がいい? 以前のように、ワルツでも踊るかい? ははっ、実はあれから少しだけ練習したんだよ。思ったより上手くリードが出来なかったからな」
そういいながら、ベリアルはダンスのポーズをとる。
だがそれを見て黙って首を振っていた。 今日欲しいのは、ダンスではない。 もっと単純だがもっと難しい事だ。
だがそれでも今日ののこたえは、ずっと前から決めていた。
「名前で、呼んで……もらえる、かな」
「……何だって?」
「特異点じゃなく……名前で、呼んでくれないかな。名前で……、そう名前で……知らない、訳じゃない……よね」
そもそも殆どの天司たちは……サンダルフォンさえも自分の事を皆が特異点と呼び、ろくに名前で呼ぼうとしないのだ。 だから名前で呼んで欲しいと願ってみたのだが。
「名前で……か」
そう言われた時、ベリアルは珍しいくらい困惑した表情をして見せた。 だが不意に優しい笑顔になるとこちらの頭を撫でてみせる。
「オーケィ、わかった。そうだな……君は、まだこの世界では子供に近い年頃だからな」
そういってから、その唇が動く。
白い肌にやけに薄い唇が、名を……。
……名前を、呼んでくれたのだろうか。
わからないのは、夢から覚めてしまったからだ。
彼は名前を呼んでくれたのだろうか。
それとも「無理だ、特異点」と、そう語りかけたのだろうか。
何もわからないまま、空は相変わらず蒼いまま広がっていた。
・・・
起きたと思ったらそれが夢の世界だった。そういう事を何度か体験すると、今この世界も夢だというのが漠然とだが理解できる。
白い世界のなか、柔らかな膝に頭がのせられている。 視線を上げれば、身体中がまだボロボロなままのベリアルがそこにいた。
「あぁ……」
生きてたのか。 とても生存が難しいような場所で、生存が難しいような所に行ってしまったと思ったけれど天司を構築する肉体はよほど頑丈のようだ。
夢に出ているという事はベリアルはどこかにいるのだろう。
自らの精神を夢へと送る事くらいは出来るということだ。
だが夢だというのに身体はボロボロでまだ修復が終ってないように見える。 そんな状態なのにどうして特異点でしかない自分の夢までやってきたのだろうか。
「……オーケィ、久しぶりだな」
「ん、あぁ……そうだ、そうだね……」
ひび割れた顔が痛々しく見えたから、その頬に手を伸ばす。 それは触れただけでまるで卵の殻のように、皮膚がぱりぱりと剥がれていった。
「ははッ、ボロボロだろ。ファーさん、随分無理させてくれちゃってさ」
「ファーさん……」
ルシファー。
ベリアルの目的の一つ、それはルシファーという肉体を蘇生させる段階まで技術を引き上げる事だった……憶測だが、間違いないだろう。 そしてベリアルの目的もまた、ルシファーと同じだ。
世界の終わりとは、違うのかもしれないがやりなおしとでもいうべきだろうか。 破壊による再生のようなものなのかもしれないし、もっと局地的な……言うなればルシファーのエゴの範囲内だけの、小規模な滅亡なのかもしれない。
だがこの肥大しすぎた空を見ると、思う事もある。
特異点としてこのような考えをもつのはいけないのかもしれないが、宇宙的な規模で見た時、ルシファーやベリアルとの行動は正しい選択にもなり得るのかもしれないと思う事もあるのだ。
今、一時この危機を救ったとして……この先にある未来に待ち構えているのは、もっと残酷な滅亡かもしれない。疫病、災厄、その他諸々の悪意により、もっとひどい終末があるのかもしれない。
その可能性を考えた時、全ての命を一瞬で摘む。等しく平等に、年齢も信仰も種族も関係なく終えるという終末は一つの選択としてあり得ても、いいのだろう。
だが特異点として。世界のため戦うのが必用とされる。
それは自分は……特異点は善性であるというような見えざる何かの手による導きもあるし、自分自身の目標であるこの世界の果てに到達する事を、成し遂げていないという事もある。
だから自分は特異点として、自分自身の役目を果たす事にした。
サンダルフォンと協力し、天に昇ってまでしてルシファーの野望を打ち砕いたのだ。
あの時、ベリアルはそれに追従するよう、ルシファーとともに消えて……もうこれっきりだろう。
そう思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「何でまた、そんなボロボロなのに……もうちょっと休んでくればよかったのに」
当然のことを言うが、ベリアルはその言葉に苦笑いをして見せた。 彼にしては珍しい表情だな、と思いただじっとそれを見る。 その時のベリアルは、そんな視線さえもどこかくすぐったそうに思えた。
「あぁ、まぁ……そうなんだけどな。ふと……休みたいな、と思ったら君の顔が浮んだもんでね、それなら、と思って。思い切って来てみたんだ」
「……敵の顔が浮んだ? 変わってるね。もっと……痛め付けられたいのかな」
「そういう趣味、嫌いじゃないけど今は本当に死にそうだから、遠慮しておくとするさ。あぁ、でも……そうだな……確かに休みに来る場所がここ、ってのは妙かもしれない。でも、俺たちってこう、運命みたいなの感じるだろう?」
運命というのは、何を意味しているのだろう。
ベリアルと戦い続け、いずれどちらかが倒れるような運命だろうか。それともその先に手を取り合っていける未来でもあるというのか。
いや、それはない。 あるとしたら互いに世界を滅ぼすような未来だ。そしてその未来は特異点という立場でなくとも自分の信念が許さないだろう。
しばらくそうして、膝枕をされているうち、ふっとある天司の顔を思い出した。
「そうだ……サリィ、元気だよ」
どこか不安げに周囲を見渡しながらも、それでも皆の輪に入ろうとおっかなびっくり歩いているサリエルの姿を思い出しながら、ベリアルに告げる。 彼が今も壊れていないのはベリアルがうまくやった、というのは間違いないだろう。 彼はベリアルの手駒だがその中でもお気に入りだったに違いない……確証はないが、そう思った。
「そうか、それで……サリィは、うまくやっていけそうかな? ……人見知りだから、彼」
ベリアルは彼らしくもなく、どこか視線を泳がせる。 気になってはいたのかもしれない。
「ん、どうだろう……ウリエルが気に入ってるみたいだから、しばらくはウリエルの傍にいるんじゃないか……あんまり、人見知りが強いから輪に入るのは苦手そうだけど、ウリエルは無理矢理自分の土俵に上げるタイプだから……」
「はは、サリィが無茶な扱いをされないか、心配だよ」
「……でも、サリィは君を一番心配している。帰ってきてほしいと思っているよ」
そう口にして、何をと思う自分がいる。 ベリアルが帰ってこられるものか。多くの犠牲を出した張本人だ。 例えその計画の中心にルシファーがいたとしてもその手を汚したベリアルの罪が許されるはずもない。
もしふらりとベリアルが戻ってきても、元の天司として迎え入れる存在は誰もいないだろう。堕天司として、サンダルフォンが。あるいはミカエルが率先して断罪するに違いない。
道はとっくに別たれている。
特異点である自分とは、二度と道が交わらないはずだ。
わかっている。
それなのに、どうして彼の傍はこんなにも落ち着くのだろうか。 傍にいると穏やかな気持ちになれるんだろうか。
その黒い髪も、赤い瞳も、白い肌もどうしてこんなにも、美しいと思うのだろうか。
「……きみは」
ふと、ベリアルが口を開く。 その視線はどこか遠くを向いていて、こちらを見ようとはしなかった。
「きみは、俺を……どうしたい? なぁ、どうしたいんだ」
そして、そう問いかける。
どうしてやりたい、とか、俺と何をしたいといった質問ではない。
俺を、どうしたいんだと彼は言った。
どうしたいんだろう。
彼を、どうしたいんだろう、自分は。どうすればいいんだろう。どうしたら、どうすれば良いのだろう。
脳裏に様々な光景が渦巻いては消えていく。
どうしたい、どうしたいんだろう……そう思い、手を伸ばす。
「幸せにしたい」
口が開くが、声は出ない。 ただその声は、言葉は、果たして彼に届いたのだろうか。
彼は困ったような、だがどこかはにかんだような笑顔を浮かべると、こちらの頭をクシャクシャと撫でて。
「また会おう、特異点」
そういって、消えてしまおうとするから。
「まって、ベリアル。まって、まって……」
夢中になって手を伸ばし、危うくベッドから転げ落ちそうになる。 かろうじてベッドからおちるのを踏みとどまって、自分がようやく夢から現実へと戻ってきたのを知り、あれが全て夢だった事を改めて実感した。
「……出来ないのかな。そういう風には」
誰もいない部屋で独りごちる。
ふと窓を見ると、窓辺には黒い羽が一瞬ちらついて見えたが、すぐに空の蒼に融けるように消えていった。
夢に現われたのは、以前と変わらず何処か人を食ったような表情で笑うベリアルの姿だった。
それがすぐに夢だとわかったのは以前も似たような夢を見た事があったからであるのと同時に彼がもうこの場にいるはずがないのを知っていたからだろう。
天司が夢に現われてただ何をする訳でもなくこちらへと語りかけてくるなんて経験は一度だけではないというのもあっただろう。
だが、ベリアルが現れるというのは他の天司が現れる時よりも緊張感がある。
彼の目的は平和や安寧を願う自分と決してわかりあう事の出来ない場所にある敵と呼ぶのが相応しい存在なのだから、夢でもなければこんな近くでまじまじと彼の姿を見る事すら出来ないだろう。
今日は人間のように振る舞うのをやめたのか、背中には漆黒の羽が一対だけ出ている。自分の記憶では確か三対……6枚羽だった気がするが、出し入れ自由なのだろうか。
白い肌に短い黒い髪とやたら赤く輝く赤い瞳は妖しく輝く。
黒い翼をもつ彼は、天司ではなく堕天司を名乗っている。 元々は天司と同じ場所にいたようだが、ただ一つの目的のため天司でいる事をやめ墜ていったのだ。
堕天司としてどれだけ経つのかや、どのように生きてきたのかといった事は彼の口から語られる事はなかった。だが何となくは推測できる。
彼はただ一つの存在に対して忠実であり愛と呼ぶには深すぎる執着を抱いていた。それが彼自身が自然と抱いたものなのか最初からそのように設計されていたのかは分からないが恐らく彼はその一人のために墜ち、その一人のために手を汚し、その一人のために世界を壊せるのだろう。
例えその一人にとって彼の存在など手駒にすぎなくとも、ただの捨て駒の一つだったとしても 悲しむ事もなければ怒りを募らせる事もきっとないのだろう。
ベリアルにとってその一人が唯一、価値のある存在なのだから。
そしてその人物は、自分ではないのだ。
「よォ、特異点。久しぶりだな。どうだい、調子は」
夢でも彼はまるで互いに殺し合った事など一度もないような顔で親しげに声をかけてくる。 その態度があまりにも本物のベリアルであったから、一瞬彼がすぐ傍にいるような錯角をするがすぐに夢だと思い直した。
天司……彼の場合堕天司なのだが、人間からしてみると大きすぎる存在は自らの精神を夢へと投影し語りかけるというのはよくある事なのだ。
人間たちにとって特殊な能力でも、天司とやらにとって夢への介入はさして難しい事でもないようだ。
それにしても、ベリアルはこちらの敵対者であるはずなのに当然のように夢へとやってくるのは何の意図があるのだろう。いちいち助言をしたりこちらを試す真似をするのは自分たち人間が彼にとって取るに足らない程脆弱な存在だからだとアピールするためだからだろうか。
考えれば考えるほどベリアルの真意がわからなくなる。
そもそも彼はどちら側の存在で、何を目指しているのだろうか。天司には嫌われているというのも確かだし、彼の奸計により、天司長であるルシフェルという存在が失われたのも確かだ。狡知と呼ばれが様々な策略を巡らせて天司たちに対し巨大な戦いを仕掛ける布石をうっていたのも覆せない事実である。
それでもベリアルにはどうにも「隙」があるようなところがあった。
本気を隠すような、底を見せない不気味さが感じられたのだ。
もし彼が本気で全てを壊す気持ちであるのなら、もっと簡単に終わっていた事などいくらでもあっただろう。初めて出会った時に自分を殺す事だってできたろうし、サンダルフォンのように感情にまかせたまま星を落とす事だって出来ていたはずだ。
だがベリアルがそうしなかったのは、単純に目的のために動いているのではなく何か別の所を見据えているからではないか。
切れ長の赤い目が例え近くに存在してもいつもこちらを見てないような気がしたのは、彼はいつだって自分たちと違うものを見て違う世界を目指しているからなのだろう。
だからこそ特異点である自分は彼の中に別の何かが存在し、それは別の誰かであるのだと推測した。そしてベリアルが執着する存在は決して自分ではないのだ。
ベリアルが見ているもの、あるいは目指していることに対して特異点である自分の存在が重要であってもこちらの思いなど一切入っていない。彼にとって特異点という存在は大切な手駒でしかなく、それ以上には成り得ないのだ。
例え彼に思慕を寄せても、自分などはベリアルの中にある大切な何かに、近づけさえしないのだろう。
……だから何だ、という話なのだが。
それでも歯がゆい気持ちが募る理由は、自分でもわからなかった。
もし自分が手を伸ばしてもベリアルはその手をとることなど決してないのだろうと思うし、心の底から叫んでも彼の心に迫る事もないのだ。その事実に気付いているからこそ、自分の無力さに歯がみしているというのもまた確かだった。
これは愛なのだろうか。
それとも特異点としてこれまで多くを失ってはいたが多くを救ってもきた自負が高慢さへ姿を変え、彼をも救おうなどといった甘い考えを抱いているからなのだろうか。
「という訳さ……おい、聞いてたかい、特異点?」
ベリアルはそういいながら、やけに大振りの鎌を取り出す。 伝承にある死神が携えている鎌のように巨大だが無骨さの欠片もないそれはベリアルが特注で誂えた武器であり、闇の力を増幅させる力があるのだとという。
これまでも、ミカエルが火の力を。ガブリエルが水の力を……といった塩梅に、それぞれの力をさらに引き出す武器を誂えてくれた事があるが、ベリアルもそれを真似てみたのだろう。
「見てくれ、一応デザイナーなんでね。機能性もデザインも凝ってみた。だがこの鎌は現実に顕在化させるのに材料がいるからね……特異点、ひとまずこの鎌を顕在化させてくれないか。そういうのは得意なんだろう?」
そう告げるとベリアルはまるで悪戯っ子のように笑って見せる。
これを顕在化させる事で力を得る事が出来るのは確かだろう。ベリアルは他人を欺く事に長けているがこういった嘘をつくタイプではないのだ。
敵対している自分たちを強くする事に何の意味があるのだろうかという疑問はあるが、ベリアルはベリアルなりの考えがあり、楽しみがある。何か目的があっての事だろうし、どうせ「手駒の一つが楽しませてくれるかどうか」といった尺度でものを考えているのだろう。
それに、ベリアルは嘘をつく時どこか上っ面だけのような言葉使いになる癖がある。
本人が気付かぬうちにそうなっているのか、それともわざとそうしているのかは知らないが、今の話を聞く限りベリアルは嘘はついてないだろう。
強くなれるのは確かなら、話に乗るのは悪くない。 だが。
「……ただじゃ、いやだな」
何もない白い部屋で、足を組み座ってそう言っていた。 どの天司も皆、特異点ならやるだろうといった態度を当然としているが、百歩譲ってそれは許そう。天司たちにはこれまでも幾度か世界の危機を救ってもらっているのだから。
だがこの堕天司は別だ。 災いを散々ともたらして、世界中をかき回したような大悪党なのだから多少ごねても許されるだろう。
ベリアルは少し驚いたような顔にはなるが、それでも存外悪い気はしてないのか両手を組みながらこちらの顔をのぞき込む。 短い黒髪が微かに揺れた。
「へぇ、何か欲しいモノがあるのかい、特異点? ……まぁ、俺がしてあげられる事なんて限られてるけど? どうだい、一緒に堕天するかい?」
そういってまた悪戯っ子のように笑うベリアルの前に、そっと手を差し出す。
「……ダンスを」
「はぁ? ……なんだって」
「望むように、この武器を顕在化させてみせる……きっと容易いよ。そういうのは、以前もやったことあるから。だから、報酬の前渡しだと思って……ダンスを踊ってくれないか。ベリアル」
ベリアルは一瞬虚を突かれたような顔をするがすぐに声を殺しながら笑って、その手をとってみせた。
「ワルツでいいのか?」
「あぁ、ワルツでいい……あまり得意じゃないし。ここには音楽もない、けど」
「オーケィ、心配するな。俺がリードしてやるさ。さぁ……」
しばし、堕天司とワルツを。
ベリアルの羽が微かに羽ばたき、身体がふわりと浮き上がる。
夢という名の白い世界で、二つの影は舞い上がりワルツを踊る、その記憶だけが起きた時には残っていた。
・ ・ ・
ベリアルの持ち出した鎌を顕在化させるのは、想像より難しくはなかった。
元々全空を回っていると色々な素材は手に入るし、厄介な星晶獣の相手などをしているともらえるものも多い。
翼のついたようなその大鎌は、名をサイス・オブ・ベリアルといった。
仲間の中には「何であの堕天司の名前が入ってるんだ」と疑問に思うものもいたようだが、それが実用性のある闇の武器であるという事の方を重視し、ベリアルの名を冠する事は二の次となっていった。
何せ今まで存在しなかった闇の力を増幅させる武器だ。 闇の武器というのは少なくないが、その力を増幅させるタイプの武器はよほど珍しかったのだろう。その生成に誰が関わっているからこの名前であるのかも深く追求されることはなかった。
やや紫に寄った、黒。
持ち手に翼が誂えられている所が、いかにも堕天司のデザイナーが好みそうな趣向だと心の何処かでそう思っていた。
「オーケィ、特異点。上出来じゃあないか」
その日の夜だったろう。
ベリアルは当然のように夢の中へ立ち入ると相変わらず大仰な仕草でそう告げた。 どこか芝居がかったその行動は、道化師(クラウン)のようだと思っていたし、実際ベリアルもそのつもりで動いているのだろう。
何か大きな意志に繋がれた繰り人形。
特異点として自分を見て、この蒼い空の世界を見て悲しそうな目をして笑いながらサンダルフォンをサンディと呼び親しげに見せ煽ったり、世界を滅亡に追い込むのかと思えばこちらに反撃のとっかかりを見せたりもする。
トリックスター。
彼を見ていると、そんな言葉を思い出す。 確か、争いや災いももたらすが、同時に知恵や力、技術なども与えてくれる存在のことをそう呼ぶのだが、まさに彼はその通りの存在だろう。
そういえば、戦争がおこると技術段階が一つ進むらしい。 さながらベリアルは世界の技術段階を上げるために暗躍する堕天司といった所だろうか。
だがなぜ技術が必用なのだろう。
そう思った時、ルシファーという名が脳裏に過ぎる。
ルシファー。
2千年も前に死んだ彼の意志を、この世界に。あるいは彼自身をこの世界に取り戻すために彼は技術を得ようとしているのだろうか。
ルシファーという存在を取り戻すためにトリックスターとなっているのだろうか。
取り戻したいのは彼そのものではなく、彼の抱いていた目標なのか。
いや、どちらでも同じ事だ。
それが世界の破滅を意味することも、ベリアルという存在のなかに特異点がないということも。
「どうした、特異点。難しい顔をしちゃって。オーケィ、もっと気楽にいこうぜ。気楽に、なぁ?」
そうやってこちらを気遣うふりをして笑うベリアルの笑顔もまた、本心からではないのだろう。 言ってみれば道化師のメイクのようなものだ。
彼本当の彼の笑顔は、どこにあるのだろうか。 そして誰のためにあるのだろうか。
「気楽にかぁ……」
そう呟くと、ふと顔をあげる。
そんな顔を、ベリアルは不思議そうに眺めていた。
「どうした、特異点? あぁ、また……ご褒美が欲しいのかい?」
「ん、そうだね……欲しい、かな。くれるんなら、だけど」
「オーケィ、といってもここで出来る事は限られてるけどね……何がいい? 以前のように、ワルツでも踊るかい? ははっ、実はあれから少しだけ練習したんだよ。思ったより上手くリードが出来なかったからな」
そういいながら、ベリアルはダンスのポーズをとる。
だがそれを見て黙って首を振っていた。 今日欲しいのは、ダンスではない。 もっと単純だがもっと難しい事だ。
だがそれでも今日ののこたえは、ずっと前から決めていた。
「名前で、呼んで……もらえる、かな」
「……何だって?」
「特異点じゃなく……名前で、呼んでくれないかな。名前で……、そう名前で……知らない、訳じゃない……よね」
そもそも殆どの天司たちは……サンダルフォンさえも自分の事を皆が特異点と呼び、ろくに名前で呼ぼうとしないのだ。 だから名前で呼んで欲しいと願ってみたのだが。
「名前で……か」
そう言われた時、ベリアルは珍しいくらい困惑した表情をして見せた。 だが不意に優しい笑顔になるとこちらの頭を撫でてみせる。
「オーケィ、わかった。そうだな……君は、まだこの世界では子供に近い年頃だからな」
そういってから、その唇が動く。
白い肌にやけに薄い唇が、名を……。
……名前を、呼んでくれたのだろうか。
わからないのは、夢から覚めてしまったからだ。
彼は名前を呼んでくれたのだろうか。
それとも「無理だ、特異点」と、そう語りかけたのだろうか。
何もわからないまま、空は相変わらず蒼いまま広がっていた。
・・・
起きたと思ったらそれが夢の世界だった。そういう事を何度か体験すると、今この世界も夢だというのが漠然とだが理解できる。
白い世界のなか、柔らかな膝に頭がのせられている。 視線を上げれば、身体中がまだボロボロなままのベリアルがそこにいた。
「あぁ……」
生きてたのか。 とても生存が難しいような場所で、生存が難しいような所に行ってしまったと思ったけれど天司を構築する肉体はよほど頑丈のようだ。
夢に出ているという事はベリアルはどこかにいるのだろう。
自らの精神を夢へと送る事くらいは出来るということだ。
だが夢だというのに身体はボロボロでまだ修復が終ってないように見える。 そんな状態なのにどうして特異点でしかない自分の夢までやってきたのだろうか。
「……オーケィ、久しぶりだな」
「ん、あぁ……そうだ、そうだね……」
ひび割れた顔が痛々しく見えたから、その頬に手を伸ばす。 それは触れただけでまるで卵の殻のように、皮膚がぱりぱりと剥がれていった。
「ははッ、ボロボロだろ。ファーさん、随分無理させてくれちゃってさ」
「ファーさん……」
ルシファー。
ベリアルの目的の一つ、それはルシファーという肉体を蘇生させる段階まで技術を引き上げる事だった……憶測だが、間違いないだろう。 そしてベリアルの目的もまた、ルシファーと同じだ。
世界の終わりとは、違うのかもしれないがやりなおしとでもいうべきだろうか。 破壊による再生のようなものなのかもしれないし、もっと局地的な……言うなればルシファーのエゴの範囲内だけの、小規模な滅亡なのかもしれない。
だがこの肥大しすぎた空を見ると、思う事もある。
特異点としてこのような考えをもつのはいけないのかもしれないが、宇宙的な規模で見た時、ルシファーやベリアルとの行動は正しい選択にもなり得るのかもしれないと思う事もあるのだ。
今、一時この危機を救ったとして……この先にある未来に待ち構えているのは、もっと残酷な滅亡かもしれない。疫病、災厄、その他諸々の悪意により、もっとひどい終末があるのかもしれない。
その可能性を考えた時、全ての命を一瞬で摘む。等しく平等に、年齢も信仰も種族も関係なく終えるという終末は一つの選択としてあり得ても、いいのだろう。
だが特異点として。世界のため戦うのが必用とされる。
それは自分は……特異点は善性であるというような見えざる何かの手による導きもあるし、自分自身の目標であるこの世界の果てに到達する事を、成し遂げていないという事もある。
だから自分は特異点として、自分自身の役目を果たす事にした。
サンダルフォンと協力し、天に昇ってまでしてルシファーの野望を打ち砕いたのだ。
あの時、ベリアルはそれに追従するよう、ルシファーとともに消えて……もうこれっきりだろう。
そう思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。
「何でまた、そんなボロボロなのに……もうちょっと休んでくればよかったのに」
当然のことを言うが、ベリアルはその言葉に苦笑いをして見せた。 彼にしては珍しい表情だな、と思いただじっとそれを見る。 その時のベリアルは、そんな視線さえもどこかくすぐったそうに思えた。
「あぁ、まぁ……そうなんだけどな。ふと……休みたいな、と思ったら君の顔が浮んだもんでね、それなら、と思って。思い切って来てみたんだ」
「……敵の顔が浮んだ? 変わってるね。もっと……痛め付けられたいのかな」
「そういう趣味、嫌いじゃないけど今は本当に死にそうだから、遠慮しておくとするさ。あぁ、でも……そうだな……確かに休みに来る場所がここ、ってのは妙かもしれない。でも、俺たちってこう、運命みたいなの感じるだろう?」
運命というのは、何を意味しているのだろう。
ベリアルと戦い続け、いずれどちらかが倒れるような運命だろうか。それともその先に手を取り合っていける未来でもあるというのか。
いや、それはない。 あるとしたら互いに世界を滅ぼすような未来だ。そしてその未来は特異点という立場でなくとも自分の信念が許さないだろう。
しばらくそうして、膝枕をされているうち、ふっとある天司の顔を思い出した。
「そうだ……サリィ、元気だよ」
どこか不安げに周囲を見渡しながらも、それでも皆の輪に入ろうとおっかなびっくり歩いているサリエルの姿を思い出しながら、ベリアルに告げる。 彼が今も壊れていないのはベリアルがうまくやった、というのは間違いないだろう。 彼はベリアルの手駒だがその中でもお気に入りだったに違いない……確証はないが、そう思った。
「そうか、それで……サリィは、うまくやっていけそうかな? ……人見知りだから、彼」
ベリアルは彼らしくもなく、どこか視線を泳がせる。 気になってはいたのかもしれない。
「ん、どうだろう……ウリエルが気に入ってるみたいだから、しばらくはウリエルの傍にいるんじゃないか……あんまり、人見知りが強いから輪に入るのは苦手そうだけど、ウリエルは無理矢理自分の土俵に上げるタイプだから……」
「はは、サリィが無茶な扱いをされないか、心配だよ」
「……でも、サリィは君を一番心配している。帰ってきてほしいと思っているよ」
そう口にして、何をと思う自分がいる。 ベリアルが帰ってこられるものか。多くの犠牲を出した張本人だ。 例えその計画の中心にルシファーがいたとしてもその手を汚したベリアルの罪が許されるはずもない。
もしふらりとベリアルが戻ってきても、元の天司として迎え入れる存在は誰もいないだろう。堕天司として、サンダルフォンが。あるいはミカエルが率先して断罪するに違いない。
道はとっくに別たれている。
特異点である自分とは、二度と道が交わらないはずだ。
わかっている。
それなのに、どうして彼の傍はこんなにも落ち着くのだろうか。 傍にいると穏やかな気持ちになれるんだろうか。
その黒い髪も、赤い瞳も、白い肌もどうしてこんなにも、美しいと思うのだろうか。
「……きみは」
ふと、ベリアルが口を開く。 その視線はどこか遠くを向いていて、こちらを見ようとはしなかった。
「きみは、俺を……どうしたい? なぁ、どうしたいんだ」
そして、そう問いかける。
どうしてやりたい、とか、俺と何をしたいといった質問ではない。
俺を、どうしたいんだと彼は言った。
どうしたいんだろう。
彼を、どうしたいんだろう、自分は。どうすればいいんだろう。どうしたら、どうすれば良いのだろう。
脳裏に様々な光景が渦巻いては消えていく。
どうしたい、どうしたいんだろう……そう思い、手を伸ばす。
「幸せにしたい」
口が開くが、声は出ない。 ただその声は、言葉は、果たして彼に届いたのだろうか。
彼は困ったような、だがどこかはにかんだような笑顔を浮かべると、こちらの頭をクシャクシャと撫でて。
「また会おう、特異点」
そういって、消えてしまおうとするから。
「まって、ベリアル。まって、まって……」
夢中になって手を伸ばし、危うくベッドから転げ落ちそうになる。 かろうじてベッドからおちるのを踏みとどまって、自分がようやく夢から現実へと戻ってきたのを知り、あれが全て夢だった事を改めて実感した。
「……出来ないのかな。そういう風には」
誰もいない部屋で独りごちる。
ふと窓を見ると、窓辺には黒い羽が一瞬ちらついて見えたが、すぐに空の蒼に融けるように消えていった。
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