インターネット字書きマンの落書き帳
【袖すり合うもたしょーのえん(BL)】
平和な世界線で普通に付き合っている新堂×荒井の話をしています。
今年のバレンタインの話 を書きましてね。
その後 バレンタインに巻き込まれた荒井フレンズ の話も書きましたが。
その上でまだ! バレンタインの話を続けようと思って続けました。
俺が終わりって言うまでバレンタインなんだよォ~。
今回は バレンタインに他人のチョコを預かってしまったお人好し袖山くんの話 です。
袖山くんが「荒井くんにチョコを渡さないとな~」と思っていたところ、新堂と荒井が非常に親密な関係だったことに気付いてしまう話ですよ。
袖山くん、最高に人がよさそうだよね。
そう思って書きました。最高に人の良い袖山が書きたかったはなしをどうぞ。
2023年のバレンタインを袖山の話込みでまとめたのは こちらから どうぞ
webでまとめたのもあります こちらから どうぞ
袖山くんが頑張っているだけの部分が読みたい人は、ここだけでオッケーです♥
今年のバレンタインの話 を書きましてね。
その後 バレンタインに巻き込まれた荒井フレンズ の話も書きましたが。
その上でまだ! バレンタインの話を続けようと思って続けました。
俺が終わりって言うまでバレンタインなんだよォ~。
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袖山くんが「荒井くんにチョコを渡さないとな~」と思っていたところ、新堂と荒井が非常に親密な関係だったことに気付いてしまう話ですよ。
袖山くん、最高に人がよさそうだよね。
そう思って書きました。最高に人の良い袖山が書きたかったはなしをどうぞ。
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『袖山くんは変わらない』
放課後になっても袖山勝はなれない1年生の教室で右往左往し一人の少女を捜し求めていた。
鞄には綺麗にラッピングされた手作りのブラウニーから美味しそうな匂いが漂ってくる。
発端は一人で学食にいた袖山が呼び止められた事にある。
鳴神学園ではリボンや上履きの色が学年によって違う。赤いリボンをしていた彼女は1年生だろう。消え入りそうな声で「お願いします、ついてきてくれませんか」と呟いて袖山を学食の片隅へと連れ明らかに手作りとわかるチョコレートを差し出された時は袖山の胸も高まった。あまり女性に縁があるほうでもなければ目立った生徒でもない袖山だってその日がバレンタインデーである事くらいはわかっていたからだ。
今までは同じ学年の友人や同じ部活の後輩から一目で義理チョコだとわかるような安物だけを渡されてきた袖山にとって差し出された手作りブラウニーは目に見えて本命のチョコレートだと確信させるものだった。
当然、見るからに本命のチョコレートをもらう事など初めてである。何を言おうか戸惑っているうちにチョコを差し出した女子生徒は顔をあげぬまま精一杯に声を張った。
「あのっ、袖山先輩って荒井先輩と仲良いですよね。これ、荒井先輩に渡してください!」
少女はそう言うと袖山にチョコレートを押しつけ脱兎の如く去っていく。
「あっ、ちょっと。待って、待ってよ」
そのチョコが自分宛ではなくクラスメイトの荒井に渡すべきプレゼントだという事、少女が名前も言わず去っていってしまった事、その容姿もおぼろげにしか覚えていないこと。せめて名前くらいは聞いておこうと精一杯声を張り上げた時はすでに彼女の姿は遠くに見えなくなっていた事などから袖山は誰あてか分からぬチョコレートを受け取る事になってしまった。
もしこれが新堂だったら「他人の事なんて知らねェ」とでもいい捨ててしまうのだろう。
風間だったら「本命はボクだろうに恥ずかしがり屋さんだね」なんていいつつ自分でむさぼり食うに違いない。
だが袖山は極めて真面目な性格だった。そして荒井の事を良き友人だと心の底から思ってもいた。 誰からかわからないチョコレートを渡されてもきっと荒井は困るだろう。それに渡した女の子も自分の気持ちを伝えられず悲しい思いをするに違いない。
袖山はそのように考えられる人間であり、また優しさと行動力を持ち合わせていたのだ。
昼食も食べずにその場を去った女子生徒を追いかけ辺りの人に「彼女は誰か」と聞いてみたが1000人近い生徒のいる鳴神学園では通りすがった生徒の顔を偶然知っているコトなどまずない。 追いかけてもすでに彼女は後ろ姿さえ見られず、ただ1年生であろうという情報だけで袖山は彼女を探し始めた。 残りの昼休みはすべて彼女を探すことに費やし、午後の授業合間にある僅かな休憩時間も1年の教室棟へと向かってみた。
だが1学年だけで3階建ての教室が一杯になるような鳴神学園でぼんやりとしか記憶にない名前すらも知らない少女を探すのはまさしく雲を掴むような話である。
休み時間全てを費やしても見つからなかったが放課後ならば時間が長いぶん会える確率が高いはずだ。そう思ってホームルームが終わった直後に1年の教室まで走っきたという訳である。
袖山の思惑とは裏腹に、通用口は生徒でごったがえしていた。
もうじきテストという事もあり部活がないということもあって皆すぐに帰宅しようというのだろう。溢れるほどの人の波が押し寄せているこの状態では一人の少女を探すどころではなかった。
諦めるのは早い、まだ学校に残っているかもしれない。
袖山はそう思いなおして1年の教室へと向かってみても仲のよさそうな生徒たちが幾人か残ってテスト勉強をしたり、帰るタイミングを逸した生徒が本を読んでいたり、よほどモテるのか鞄にいっぱいのチョコレートを前に困惑している生徒などの姿はあるが肝心の少女は影形もなかった。
探す場所ならまだある。教室にいなくとも部活をやっているかもしれないのだ。そう思ってグラウンドや部活棟も向かってみるがテスト前なのでほとんどの部が活動をしていなかった。
念のため文化部が詰める部室棟にも行ってみたが普段活気づいている新聞部でさえ人の気配がない。
結局チョコレートの渡しぬしが誰だかはわからないままだが、もしこれで荒井が帰ってしまったらバレンタインデーに渡せなくなる。 それでなくとも荒井という人物は何かと学校を休みがちな生徒なのだ。今日は確か来ていたと思ったが自分があちこち探しているうちにもう帰ってしまったかもしれない。
慌てて部室棟から教室棟へ戻る途中、袖山はひとまず荒井の靴箱を確認する事にした。もう帰ってしまったのなら上履きになっているはずだ。だったらメッセージツールでチョコレートを預かっている事だけ告げて、今度来る時に渡せばいい。急ぎだといわれれば荒井は鳴神学園の近所に住んでいたはずだからそこまで届けてもいいだろう。
そう思いながら荒井の下駄箱を開ければ革靴と、押し込まれるようにチョコレートが入っていた。どうやら荒井は袖山が思っている以上にモテる男らしい。だが今はそんな事どうだっていいのだ、革靴があるということはまだ校内に残っているのだろう。生徒が居残るには随分と遅い時間だが自分だって随分ともたついてしまったし、荒井は久しぶりに学校へ来たから何かとやる事も多かったに違いない。
とにかく居てくれて助かった。せめてチョコレートだけ渡せれば自分の役目も半分は終わるだろう。袖山は大切そうに誰からのものかわからぬ手作りブラウニーの紙袋を抱えると自分のクラスへ歩き始めた。
荒井は部活もしていないし、いるのだとしたら教室か時田の手伝いで視聴覚室にいるかどちらかだろうと思ったからだ。
そうして教室の前へ立てば、微かだが人の声が漏れ聞こえる。
一人は荒井の声だがもう一人、少しばかり低い男の声がドア越しにも響いていた。どこかで聞いた事のある声だが思い出せない。
すぐさまドアを開け荒井へ声をかけても良かったのだろうがただならぬ雰囲気を感じた袖山は扉を開けずしばし中の様子を窺う事にした。
「っ……んぅ、くっ……ぅ……」
痛みを耐えるよう必死に声を殺すように聞こえる、この声の主は間違いな袖山の知る荒井昭二の声だった。 普段から冷静で狼狽える事など滅多にない荒井に何かあったというのだろうか。扉を開けていないうちに袖山の身体から汗が噴き出てくる。
滅多な事ではヘマをしない荒井が誰かに暴力でも受けているのだろうか。そう思うと恐ろしかったが、何とかして助けてあげないとといった気持ちがわき上がってきた。こういった時でも誰かを助けようと考える事が出来る程度に袖山はお人好しであったのだ。
「おい、大丈夫か荒井……キツいんなら無茶すんじゃ無ェぞ」
続くように聞こえた声に袖山は驚かずにはいられなかった。
間違いない、三年生の新堂誠だ。今の時期なら三年は受験シーズンまっただ中になりほとんど学校に来ないのはずだが新堂は何か用でもあったのだろうか。
それに、新堂と荒井が知り合いだったというのも初耳だ。
半年以上前に荒井が学校の七不思議について語る集会へ出た時、その中のメンバーに彼がいたとは聞いていた。実際にその校内新聞も読んだ記憶はある。だがそれからも新堂と荒井とが連んでいるなんて聞いていなかったからだ。
なぜ新堂が荒井と……疑問に思いドアごしに耳をそばだてる。
下級生の間にある新堂誠の噂は決して良いものではなく周囲からの評価も粗暴な不良といった所だったろうが、新堂と直接話す機会があった袖山にとって彼は見た目ほど悪人ではなさそうに思えていた。
見た目より面倒見も良いし、同級生の不良連中に絡まれた時に助けてもらった事もあるからだ。だから他の生徒たちが新堂の関わった恐ろしい噂を聞いても「まさか新堂がそんなことするはずない」と心のどこかで思っていた。
だが、いま教室から漏れる声を聞く限り荒井になにかしら非道い事をしているのは間違いなさそうである。
(どうして新堂さんが荒井くんにそんな事を……? 二人は知り合いだったのかな。もしそうだとしたら、一体いつから……でも、新堂さんがそんな非道い事するなんて……)
様々な考えが頭の中を渦巻く。
新堂は見た目ほど悪人とは思っていなかったがもし荒井に非道いことをしているようなら話は別だ。何としても止めなければ。当然新堂がどれだけ強く恐ろしい人かは知っていたがそれでも友人の荒井が傷つけられているのを黙って見てはいられなかった。
とはいえ袖山は喧嘩などしたことがない。例え殴り合いになったとしても元々体力がなく恫喝されればすぐ怯えてしまう袖山はおおよそ喧嘩に向いてない気質なのはわかっていた。
それならば自分が勝つには奇襲を仕掛けるのが一番だろう。相手の隙を突いて荒井を連れ出すことができれば儲けものだ。二人だと逃げるのは遅くなるだろうが相手が新堂が一人なら多少の抵抗もできるはずだ。
とにかく中の様子を見てみなければ。そう思いドアについてる窓から中を覗けば荒井の席で蠢く二つの影が目に入った。
「大丈夫ですから……それより新堂さん、まだ良くなってませんよね……」
「いや、俺は大丈夫だっての。それよりおまえの方が限界だろうが」
「いつも貴方にされっぱなし、というのは……面白くないですから……」
荒井は息も絶え絶えに訴えさらに激しく動こうとするが僅かに動いただけで全身のけぞって声をあげる。
「あっ、っ……ぁ……」
その声に耐えるよう必死に唇を噛む荒井を新堂は強く抱き留めた。
「ほら、もういいって言ってんだろ。無理すんなって」
「ぁ……すいま、せん……新堂さ……っ」
「気にすんなよ。今日、家は誰も居ねぇんだよな? ……だったら後で楽しませてもらうからな」
新堂は驚くほど優しく囁くと荒井の頬へ手を伸ばしそのまま唇を重ねる。
それを目の当たりにし、袖山は思わず目を見開いた。最初に見た時も虐められているとか嫌がらせをされているにしては随分と距離が近いと思ったが、二人の間にある感情が明確な好意であることを確信したからだ。
助ける必用がないのなら袖山が出ていく理由はないだろう。彼はなるべく音をたてずに動くと教室から一番近い階段へ腰を下ろした。
少し落ち着く必用があった。
友人である荒井が自分に内緒で恋人をつくっていたことも驚きだが、相手が新堂だというのは全く想像していなかったからだ。 だがそれを見てしまった今、自分はどうすればいいのだろうか。新堂はもうすぐ卒業になるからいいだろうが、荒井とは今までと同じように付き合えるだろうか。
二度、三度と袖山は深呼吸をする。
驚いていないといえば嘘ではあるが、荒井に対して自分の中にある印象は何ら変わっていない。いつだって冷静で決断の早い友人だ。自分のように地味で取り柄のない人間にも親しくしてくれるし困ったら手を差し伸べてくれる優しい友人でもある。
そうだ、荒井は決断が早く自分の意志で何でも決める性格じゃないか。自分のようにグズグズ考えて失敗するタイプじゃない。その荒井が自分で考え決断して傍に居る事を選んだ相手が新堂だというのなら、きっとそれは荒井にとって正しい事なんだろう。
何も変わる必用も、変える必用もない。袖山にとって荒井は大事な友達なのだから。
荒井が恋人のことを自分に言わないのもまた周囲を気遣い袖山を気遣っての事だろう。変な噂がたった時、荒井と親しくしていた袖山にも好奇の目が向けられないよう気にしてくれているのだ。荒井は聡いのだからそれくらいは考えている。
だとすると、気付いてしまったことを自分から言うのは得策ではないはずだ。
「そうだよね、荒井くんは僕の友達なんだ。それは、僕の中では何も変わっていないんだよ」
袖山は呼吸を整えると階段の踊り場へ移動し隠れるように腰掛ける。
荒井が帰宅するとしたらこの階段を使うだろう。そうしたら、今日女の子から渡されたプレゼントを渡してしまえばいい。
何も変わる事なんてないのだ。自分は普段通り荒井の友人として、友人の勤めを果たせばいいのだから。
「大丈夫、今日はこのチョコを荒井くんに託すだけだし。僕なら出来るって、うん」
袖山は自分を鼓舞しながら深呼吸をする。
何があったって自分にとって荒井が大切な友人なのはかわりない。きっと荒井だって自分に何があっても最後まで袖山を友人として信頼し心配してくれるのだろう。
ただ一つ残念なことがあるのなら、荒井が秘密にしている以上「おめでとう」とも「良かったね」とも言う事ができないことくらいだ。
袖山は深く呼吸を吐き静かに時をまつ。願わくば近いうちにその言葉を直接荒井へ言える日がくればいい。そんな事を考えて。
放課後になっても袖山勝はなれない1年生の教室で右往左往し一人の少女を捜し求めていた。
鞄には綺麗にラッピングされた手作りのブラウニーから美味しそうな匂いが漂ってくる。
発端は一人で学食にいた袖山が呼び止められた事にある。
鳴神学園ではリボンや上履きの色が学年によって違う。赤いリボンをしていた彼女は1年生だろう。消え入りそうな声で「お願いします、ついてきてくれませんか」と呟いて袖山を学食の片隅へと連れ明らかに手作りとわかるチョコレートを差し出された時は袖山の胸も高まった。あまり女性に縁があるほうでもなければ目立った生徒でもない袖山だってその日がバレンタインデーである事くらいはわかっていたからだ。
今までは同じ学年の友人や同じ部活の後輩から一目で義理チョコだとわかるような安物だけを渡されてきた袖山にとって差し出された手作りブラウニーは目に見えて本命のチョコレートだと確信させるものだった。
当然、見るからに本命のチョコレートをもらう事など初めてである。何を言おうか戸惑っているうちにチョコを差し出した女子生徒は顔をあげぬまま精一杯に声を張った。
「あのっ、袖山先輩って荒井先輩と仲良いですよね。これ、荒井先輩に渡してください!」
少女はそう言うと袖山にチョコレートを押しつけ脱兎の如く去っていく。
「あっ、ちょっと。待って、待ってよ」
そのチョコが自分宛ではなくクラスメイトの荒井に渡すべきプレゼントだという事、少女が名前も言わず去っていってしまった事、その容姿もおぼろげにしか覚えていないこと。せめて名前くらいは聞いておこうと精一杯声を張り上げた時はすでに彼女の姿は遠くに見えなくなっていた事などから袖山は誰あてか分からぬチョコレートを受け取る事になってしまった。
もしこれが新堂だったら「他人の事なんて知らねェ」とでもいい捨ててしまうのだろう。
風間だったら「本命はボクだろうに恥ずかしがり屋さんだね」なんていいつつ自分でむさぼり食うに違いない。
だが袖山は極めて真面目な性格だった。そして荒井の事を良き友人だと心の底から思ってもいた。 誰からかわからないチョコレートを渡されてもきっと荒井は困るだろう。それに渡した女の子も自分の気持ちを伝えられず悲しい思いをするに違いない。
袖山はそのように考えられる人間であり、また優しさと行動力を持ち合わせていたのだ。
昼食も食べずにその場を去った女子生徒を追いかけ辺りの人に「彼女は誰か」と聞いてみたが1000人近い生徒のいる鳴神学園では通りすがった生徒の顔を偶然知っているコトなどまずない。 追いかけてもすでに彼女は後ろ姿さえ見られず、ただ1年生であろうという情報だけで袖山は彼女を探し始めた。 残りの昼休みはすべて彼女を探すことに費やし、午後の授業合間にある僅かな休憩時間も1年の教室棟へと向かってみた。
だが1学年だけで3階建ての教室が一杯になるような鳴神学園でぼんやりとしか記憶にない名前すらも知らない少女を探すのはまさしく雲を掴むような話である。
休み時間全てを費やしても見つからなかったが放課後ならば時間が長いぶん会える確率が高いはずだ。そう思ってホームルームが終わった直後に1年の教室まで走っきたという訳である。
袖山の思惑とは裏腹に、通用口は生徒でごったがえしていた。
もうじきテストという事もあり部活がないということもあって皆すぐに帰宅しようというのだろう。溢れるほどの人の波が押し寄せているこの状態では一人の少女を探すどころではなかった。
諦めるのは早い、まだ学校に残っているかもしれない。
袖山はそう思いなおして1年の教室へと向かってみても仲のよさそうな生徒たちが幾人か残ってテスト勉強をしたり、帰るタイミングを逸した生徒が本を読んでいたり、よほどモテるのか鞄にいっぱいのチョコレートを前に困惑している生徒などの姿はあるが肝心の少女は影形もなかった。
探す場所ならまだある。教室にいなくとも部活をやっているかもしれないのだ。そう思ってグラウンドや部活棟も向かってみるがテスト前なのでほとんどの部が活動をしていなかった。
念のため文化部が詰める部室棟にも行ってみたが普段活気づいている新聞部でさえ人の気配がない。
結局チョコレートの渡しぬしが誰だかはわからないままだが、もしこれで荒井が帰ってしまったらバレンタインデーに渡せなくなる。 それでなくとも荒井という人物は何かと学校を休みがちな生徒なのだ。今日は確か来ていたと思ったが自分があちこち探しているうちにもう帰ってしまったかもしれない。
慌てて部室棟から教室棟へ戻る途中、袖山はひとまず荒井の靴箱を確認する事にした。もう帰ってしまったのなら上履きになっているはずだ。だったらメッセージツールでチョコレートを預かっている事だけ告げて、今度来る時に渡せばいい。急ぎだといわれれば荒井は鳴神学園の近所に住んでいたはずだからそこまで届けてもいいだろう。
そう思いながら荒井の下駄箱を開ければ革靴と、押し込まれるようにチョコレートが入っていた。どうやら荒井は袖山が思っている以上にモテる男らしい。だが今はそんな事どうだっていいのだ、革靴があるということはまだ校内に残っているのだろう。生徒が居残るには随分と遅い時間だが自分だって随分ともたついてしまったし、荒井は久しぶりに学校へ来たから何かとやる事も多かったに違いない。
とにかく居てくれて助かった。せめてチョコレートだけ渡せれば自分の役目も半分は終わるだろう。袖山は大切そうに誰からのものかわからぬ手作りブラウニーの紙袋を抱えると自分のクラスへ歩き始めた。
荒井は部活もしていないし、いるのだとしたら教室か時田の手伝いで視聴覚室にいるかどちらかだろうと思ったからだ。
そうして教室の前へ立てば、微かだが人の声が漏れ聞こえる。
一人は荒井の声だがもう一人、少しばかり低い男の声がドア越しにも響いていた。どこかで聞いた事のある声だが思い出せない。
すぐさまドアを開け荒井へ声をかけても良かったのだろうがただならぬ雰囲気を感じた袖山は扉を開けずしばし中の様子を窺う事にした。
「っ……んぅ、くっ……ぅ……」
痛みを耐えるよう必死に声を殺すように聞こえる、この声の主は間違いな袖山の知る荒井昭二の声だった。 普段から冷静で狼狽える事など滅多にない荒井に何かあったというのだろうか。扉を開けていないうちに袖山の身体から汗が噴き出てくる。
滅多な事ではヘマをしない荒井が誰かに暴力でも受けているのだろうか。そう思うと恐ろしかったが、何とかして助けてあげないとといった気持ちがわき上がってきた。こういった時でも誰かを助けようと考える事が出来る程度に袖山はお人好しであったのだ。
「おい、大丈夫か荒井……キツいんなら無茶すんじゃ無ェぞ」
続くように聞こえた声に袖山は驚かずにはいられなかった。
間違いない、三年生の新堂誠だ。今の時期なら三年は受験シーズンまっただ中になりほとんど学校に来ないのはずだが新堂は何か用でもあったのだろうか。
それに、新堂と荒井が知り合いだったというのも初耳だ。
半年以上前に荒井が学校の七不思議について語る集会へ出た時、その中のメンバーに彼がいたとは聞いていた。実際にその校内新聞も読んだ記憶はある。だがそれからも新堂と荒井とが連んでいるなんて聞いていなかったからだ。
なぜ新堂が荒井と……疑問に思いドアごしに耳をそばだてる。
下級生の間にある新堂誠の噂は決して良いものではなく周囲からの評価も粗暴な不良といった所だったろうが、新堂と直接話す機会があった袖山にとって彼は見た目ほど悪人ではなさそうに思えていた。
見た目より面倒見も良いし、同級生の不良連中に絡まれた時に助けてもらった事もあるからだ。だから他の生徒たちが新堂の関わった恐ろしい噂を聞いても「まさか新堂がそんなことするはずない」と心のどこかで思っていた。
だが、いま教室から漏れる声を聞く限り荒井になにかしら非道い事をしているのは間違いなさそうである。
(どうして新堂さんが荒井くんにそんな事を……? 二人は知り合いだったのかな。もしそうだとしたら、一体いつから……でも、新堂さんがそんな非道い事するなんて……)
様々な考えが頭の中を渦巻く。
新堂は見た目ほど悪人とは思っていなかったがもし荒井に非道いことをしているようなら話は別だ。何としても止めなければ。当然新堂がどれだけ強く恐ろしい人かは知っていたがそれでも友人の荒井が傷つけられているのを黙って見てはいられなかった。
とはいえ袖山は喧嘩などしたことがない。例え殴り合いになったとしても元々体力がなく恫喝されればすぐ怯えてしまう袖山はおおよそ喧嘩に向いてない気質なのはわかっていた。
それならば自分が勝つには奇襲を仕掛けるのが一番だろう。相手の隙を突いて荒井を連れ出すことができれば儲けものだ。二人だと逃げるのは遅くなるだろうが相手が新堂が一人なら多少の抵抗もできるはずだ。
とにかく中の様子を見てみなければ。そう思いドアについてる窓から中を覗けば荒井の席で蠢く二つの影が目に入った。
「大丈夫ですから……それより新堂さん、まだ良くなってませんよね……」
「いや、俺は大丈夫だっての。それよりおまえの方が限界だろうが」
「いつも貴方にされっぱなし、というのは……面白くないですから……」
荒井は息も絶え絶えに訴えさらに激しく動こうとするが僅かに動いただけで全身のけぞって声をあげる。
「あっ、っ……ぁ……」
その声に耐えるよう必死に唇を噛む荒井を新堂は強く抱き留めた。
「ほら、もういいって言ってんだろ。無理すんなって」
「ぁ……すいま、せん……新堂さ……っ」
「気にすんなよ。今日、家は誰も居ねぇんだよな? ……だったら後で楽しませてもらうからな」
新堂は驚くほど優しく囁くと荒井の頬へ手を伸ばしそのまま唇を重ねる。
それを目の当たりにし、袖山は思わず目を見開いた。最初に見た時も虐められているとか嫌がらせをされているにしては随分と距離が近いと思ったが、二人の間にある感情が明確な好意であることを確信したからだ。
助ける必用がないのなら袖山が出ていく理由はないだろう。彼はなるべく音をたてずに動くと教室から一番近い階段へ腰を下ろした。
少し落ち着く必用があった。
友人である荒井が自分に内緒で恋人をつくっていたことも驚きだが、相手が新堂だというのは全く想像していなかったからだ。 だがそれを見てしまった今、自分はどうすればいいのだろうか。新堂はもうすぐ卒業になるからいいだろうが、荒井とは今までと同じように付き合えるだろうか。
二度、三度と袖山は深呼吸をする。
驚いていないといえば嘘ではあるが、荒井に対して自分の中にある印象は何ら変わっていない。いつだって冷静で決断の早い友人だ。自分のように地味で取り柄のない人間にも親しくしてくれるし困ったら手を差し伸べてくれる優しい友人でもある。
そうだ、荒井は決断が早く自分の意志で何でも決める性格じゃないか。自分のようにグズグズ考えて失敗するタイプじゃない。その荒井が自分で考え決断して傍に居る事を選んだ相手が新堂だというのなら、きっとそれは荒井にとって正しい事なんだろう。
何も変わる必用も、変える必用もない。袖山にとって荒井は大事な友達なのだから。
荒井が恋人のことを自分に言わないのもまた周囲を気遣い袖山を気遣っての事だろう。変な噂がたった時、荒井と親しくしていた袖山にも好奇の目が向けられないよう気にしてくれているのだ。荒井は聡いのだからそれくらいは考えている。
だとすると、気付いてしまったことを自分から言うのは得策ではないはずだ。
「そうだよね、荒井くんは僕の友達なんだ。それは、僕の中では何も変わっていないんだよ」
袖山は呼吸を整えると階段の踊り場へ移動し隠れるように腰掛ける。
荒井が帰宅するとしたらこの階段を使うだろう。そうしたら、今日女の子から渡されたプレゼントを渡してしまえばいい。
何も変わる事なんてないのだ。自分は普段通り荒井の友人として、友人の勤めを果たせばいいのだから。
「大丈夫、今日はこのチョコを荒井くんに託すだけだし。僕なら出来るって、うん」
袖山は自分を鼓舞しながら深呼吸をする。
何があったって自分にとって荒井が大切な友人なのはかわりない。きっと荒井だって自分に何があっても最後まで袖山を友人として信頼し心配してくれるのだろう。
ただ一つ残念なことがあるのなら、荒井が秘密にしている以上「おめでとう」とも「良かったね」とも言う事ができないことくらいだ。
袖山は深く呼吸を吐き静かに時をまつ。願わくば近いうちにその言葉を直接荒井へ言える日がくればいい。そんな事を考えて。
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