インターネット字書きマンの落書き帳
何でもないけれど何かが響くような話
アニメ版のモブサイコ100を見てました。
いやー本当にいいなー……いい作品だなぁ……。
漫画版の原作を履修していてそれも好きなんですがアニメもきっちりと最後まで終わっていて綺麗なたたみ方で……いいなぁ……。
とてもいいんだけどこう、一抹のさみしさは感じますよね。
置いて行かれてしまったようなそんな気持ち……でもこの感情に至るのいはとても幸せな作品だったということ……。
置いていかれて寂しいので俺が「モブサイコ100のモブ」になる事にしました。
別にモブたちの人生に深く関わっている訳ではない。
だけど遠くのどこかで彼らと多少知り合っていたまさに「モブ」視点の話です。
夢モブおじさん……それが俺。
いやー本当にいいなー……いい作品だなぁ……。
漫画版の原作を履修していてそれも好きなんですがアニメもきっちりと最後まで終わっていて綺麗なたたみ方で……いいなぁ……。
とてもいいんだけどこう、一抹のさみしさは感じますよね。
置いて行かれてしまったようなそんな気持ち……でもこの感情に至るのいはとても幸せな作品だったということ……。
置いていかれて寂しいので俺が「モブサイコ100のモブ」になる事にしました。
別にモブたちの人生に深く関わっている訳ではない。
だけど遠くのどこかで彼らと多少知り合っていたまさに「モブ」視点の話です。
夢モブおじさん……それが俺。
『他生のひと』
彼は塩中学校で教鞭を執るまだ新人と言われても仕方ない若い教師だった。
将来にやりたい事など見つからぬまま何となしに受けた大学で受かった学校が教育学部だったためそのまま教育学部に行き、教員免許をとるため何とはなしに何とはなしにと試験や面接などを受けているうちそのまま中学校教員となった、言ってみればサラリーマン的教師である。
学校の教師なら給料が安定しているだろう。定時で帰れる時間も多いに違いない。そんな甘い目論見は1年で破られた。
教師というのは仕事が多いのだ。
生徒を教えるため自分が学ぶべき事も多い中で授業以外に一度だって触れた事のないバスケットの顧問を任されルールを覚えつつ残業で部員たちを指導する日々にテスト問題作り。さらに時々おこる生徒同士の諍いや保護者のクレーム対応などは大学を卒業したばかりのまだ若造である彼が担うには少々面倒なことが多かったといえるだろう。
流れ流されるまま教師になった身なのだから尚更だ。
これが例えば学生時代に多大に影響を受けた恩師がいたとか、本やドラマに出るような架空の教師に憧れがあったなど強い動機があれば彼ももう少しは情熱をもって教職に挑む事が出来ていたのだろう。
だが彼は違う。
勉強が嫌いな訳でもないし根が真面目なのもあって教員免許を取るには至った。学校の教師になったのも周囲で教師を目指すものが多くなんとなく感化されたからであり、教師というのは数多い選択肢の一つに過ぎなかったのだ。
向いてないのかもしれない。
1年目でそう思ったがそれでも3年は続けてみようと思ったのは生徒たちの行く末を見届けたいという気持ちも確かにあったが早く投げ出してしまうのは今後の転職に響くだろうといった私的な理由も大きかった。
どこまでも自分勝手な人間がどうして生徒たちを導けるものか。
そういった思いが燻ったのは自分よりも教職に憧れて努力していた同大学の他の学生を知っていたからだろう。
本来、自分が選ばれているのがおかしいのだ。
熱意があり、希望を抱き教師を目指す人間がこの座に相応しい。自分はそういった器ではない。ただ流されてここに来ただけの漂流物にすぎないのだ。
最も、他の教師と自分とがまだ少し違うのだとすれば彼は自身が教師を天職だと感じていなかったところだろう。
先生と呼ばれるのはどうも落ち着かなかった。
社会人になりたてのヒヨッコである自分が先生と呼び慕われていたら偉くなった気がして勘違いしそうだという怖れもあったし、実際塩中学校にもそのようにどこか勘違いをしたまま尊大に振る舞う教師がいたのだ。
「ねぇセンセ。聞いてるの? これは大問題に発展するかもしれないのよォ」
いま、彼の目の前にいる教師は自分が偉いと勘違いしたまま今に至ってしまったタイプの教師である。学生時代から家庭教師や塾講師など「先生」と呼ばれる仕事だけをし続け、そのまま教職についたことから骨の髄まで先生で皆が頭を垂れるのが当然だったため職業と立場と実際の力量との境界を見誤り誰にでも傲慢な振る舞いをするのだ。
最近はほとんど思いつきや難癖のような発言で余計な仕事を増やすのだが、それでも無視などすれば鬼人の如く怒り狂うのだからタチが悪い。
「わかりました、それで私は何をすればいいんでしょうか……」
話を聞いていなかったのは大半が愚痴と嫌味なのを知っていたからだ。自分は他人のゴミ捨て場ではなのだからわざわざ愚痴なんぞ聞いてやる暇も余裕もない。だから結論だけを聞けば目の前にいる先輩教師はメガネをなおしながら告げた。
「影山茂夫という生徒が学校に内緒でアルバイトをしているらしいって噂があってねェ。まだ中学生でアルバイトなんて良くないでしょォ。だから先生に生活指導、お願いしますねェ。本当はワタクシがやるべきなんでしょうけど……」
化粧の匂いを漂わせながら先輩教師はさも心配といった様子でこちらを見る。
だが校則では色つきリップさえ禁止しているという中でバチバチに化粧した教師が生徒指導をするというのは甚だ滑稽だろう。
それに今、クラス担任をもっていない彼は担任をもたないかわりに生徒指導を任されていた。本当にアルバイトをしているなら指導は確かにこちらの領分だ。
「わかりました、早速こちらから声をかけてみますよ」
彼は生徒指導用のファイルと名簿を取り出せば先輩教師は満足したように自分の机へと戻っていく。あの教師は生徒から好かれている訳でもなければとりたてて指導が上手いという訳でもないのだが教師を天職だと思っており何かと上から物を言うため他の教師はもちろん、保護者ともよく衝突をする。
そうして自分の巻いた種が災いとして降りかかってきたとき、よく後輩である自分たちに指図をし威厳を取り戻した気持ちになってプライドを保っているのだ。
あぁなる位なら、教師なんて職業にしがみついていたくはないというのも彼の本音であった。
「さて、影山茂夫だったかな。二年の生徒か……」
生徒名簿を開き、今しがた聞いた名を確認する。
影山茂夫は取り立てて優秀な生徒ではなかったが問題のある生徒でもないようだった。
成績は最初こそ良くなかったが少しずつ上がってきている。運動もあまり得意ではなく、特に球技のように他人と連携するタイプのスポーツは苦手のようだが最近は肉体改造部に所属しているのもあるのか持久力が随分とついてきているようだ。
念のためにクラス担任へ影山茂夫がどんな生徒か聞いてみれば、不器用ながら何事も真面目に取り組み途中で投げ出すような真似は一切しない生徒だという。
決して要領が良い訳ではない。何をするにも人より時間をかけて行い、時間ギリギリでやっとこなせるようなタイプだがだからこそ懸命な姿が好感がもてるのだと言っていた。
なるほど、何に対しても真摯に取り組めるというのは確かに美徳だろう。
例えそれが他人から見て面白みのない生活であっても目の前にある出来事から逃げずに取り組む個とが出来るのならばそれは立派なことだ。
成績でも運動でも普通なら目立たない生徒をクラス担任が「好感がもてる」と表現するあたりからそれがうかがえる。
だがそのような真面目さが美徳の生徒が本当にアルバイトなんてしているのだろうか。
彼はファイルを抱えると影山茂夫を探すついでに道すがら同学年の生徒に彼のことを聞いてみた。
あまり目立たない生徒なのか、名前だけは聞いた事があるといった曖昧な意見がほとんどだった。
自己主張をする訳でもないし他人を先導する訳でもない、特別に親しい友人がいる訳でもないが他人から疎まれている訳でもなく、特定の仲良しグループに所属しているという訳でもなさそうだ。
強いて言うなら以前あったオカルト部のような部員たちと仲が良いくらいか。
生徒会に所属する影山律の兄らしいが、成績優秀で素行も良い弟と比べればずっと目立たない生徒のようだ。
それと、「超能力者である」という話もちらほら聞かれるがこれはどういう意味だろう。
まさか本当に超能力者という訳ではないのだろうが、この調味市は霊だの怪異だのが関連した奇妙な事件が多いから超能力者である、というのも全くのデタラメではないかもしれない。
超能力者が本当なら、超能力を使ってアルバイトをしているのだろうか。
いや、あれこれ考えるより直接聞いた方が早いだろう。影山茂夫のクラスに赴き呼び出せばなるほど、地味で目立たぬ雰囲気の生徒が近づいてきた。
「はい、影山茂夫はボクですけど。あの、進路指導の先生が何の用でしょうか……」
進路指導の教師は大概、素行の悪い生徒を厳しく指導したり反省文を書かせるのが仕事である。だから進路指導の教師が来るというだけで緊張するのだろう。影山は目を泳がせしきりに手遊びをし終始落ち着きのない様子だった。
少し話を聞くだけだが、教室にはまだ生徒も多く残っている。あまり目立ってしまうのは本意ではないし影山を怯えさせたくもない。
「少しだけ聞きたい事があるんだ。そう気負わなくていい。ここじゃ何だからそうだな……理科準備室にでも行くか」
生徒指導用の教室はあるのだが教師と対面でいかにも説教をするという距離に座らされる場所に追いやったら影山のようなタイプの生徒は萎縮して思うように話せないだろう。
そう思った彼は塩中学校ではほとんど自分だけしか使っていない準備室へ呼び出す事にした。
他の教師の目も届かないし、変な噂も立たないだろう。明らか様に問題がない生徒の場合、彼は準備室へつれていく事が多かったのだ。
実際に影山も指導室送りを避けられたので幾分か安心したのだろう。多少は表情を和らげ彼の後をついてきた。
「はい、アルバイトをしています。霊幻師匠のところで……」
そうして準備室に連れて行き、座らせて雑談の後聞いてみれば影山は表情を変えず淡々とこたえる。 どうやら有る愛とをしているのは本当のようだ。
まったく、中学でアルバイトなんて問題だろう。中学生を働かせている大人も何を考えているのだ。
これはどう解決すべきなのだろうか。労働基準法違反だとしたら通報すべきは彼を手伝わせている事務所なのだろうか。様々な思いが頭を巡ったが、さらに詳しく聞けばもらっているのは300円程度なのだという。
また、アルバイト先の霊幻某(なにがし)という男は影山が小学校の頃から知っており色々と話を聞いてくれている存在なのだそうだ。
という事は、アルバイトというより知り合いの手伝いというのが妥当だろうか。
勇んで乗り込んできた先輩教師には「親戚の手伝いにちょっとお小遣いをもらえる」程度に説明をしておけばいいだろう。
「あの、何か問題がありましたか……」
影山はこちらが萎縮してしまうほど心配そうな顔をしている。
問題にしようと思えばどんな些末なことでも問題になるのだが、この程度のことなら見過ごしてもいいだろう。幸いに、影山も嫌々や無理矢理に手伝わされている訳でもなく少なからずその霊幻某という男を慕っているようだ。
中学生という多感な時期は、時に家や学校に居場所がないと感じるコトもある。そういった時、第三者で頼れる存在が近くにいるありがたさを彼はよく知っていた。
「いや、影山が気にするほどおおごとじゃないさ。ただ、アルバイトなんて言い方をしてたから勘違いしたヤツがいたってだけだよ。うーん、そうだな。友達なんかには『アルバイト代』でいいけど、教師の前では『お手伝いでお小遣いもらってる』くらいに言っておくのがいいだろうな」
教師は影山茂夫から聞き取った内容を一通りノートに書く。
実際にたいした問題じゃない。もし霊幻某という男も「中学生を働かせているのか」と突っ込まれても「知り合いに手伝ってもらっている」で突っぱねるつもりなのだろう。
だが影山茂夫は不思議そうにこちらを見つめるばかりだった。
「でも、師匠からはアルバイト代としてもらってますし……お手伝いやお小遣いとは違うような気がするんですが……」
「もらってる金額は300円くらいだろ」
「はい、そうですけど……」
「それだったら、お小遣いって言っちゃっても大丈夫さ。アルバイトというと誤解して面倒なことを言い出す人もいるからね」
彼の脳裏に先輩教師の姿が思い浮かぶ。そう、あの手の頭でっかちは面倒なのだ。自分が決めた価値観や結論のため暴走しかねない。
「アルバイトが出来るのは中学を卒業してからって法律で決まっているからね。もし中学生のキミが勝手にアルバイトをしている、って話になると色々と問題が出ちゃうんだよ。労働基準法でキミを手伝わせている霊幻という人に面倒かける訳にもいかないだろ」
「えっ、師匠が……逮捕されたりするんですか」
うっかり労働基準法なんて口にしたからだろう。影山は驚いた様子で目を見開いた。じわりと汗が滲んでいる事からすると、自分が法に触れていないか。あるいは知り合いの霊幻とやらが通報され逮捕されないか心配なのかもしれない。
もし霊幻某という男が本当に中学生を連れ回してアルバイトなんてしていたら逮捕されるかもしれないが、あくまで手伝いなら問題はないはずである。 まさか中学生に無茶で危険な労働をさせたり、深夜に連れ回したりはしてないだろう。
変に影山を不安にさせるのは本意ではないのだ。
「だから、ただのお手伝いなら逮捕なんてされないよ。でも、アルバイトになると大人たちは問題視する大人がいるから、大人の前では別の言い方をしておいたほうがいいよ、って話さ。大人になるとそういった言葉尻一つとらえて色々と口を出し正義ヅラするヤツがいっぱいいるから、面倒ごとを避ける為にお手伝いですってことにしておく。なんてよくある事さ」
彼はそこまでいって、しまったと顔を歪めた。こんな話、生徒に聞かせるような事ではない。口先だけ変えて実態は変わってないなんてのはいかにも大人の生臭い話じゃないか。
彼は苦笑いをしながら影山の方を見た。
「はは……なんか大人のズルい話しちゃったかな。ま、影山のお師匠さんが逮捕されないためにも、そのくらい言葉を選んでもいいんじゃないか」
実際に今回はアルバイトをしているという噂を聞いた面倒な教師から指導するようつつかれたのだ。トラブルを避けるために小さな言い換えくらいするのも処世術の一つだろう。
だが影山不思議そうに首を傾げると彼を真っ直ぐに見据えていた。
「アルバイトでも手伝いでも、ボクが300円をもらって師匠の助手をしているのは同じこと……」
「そう、そうだよ」
「だけどアルバイトというのと手伝いというのとで、意味が違う……? 同じことをしているのに……それって、嘘……になりませんか……」
最後の方は独り言のようだった。だが影山には疑問だったのだろう。 全く同じことをしているのに言葉ひとつで意味が変わってしまうということが。そして言葉をかえる事で誰かを騙すことになるのが影山のなかで納得いかない事なのだろう。
どうやらこの影山茂夫という少年は、ひどく真っ直ぐで純粋な気質のようだ。ついでに、かなり我が強い。見た目こそ控えめで目立たないが頑固なところがあるのだろう。
「そうだなぁ、嘘といえば確かにそうかもな。キミのお師匠様は『アルバイトとして雇っている』と言っているのにキミが『お手伝いをしてます』と言うのは言葉には齟齬がある。だけどそれで防げる問題があるのなら、これは嘘といより気遣い……って事にならないかな」
「気遣い、ですか……」
「うん、誰かを守るための言葉ってやつだよ。実態がそこまで変わらない僅かな言い換え。言葉は僅かに角度を変えただけで誰かを守れる事があるんだ。ほら、手伝いもアルバイトもそこまで意味が変わらないなら……キミのお師匠様を守るために、少しだけ言い換えてみないか」
影山は口元を押さえ思案する。
「守るための、言い換え……気遣い……気遣っての言葉……」
「あぁ。そうだ、多少濁した言い方は影山にとって座りの悪い事かもしれないけどな。世の中すべて本音や真実をぶつけていいとは限らないものさ。時に本当のことは悪口になるし、正論というのはひどく人を傷つける……そういった言葉をぶつけるには、相手をよく見て信頼がないと案外にムズカシイんだよ」
「信頼……そうか。ボク、以前かっこわるいシャツを着た時……みんな気遣ってそれを言わないでいてくれた。けど……友達が、かっこ悪いって言ってくれて……でも、その時気遣われたから……ボクは変なシャツを着てるのに気付かなかったから……」
「何だ、そんな事があったのか。そうだなァ、気遣いのせいで自分だけが滑稽な姿をさらしてた、ってのは恥ずかしい時もあるよな」
実際、大人になるとそういう事の方が多い。
最初から「自分はこうだと思う」といったフィルターを通して世界を見てしまうから考えが偏ったり、妙な部分に拘ったり、同じ考えの人間だけで集まってしまった結果客観性を失ってしまうのだ。
「でもなぁ、影山。おまえはその時、恥ずかしいシャツを着てるって堂々と言う友達がいたんだろ」
「はい……います。今でも、何でもボクに色々言ってくる友達が……」
「ズバッと嫌な事も言ってくるくらい信頼できる友達がいるなら、別に何ら心配なんてすることはないさ。そういう友人を守るために、小手先の言葉が効く相手は適当に誤魔化しておけって話なんだよ」
あぁ、また自分は生徒に聞かせるような立派な話はしていない。大人の生臭い意見を口にしている。その自覚はある。やはり教師など向いてないのだろう。
だが目の前にいる影山という愚直で不器用な少年はどうにも放っておけない雰囲気をもっていたのだ。
「影山。全く同じ事でも、言葉というのは誰が言ったか、何をいったか、どんな言葉でいったかで全く意味を変える事があるんだよ」
意味が分からないといった様子の影山を前に、彼は人差し指を立てるとそれを額に押しつけた。
「そうだなァ、たとえば影山。おまえ、好きな子とかいるか?」
「い、いま……います」
「そうか、好きな子にさ。『格好いい』って言われたいか? 『かっこ悪い』って言われたいか……なんて聞かれたらそりゃ『格好いい』って言われたいよな? 好きな子に格好いい自分を見てほしいもんな」
「はい! わかります……ボクは格好いいところ見せたい……かっこ良くなりたいから……」
やけにキラキラとした目を向ける影山を見て、教師は微かに笑う。よほど好きで憧れている相手がいるのだろう。微笑ましいものだ。
自分も影山くらいの頃はあんな風に憧れの相手を見つめていたのだろうかと思うと懐かしくもなる。
「だけど、言う側はな……『格好いい』という時より『かっこ悪い』といった時の方が相手を好いているなんて事もあるもんなんだよ」
「えっ……」
「ほら、格好いいなんて色々な基準があるだろ。顔が格好いい、容姿が格好いい、行動が格好いい……スポーツが出来て格好いいなんて色々な。でも、顔や容姿がいいってのは生まれ持ったモノだろ。だからそういった部分で『格好いい』って言うのは世辞や社交辞令で言えるものなんだ。それでこそさっきの気遣いの言葉ってやつだ。本心じゃなくても、言うなれば嫌いな相手にも言えるもんなんだよな」
影山はやけに真剣に彼の言葉を聞き入っている。
もし普段の生徒たちが全員このくらい真面目に聞いてくれたらどれだけ良かったろうな。等と密かに思いながら言葉を続けた。
「だが『かっこ悪い』ってのはな……こりゃ、相手がよっぽどコッチを嫌っているか。あるいはある程度の信頼が出来てないとなかなか言えないんだ。だから人間ってのは、時に『格好いい』と言える相手より『かっこ悪い』と言える相手のほうが信頼があったり好意があったりするんだよ。影山にもいるんだろ、信頼しているからこそ、お互いの良い所も悪い所も本音で言えるようなヤツは」
「は、はい……」
「それ言われたからって腹が立ったとしてもソイツの事嫌いになったりはしなかったろう。言葉ってのはそうやって聞く人間によって形も変わるものさ。だから……言葉というのは相手を見て、選んで使っていけ。嘘をつくのが嫌なら時に曖昧な言葉で誤魔化しておくのも別に悪い事じゃない。本当のことは、相手をよく見て、相手もよく自分を見てくれた時に伝えればいいんだからな」
彼はそう言いながら窓の外を見る。グラウンドでは陸上部が走り込みをはじめようとしている頃合いだった。
「相手を……そう、か。ボクは……もっと、見た方が……師匠も、ボクを信頼してくれたから……」
影山は手をじっと握ると何かを納得したように呟く。
随分と青臭い話をした気がするが、彼が何かを掴んだ様子を見せたのはいち教師としても嬉しかった。
「ま、ともかくだ。影山は人を見てどこまで話していいのかとか、どんな話し方が適切かなんて少し考えてみるのもいいかと思うぞ」
「は、はい……頑張ります」
「頑張ろうなんて意識するほどじゃないさ。あんまり無茶はするんじゃないぞ……何となくだが、影山は人から受け取る言葉や感情が普通よりも多いタイプみたいだからな。色々な部分に考えが及ぶと迷う事も多いだろうが、一人で背負いすぎるなよ」
彼はそう言い、影山の肩を軽く叩く。
「それじゃ、話は終わりだ。大人にバイトしているとは言わないように。それと……好きな子のこと、もうちょっと見てやれよ。案外かっこ悪い所見せてくれるお前を期待してるかもしれないぞ」
「は、はい……わかりました。ありがとうございます……」
影山は大げさなくらい頭を下げるとおもむろに立ち上がる。
そしてふと思い立ったように彼の方を見た。
「……先生」
「ん、どうした影山」
「いえ、先生は少しだけ、師匠に似てるなと思って。あの……ボクのこと真剣に考えてくれて、ありがとうございます」
そしてパタパタ足音をたてながら準備室を後にする。
教師らしくない部分を見せてしまった結果、まさか影山の師匠に似ていると言われるとは思わなかった。霊幻某という人物は随分と大人の生臭い価値観を剥き出しにして影山に接しているようだ。
いや、あるいは影山のように純粋な人間を守り導いていくには大人のずる賢さを露骨なまでに剥き出しにしたほうがうまくいくのかもしれない。
教師ではできない部分で手本に、あるいは反面教師になる人物が傍にいるとは影山は人に恵まれているに違いない。当人の人柄が良いから自然に人を惹きつけているのかもしれないが。
「うーん、だが影山、あの調子だとバイト云々話は忘れて好きな子の事ばっかり考えてそうだな。まぁいいか、学生は大いに青春せよ、なんてな」
彼は一人呟くと指導用ファイルを閉じる。
相変わらず教師には向いてない性格だと、彼は思っている。誰かを教え導くには自分は俗っぽいだろうし情熱がある訳でもないからだ。
だが、今日のように生徒の青春その輝きに触れそれを身近で感じるのはそれほど悪い気はしない。
彼は窓辺に立つと暫くぼんやり走り込みを続ける生徒たちを眺める。
西日は普段よりも遠い。冬もそろそろ本番となるのだろう。
彼は塩中学校で教鞭を執るまだ新人と言われても仕方ない若い教師だった。
将来にやりたい事など見つからぬまま何となしに受けた大学で受かった学校が教育学部だったためそのまま教育学部に行き、教員免許をとるため何とはなしに何とはなしにと試験や面接などを受けているうちそのまま中学校教員となった、言ってみればサラリーマン的教師である。
学校の教師なら給料が安定しているだろう。定時で帰れる時間も多いに違いない。そんな甘い目論見は1年で破られた。
教師というのは仕事が多いのだ。
生徒を教えるため自分が学ぶべき事も多い中で授業以外に一度だって触れた事のないバスケットの顧問を任されルールを覚えつつ残業で部員たちを指導する日々にテスト問題作り。さらに時々おこる生徒同士の諍いや保護者のクレーム対応などは大学を卒業したばかりのまだ若造である彼が担うには少々面倒なことが多かったといえるだろう。
流れ流されるまま教師になった身なのだから尚更だ。
これが例えば学生時代に多大に影響を受けた恩師がいたとか、本やドラマに出るような架空の教師に憧れがあったなど強い動機があれば彼ももう少しは情熱をもって教職に挑む事が出来ていたのだろう。
だが彼は違う。
勉強が嫌いな訳でもないし根が真面目なのもあって教員免許を取るには至った。学校の教師になったのも周囲で教師を目指すものが多くなんとなく感化されたからであり、教師というのは数多い選択肢の一つに過ぎなかったのだ。
向いてないのかもしれない。
1年目でそう思ったがそれでも3年は続けてみようと思ったのは生徒たちの行く末を見届けたいという気持ちも確かにあったが早く投げ出してしまうのは今後の転職に響くだろうといった私的な理由も大きかった。
どこまでも自分勝手な人間がどうして生徒たちを導けるものか。
そういった思いが燻ったのは自分よりも教職に憧れて努力していた同大学の他の学生を知っていたからだろう。
本来、自分が選ばれているのがおかしいのだ。
熱意があり、希望を抱き教師を目指す人間がこの座に相応しい。自分はそういった器ではない。ただ流されてここに来ただけの漂流物にすぎないのだ。
最も、他の教師と自分とがまだ少し違うのだとすれば彼は自身が教師を天職だと感じていなかったところだろう。
先生と呼ばれるのはどうも落ち着かなかった。
社会人になりたてのヒヨッコである自分が先生と呼び慕われていたら偉くなった気がして勘違いしそうだという怖れもあったし、実際塩中学校にもそのようにどこか勘違いをしたまま尊大に振る舞う教師がいたのだ。
「ねぇセンセ。聞いてるの? これは大問題に発展するかもしれないのよォ」
いま、彼の目の前にいる教師は自分が偉いと勘違いしたまま今に至ってしまったタイプの教師である。学生時代から家庭教師や塾講師など「先生」と呼ばれる仕事だけをし続け、そのまま教職についたことから骨の髄まで先生で皆が頭を垂れるのが当然だったため職業と立場と実際の力量との境界を見誤り誰にでも傲慢な振る舞いをするのだ。
最近はほとんど思いつきや難癖のような発言で余計な仕事を増やすのだが、それでも無視などすれば鬼人の如く怒り狂うのだからタチが悪い。
「わかりました、それで私は何をすればいいんでしょうか……」
話を聞いていなかったのは大半が愚痴と嫌味なのを知っていたからだ。自分は他人のゴミ捨て場ではなのだからわざわざ愚痴なんぞ聞いてやる暇も余裕もない。だから結論だけを聞けば目の前にいる先輩教師はメガネをなおしながら告げた。
「影山茂夫という生徒が学校に内緒でアルバイトをしているらしいって噂があってねェ。まだ中学生でアルバイトなんて良くないでしょォ。だから先生に生活指導、お願いしますねェ。本当はワタクシがやるべきなんでしょうけど……」
化粧の匂いを漂わせながら先輩教師はさも心配といった様子でこちらを見る。
だが校則では色つきリップさえ禁止しているという中でバチバチに化粧した教師が生徒指導をするというのは甚だ滑稽だろう。
それに今、クラス担任をもっていない彼は担任をもたないかわりに生徒指導を任されていた。本当にアルバイトをしているなら指導は確かにこちらの領分だ。
「わかりました、早速こちらから声をかけてみますよ」
彼は生徒指導用のファイルと名簿を取り出せば先輩教師は満足したように自分の机へと戻っていく。あの教師は生徒から好かれている訳でもなければとりたてて指導が上手いという訳でもないのだが教師を天職だと思っており何かと上から物を言うため他の教師はもちろん、保護者ともよく衝突をする。
そうして自分の巻いた種が災いとして降りかかってきたとき、よく後輩である自分たちに指図をし威厳を取り戻した気持ちになってプライドを保っているのだ。
あぁなる位なら、教師なんて職業にしがみついていたくはないというのも彼の本音であった。
「さて、影山茂夫だったかな。二年の生徒か……」
生徒名簿を開き、今しがた聞いた名を確認する。
影山茂夫は取り立てて優秀な生徒ではなかったが問題のある生徒でもないようだった。
成績は最初こそ良くなかったが少しずつ上がってきている。運動もあまり得意ではなく、特に球技のように他人と連携するタイプのスポーツは苦手のようだが最近は肉体改造部に所属しているのもあるのか持久力が随分とついてきているようだ。
念のためにクラス担任へ影山茂夫がどんな生徒か聞いてみれば、不器用ながら何事も真面目に取り組み途中で投げ出すような真似は一切しない生徒だという。
決して要領が良い訳ではない。何をするにも人より時間をかけて行い、時間ギリギリでやっとこなせるようなタイプだがだからこそ懸命な姿が好感がもてるのだと言っていた。
なるほど、何に対しても真摯に取り組めるというのは確かに美徳だろう。
例えそれが他人から見て面白みのない生活であっても目の前にある出来事から逃げずに取り組む個とが出来るのならばそれは立派なことだ。
成績でも運動でも普通なら目立たない生徒をクラス担任が「好感がもてる」と表現するあたりからそれがうかがえる。
だがそのような真面目さが美徳の生徒が本当にアルバイトなんてしているのだろうか。
彼はファイルを抱えると影山茂夫を探すついでに道すがら同学年の生徒に彼のことを聞いてみた。
あまり目立たない生徒なのか、名前だけは聞いた事があるといった曖昧な意見がほとんどだった。
自己主張をする訳でもないし他人を先導する訳でもない、特別に親しい友人がいる訳でもないが他人から疎まれている訳でもなく、特定の仲良しグループに所属しているという訳でもなさそうだ。
強いて言うなら以前あったオカルト部のような部員たちと仲が良いくらいか。
生徒会に所属する影山律の兄らしいが、成績優秀で素行も良い弟と比べればずっと目立たない生徒のようだ。
それと、「超能力者である」という話もちらほら聞かれるがこれはどういう意味だろう。
まさか本当に超能力者という訳ではないのだろうが、この調味市は霊だの怪異だのが関連した奇妙な事件が多いから超能力者である、というのも全くのデタラメではないかもしれない。
超能力者が本当なら、超能力を使ってアルバイトをしているのだろうか。
いや、あれこれ考えるより直接聞いた方が早いだろう。影山茂夫のクラスに赴き呼び出せばなるほど、地味で目立たぬ雰囲気の生徒が近づいてきた。
「はい、影山茂夫はボクですけど。あの、進路指導の先生が何の用でしょうか……」
進路指導の教師は大概、素行の悪い生徒を厳しく指導したり反省文を書かせるのが仕事である。だから進路指導の教師が来るというだけで緊張するのだろう。影山は目を泳がせしきりに手遊びをし終始落ち着きのない様子だった。
少し話を聞くだけだが、教室にはまだ生徒も多く残っている。あまり目立ってしまうのは本意ではないし影山を怯えさせたくもない。
「少しだけ聞きたい事があるんだ。そう気負わなくていい。ここじゃ何だからそうだな……理科準備室にでも行くか」
生徒指導用の教室はあるのだが教師と対面でいかにも説教をするという距離に座らされる場所に追いやったら影山のようなタイプの生徒は萎縮して思うように話せないだろう。
そう思った彼は塩中学校ではほとんど自分だけしか使っていない準備室へ呼び出す事にした。
他の教師の目も届かないし、変な噂も立たないだろう。明らか様に問題がない生徒の場合、彼は準備室へつれていく事が多かったのだ。
実際に影山も指導室送りを避けられたので幾分か安心したのだろう。多少は表情を和らげ彼の後をついてきた。
「はい、アルバイトをしています。霊幻師匠のところで……」
そうして準備室に連れて行き、座らせて雑談の後聞いてみれば影山は表情を変えず淡々とこたえる。 どうやら有る愛とをしているのは本当のようだ。
まったく、中学でアルバイトなんて問題だろう。中学生を働かせている大人も何を考えているのだ。
これはどう解決すべきなのだろうか。労働基準法違反だとしたら通報すべきは彼を手伝わせている事務所なのだろうか。様々な思いが頭を巡ったが、さらに詳しく聞けばもらっているのは300円程度なのだという。
また、アルバイト先の霊幻某(なにがし)という男は影山が小学校の頃から知っており色々と話を聞いてくれている存在なのだそうだ。
という事は、アルバイトというより知り合いの手伝いというのが妥当だろうか。
勇んで乗り込んできた先輩教師には「親戚の手伝いにちょっとお小遣いをもらえる」程度に説明をしておけばいいだろう。
「あの、何か問題がありましたか……」
影山はこちらが萎縮してしまうほど心配そうな顔をしている。
問題にしようと思えばどんな些末なことでも問題になるのだが、この程度のことなら見過ごしてもいいだろう。幸いに、影山も嫌々や無理矢理に手伝わされている訳でもなく少なからずその霊幻某という男を慕っているようだ。
中学生という多感な時期は、時に家や学校に居場所がないと感じるコトもある。そういった時、第三者で頼れる存在が近くにいるありがたさを彼はよく知っていた。
「いや、影山が気にするほどおおごとじゃないさ。ただ、アルバイトなんて言い方をしてたから勘違いしたヤツがいたってだけだよ。うーん、そうだな。友達なんかには『アルバイト代』でいいけど、教師の前では『お手伝いでお小遣いもらってる』くらいに言っておくのがいいだろうな」
教師は影山茂夫から聞き取った内容を一通りノートに書く。
実際にたいした問題じゃない。もし霊幻某という男も「中学生を働かせているのか」と突っ込まれても「知り合いに手伝ってもらっている」で突っぱねるつもりなのだろう。
だが影山茂夫は不思議そうにこちらを見つめるばかりだった。
「でも、師匠からはアルバイト代としてもらってますし……お手伝いやお小遣いとは違うような気がするんですが……」
「もらってる金額は300円くらいだろ」
「はい、そうですけど……」
「それだったら、お小遣いって言っちゃっても大丈夫さ。アルバイトというと誤解して面倒なことを言い出す人もいるからね」
彼の脳裏に先輩教師の姿が思い浮かぶ。そう、あの手の頭でっかちは面倒なのだ。自分が決めた価値観や結論のため暴走しかねない。
「アルバイトが出来るのは中学を卒業してからって法律で決まっているからね。もし中学生のキミが勝手にアルバイトをしている、って話になると色々と問題が出ちゃうんだよ。労働基準法でキミを手伝わせている霊幻という人に面倒かける訳にもいかないだろ」
「えっ、師匠が……逮捕されたりするんですか」
うっかり労働基準法なんて口にしたからだろう。影山は驚いた様子で目を見開いた。じわりと汗が滲んでいる事からすると、自分が法に触れていないか。あるいは知り合いの霊幻とやらが通報され逮捕されないか心配なのかもしれない。
もし霊幻某という男が本当に中学生を連れ回してアルバイトなんてしていたら逮捕されるかもしれないが、あくまで手伝いなら問題はないはずである。 まさか中学生に無茶で危険な労働をさせたり、深夜に連れ回したりはしてないだろう。
変に影山を不安にさせるのは本意ではないのだ。
「だから、ただのお手伝いなら逮捕なんてされないよ。でも、アルバイトになると大人たちは問題視する大人がいるから、大人の前では別の言い方をしておいたほうがいいよ、って話さ。大人になるとそういった言葉尻一つとらえて色々と口を出し正義ヅラするヤツがいっぱいいるから、面倒ごとを避ける為にお手伝いですってことにしておく。なんてよくある事さ」
彼はそこまでいって、しまったと顔を歪めた。こんな話、生徒に聞かせるような事ではない。口先だけ変えて実態は変わってないなんてのはいかにも大人の生臭い話じゃないか。
彼は苦笑いをしながら影山の方を見た。
「はは……なんか大人のズルい話しちゃったかな。ま、影山のお師匠さんが逮捕されないためにも、そのくらい言葉を選んでもいいんじゃないか」
実際に今回はアルバイトをしているという噂を聞いた面倒な教師から指導するようつつかれたのだ。トラブルを避けるために小さな言い換えくらいするのも処世術の一つだろう。
だが影山不思議そうに首を傾げると彼を真っ直ぐに見据えていた。
「アルバイトでも手伝いでも、ボクが300円をもらって師匠の助手をしているのは同じこと……」
「そう、そうだよ」
「だけどアルバイトというのと手伝いというのとで、意味が違う……? 同じことをしているのに……それって、嘘……になりませんか……」
最後の方は独り言のようだった。だが影山には疑問だったのだろう。 全く同じことをしているのに言葉ひとつで意味が変わってしまうということが。そして言葉をかえる事で誰かを騙すことになるのが影山のなかで納得いかない事なのだろう。
どうやらこの影山茂夫という少年は、ひどく真っ直ぐで純粋な気質のようだ。ついでに、かなり我が強い。見た目こそ控えめで目立たないが頑固なところがあるのだろう。
「そうだなぁ、嘘といえば確かにそうかもな。キミのお師匠様は『アルバイトとして雇っている』と言っているのにキミが『お手伝いをしてます』と言うのは言葉には齟齬がある。だけどそれで防げる問題があるのなら、これは嘘といより気遣い……って事にならないかな」
「気遣い、ですか……」
「うん、誰かを守るための言葉ってやつだよ。実態がそこまで変わらない僅かな言い換え。言葉は僅かに角度を変えただけで誰かを守れる事があるんだ。ほら、手伝いもアルバイトもそこまで意味が変わらないなら……キミのお師匠様を守るために、少しだけ言い換えてみないか」
影山は口元を押さえ思案する。
「守るための、言い換え……気遣い……気遣っての言葉……」
「あぁ。そうだ、多少濁した言い方は影山にとって座りの悪い事かもしれないけどな。世の中すべて本音や真実をぶつけていいとは限らないものさ。時に本当のことは悪口になるし、正論というのはひどく人を傷つける……そういった言葉をぶつけるには、相手をよく見て信頼がないと案外にムズカシイんだよ」
「信頼……そうか。ボク、以前かっこわるいシャツを着た時……みんな気遣ってそれを言わないでいてくれた。けど……友達が、かっこ悪いって言ってくれて……でも、その時気遣われたから……ボクは変なシャツを着てるのに気付かなかったから……」
「何だ、そんな事があったのか。そうだなァ、気遣いのせいで自分だけが滑稽な姿をさらしてた、ってのは恥ずかしい時もあるよな」
実際、大人になるとそういう事の方が多い。
最初から「自分はこうだと思う」といったフィルターを通して世界を見てしまうから考えが偏ったり、妙な部分に拘ったり、同じ考えの人間だけで集まってしまった結果客観性を失ってしまうのだ。
「でもなぁ、影山。おまえはその時、恥ずかしいシャツを着てるって堂々と言う友達がいたんだろ」
「はい……います。今でも、何でもボクに色々言ってくる友達が……」
「ズバッと嫌な事も言ってくるくらい信頼できる友達がいるなら、別に何ら心配なんてすることはないさ。そういう友人を守るために、小手先の言葉が効く相手は適当に誤魔化しておけって話なんだよ」
あぁ、また自分は生徒に聞かせるような立派な話はしていない。大人の生臭い意見を口にしている。その自覚はある。やはり教師など向いてないのだろう。
だが目の前にいる影山という愚直で不器用な少年はどうにも放っておけない雰囲気をもっていたのだ。
「影山。全く同じ事でも、言葉というのは誰が言ったか、何をいったか、どんな言葉でいったかで全く意味を変える事があるんだよ」
意味が分からないといった様子の影山を前に、彼は人差し指を立てるとそれを額に押しつけた。
「そうだなァ、たとえば影山。おまえ、好きな子とかいるか?」
「い、いま……います」
「そうか、好きな子にさ。『格好いい』って言われたいか? 『かっこ悪い』って言われたいか……なんて聞かれたらそりゃ『格好いい』って言われたいよな? 好きな子に格好いい自分を見てほしいもんな」
「はい! わかります……ボクは格好いいところ見せたい……かっこ良くなりたいから……」
やけにキラキラとした目を向ける影山を見て、教師は微かに笑う。よほど好きで憧れている相手がいるのだろう。微笑ましいものだ。
自分も影山くらいの頃はあんな風に憧れの相手を見つめていたのだろうかと思うと懐かしくもなる。
「だけど、言う側はな……『格好いい』という時より『かっこ悪い』といった時の方が相手を好いているなんて事もあるもんなんだよ」
「えっ……」
「ほら、格好いいなんて色々な基準があるだろ。顔が格好いい、容姿が格好いい、行動が格好いい……スポーツが出来て格好いいなんて色々な。でも、顔や容姿がいいってのは生まれ持ったモノだろ。だからそういった部分で『格好いい』って言うのは世辞や社交辞令で言えるものなんだ。それでこそさっきの気遣いの言葉ってやつだ。本心じゃなくても、言うなれば嫌いな相手にも言えるもんなんだよな」
影山はやけに真剣に彼の言葉を聞き入っている。
もし普段の生徒たちが全員このくらい真面目に聞いてくれたらどれだけ良かったろうな。等と密かに思いながら言葉を続けた。
「だが『かっこ悪い』ってのはな……こりゃ、相手がよっぽどコッチを嫌っているか。あるいはある程度の信頼が出来てないとなかなか言えないんだ。だから人間ってのは、時に『格好いい』と言える相手より『かっこ悪い』と言える相手のほうが信頼があったり好意があったりするんだよ。影山にもいるんだろ、信頼しているからこそ、お互いの良い所も悪い所も本音で言えるようなヤツは」
「は、はい……」
「それ言われたからって腹が立ったとしてもソイツの事嫌いになったりはしなかったろう。言葉ってのはそうやって聞く人間によって形も変わるものさ。だから……言葉というのは相手を見て、選んで使っていけ。嘘をつくのが嫌なら時に曖昧な言葉で誤魔化しておくのも別に悪い事じゃない。本当のことは、相手をよく見て、相手もよく自分を見てくれた時に伝えればいいんだからな」
彼はそう言いながら窓の外を見る。グラウンドでは陸上部が走り込みをはじめようとしている頃合いだった。
「相手を……そう、か。ボクは……もっと、見た方が……師匠も、ボクを信頼してくれたから……」
影山は手をじっと握ると何かを納得したように呟く。
随分と青臭い話をした気がするが、彼が何かを掴んだ様子を見せたのはいち教師としても嬉しかった。
「ま、ともかくだ。影山は人を見てどこまで話していいのかとか、どんな話し方が適切かなんて少し考えてみるのもいいかと思うぞ」
「は、はい……頑張ります」
「頑張ろうなんて意識するほどじゃないさ。あんまり無茶はするんじゃないぞ……何となくだが、影山は人から受け取る言葉や感情が普通よりも多いタイプみたいだからな。色々な部分に考えが及ぶと迷う事も多いだろうが、一人で背負いすぎるなよ」
彼はそう言い、影山の肩を軽く叩く。
「それじゃ、話は終わりだ。大人にバイトしているとは言わないように。それと……好きな子のこと、もうちょっと見てやれよ。案外かっこ悪い所見せてくれるお前を期待してるかもしれないぞ」
「は、はい……わかりました。ありがとうございます……」
影山は大げさなくらい頭を下げるとおもむろに立ち上がる。
そしてふと思い立ったように彼の方を見た。
「……先生」
「ん、どうした影山」
「いえ、先生は少しだけ、師匠に似てるなと思って。あの……ボクのこと真剣に考えてくれて、ありがとうございます」
そしてパタパタ足音をたてながら準備室を後にする。
教師らしくない部分を見せてしまった結果、まさか影山の師匠に似ていると言われるとは思わなかった。霊幻某という人物は随分と大人の生臭い価値観を剥き出しにして影山に接しているようだ。
いや、あるいは影山のように純粋な人間を守り導いていくには大人のずる賢さを露骨なまでに剥き出しにしたほうがうまくいくのかもしれない。
教師ではできない部分で手本に、あるいは反面教師になる人物が傍にいるとは影山は人に恵まれているに違いない。当人の人柄が良いから自然に人を惹きつけているのかもしれないが。
「うーん、だが影山、あの調子だとバイト云々話は忘れて好きな子の事ばっかり考えてそうだな。まぁいいか、学生は大いに青春せよ、なんてな」
彼は一人呟くと指導用ファイルを閉じる。
相変わらず教師には向いてない性格だと、彼は思っている。誰かを教え導くには自分は俗っぽいだろうし情熱がある訳でもないからだ。
だが、今日のように生徒の青春その輝きに触れそれを身近で感じるのはそれほど悪い気はしない。
彼は窓辺に立つと暫くぼんやり走り込みを続ける生徒たちを眺める。
西日は普段よりも遠い。冬もそろそろ本番となるのだろう。
PR
COMMENT