インターネット字書きマンの落書き帳
父親に精神的DVを受けていたタイプのユミヒコくん(ミツユミ)
逆転検事1・2が移植されたから!
一柳弓彦きゅんのファンもさぞ増えている事でしょうねぇッ!
という気持ちを抱きながら、10年以上前にかいた御剣×一柳きゅんのBLっぽい話をお出しします。
今回の話は、父に人形のように扱われていた弓彦くんが無意識に、自分は誰からも愛されないみたいな心情になっていたのを、御剣がちょっとだけ救うような話ですよ。
ミツユミ好きかい?
今日から好きになろうズェ!
一柳弓彦きゅんのファンもさぞ増えている事でしょうねぇッ!
という気持ちを抱きながら、10年以上前にかいた御剣×一柳きゅんのBLっぽい話をお出しします。
今回の話は、父に人形のように扱われていた弓彦くんが無意識に、自分は誰からも愛されないみたいな心情になっていたのを、御剣がちょっとだけ救うような話ですよ。
ミツユミ好きかい?
今日から好きになろうズェ!
『追憶の父』
今思えば、一柳弓彦は物心つく以前からずっと傀儡だったのだろう。
父は強く、賢く、大きな権力をもっていた。
対する弓彦という人間は、父の血を引いているはずにもかかわらず、あらゆるものが凡庸だった。いや、凡庸にすら値していなかっただろう。
知識を得てもそれを行使するだけの知恵は回らず、人付き合いに関しても空回りや勘違いが多く、空気の読めない所も多い。
もし、一柳弓彦が一人の天才検事と関わりのない、普通の家庭の少年であったのなら、空気が読めず空回りばかりする性格でも、明るく人なつっこい笑顔と直向きな性格から、少なからず理解者も出ていただろう。
だが、背後にある光があまりにも眩しく、明るすぎたから、弓彦は自覚もなしに大きな影を背負うようになっていた。
強くて偉い権力のある父親は、自然と弓彦の道を閉ざし、選択肢を奪っていき、弓彦は自分も知らぬうち、父の期待に応えるためだけで精一杯になっていた。
精一杯になりながら、自分では決して及ばない。父と同じような立場になることはできないと、諦念を抱いていたのだ。
弓彦が、自分が至らない人間なのだということと、父はさして自分のことを見ていないのだということに気付いたのは小学校2,3年生の頃だったろう。
「なぁ、オヤジ。聞いて欲しい事があるんだけどさ。学校で今、すっごく流行っているゲームがあるんだ。カードを使う奴なんだけど、俺、もうすぐ誕生日だろ。誕生日、そのカードゲーム買ってくれないかなぁ。スターターキットってのがあれば、俺でも出来るんだって!」
当時、弓彦の通っていた学校で、カードゲームが流行していた。
ゲームの類を学校に持ち込むのは勿論校則で禁止されていたけれども、クラスメイトの大半がそんな校則よりも娯楽を優先して、自慢のカードを並べては昼休みに対戦をするのが日課になっていたのだ。
仲の良い友達の殆どはそのゲームで遊んでいた。
だが、弓彦には自由に使える小遣いはなかったので、いつも友達が対戦するのを眺めてうらやましがるだけだった。
今思えば、別に弓彦もそのカードゲームでどうしても遊びたかったというわけではない。
ただ、仲の良い友人の賑わいに自分も入りたかっただけであり、父親の期待に応えられる息子になるため、ひたすら勉強に打ち込むことに対して息抜きがしたかっただけ。年相応の少年が願うよう、クラスの友達と同じように遊んでみたかっただけだったのだ。
「そうか、弓彦には欲しいものがあるんだねぇ」
休日の昼下がり、弓彦の父親は彼の姿を見る事もなく、自分のバイクを弄っていた。
たまにある休日は、弓彦の父親が趣味に打ち込める数少ない時間だったから、いつでも話はバイク弄りのついでに聞いていたのだ。
「そうなんだよ、買ってくれるかな!?」
その言葉が弓彦の口から出るより先に、父は告げた。
「だけどオマエの誕生日には、もう特別なプレゼントがかってあるんだよ。だから別に、ほしいものの希望なんて言わなくてもいいぞ。もう、決めてあるからな」
その時、弓彦はぼんやりとガレージを見つめているだけで、何も言う事ができなかったことだけを覚えている。
ガレージには、父がお気に入りにしているバイクが数台。愛用の革ジャン、そしてギターなどが置かれており、弓彦の私物は何もない。
必要とあらば召使いのような人間が車でどこでも出迎えてくれたから、自転車などは必要ないと言われた。買い物に関しても、弓彦の欲しいものは事前に父が与えるから必要ないとも。勉強も習い事も歩いてくれる距離に全て存在するのだから、何もいらないだろう。
「弓彦はとーっても恵まれているからねぇ」
それが、父親の言い分だった。
「いいレコードを見つけたんだ。父さんが若い頃に好きだった曲だから、きっとオマエも気に入るだろうね。何せオマエによく似合う曲だからね」
弓彦の父親が上機嫌なときは、自分が喜ぶものを得た時だった。
「これは美味しい肉だからレアで焼く事にしよう」
「部屋は破壊と再生を意味する色合いがいい、壁紙も家具も新調しておいたよ」
「そうだな、将来はテミス学園に行くといい。もう決まってるから、受験の準備をしておくんだ」
弓彦の父親は、一度だって弓彦の意見を聞こうとしなかった。
それどころか、まともに向き合った事もないだろう。
違うんだよオヤジ、俺は友達とカードゲームをして遊びたいんだ。
肉だって、生っぽいのは腹を壊しそうで怖いし、部屋も不気味すぎて友達だって呼べない。
学校も、今まで仲良くしてくれた友達が行った場所がいいんだ、俺は検事以外にも、どんな仕事があるか知りたい。
そう考えた事もある。だけど、言葉が口から出る事は決してなかった。
「どうだ、嬉しいだろう、弓彦?」
父親の笑顔を見ると、体がびくりと震え、何も言えなくなってしまうのだ。
自分には、もう家族が父親しかいない。母親はいなくなってしまい、家にいる使用人や召使いも全て父親の味方だ。
父親に見捨てられたら、自分はもう生きていけない。
子供ながらにそのような本能が芽生えていたのだろうが、それ以上に、父親に喜んでほしい気持ちがあった。
父親に笑ってほしい。 父親に認められたい。
家族として、自慢できる息子になりたかったし、男として立派な人間だと背中を叩いてほしいと思った。
「うん、ありがとな。オヤジ! 俺、もっともっと頑張るよ!」
笑顔をつくるのが当たり前になっていた。
父親の前では笑ってなければいけないと思ったし、父親の提案は全て受け入れないといけないとも思った。
自分は天才の息子なのだから、天才に認められるよう期待にこたえないといけないんだと、強く自分に言い聞かせた。
そうだ、俺はオヤジの息子なんだからオヤジみたいになれるはずだ。
俺が少しバカでぐずぐずしている所があっても、オヤジの言う事を聞いていればきっとオヤジみたいに立派な検事になれる。
立派な。いや、イチリュウの検事にならなければいけない。自分はそのように生まれてきたのだ。
そうしないと、オヤジは俺の方など見てくれなくなる。
そして俺はきっと、母さんと同じように消えてしまうのだろう。
あらゆる思いを押し殺し、最初は無理矢理作っていた笑顔も、いつしか自然に浮かぶようになっていた。
父がくれたレコードに本、勉強から趣味嗜好に至るまで、弓彦の部屋には父の理想ばかりがうずたかく積まれていく。
父がお膳立てをしてくれたのだから、そのレールを踏み外さないよう歩いていかなければならない。そうしていずれ父の片腕になり、認めてもらえなければならない。自慢の息子にならなければいけない。
そうしたら、きっと父は自分のことを認めてくれる。
本当の息子として、受け入れて可愛がってくれるのだ。
ずっとそれを信じて生きてきた。
希望は心の支柱となり、生きるための理由と呼べるほど大きくなっていた。
だが、結局のところ弓彦という人間はどこまでも凡庸だったのだ。
人並みにできる事すら些末なミスを犯し、気ばかりが焦って空回りをし、不必要に大きな声をあげ、周囲の話をゆっくり聞く事もないため、取りこぼしも多い。
父のもつ知性も、カリスマも何一つ持てないことに気付く暇もないまま、父にはとっくに見限られていたのだ。
そしてただ、父のため最低限の演技ができるだけの傀儡として育てられてきたのを知った時、弓彦は孤独と絶望に苛まれたが、ほんの少しだけ気持ちは楽になっていた。
自分でも少しだけ、わかっていたのだ。
父のような才能がないことも、そもそも検事としての資質に劣るということも。
全てが終わり、自分の良いところも、悪いところも認められるようになったころ、弓彦は父に縛られない新しい生き方を、模索するようになっていた。
それでも時たま、父に縛られていた頃の暗澹たる記憶を思い出し、心に激しい痛みを覚えた。
特に、誕生日が近づくとその痛みが増すのだ。
それは、最初に自分と父との距離が、家族なのに届かない場所にあるのだとわかってしまった日だったからだろう。
「そういえば、もうすぐ誕生日じゃないのか。イチヤナギくん」
御剣にそう言われた時、弓彦は無意識に自分の誕生日を忘れようとしていた事に気付いた。
近頃は事件の処理が立て込んでいて、カレンダーを見るのも億劫になっていたから誕生日など忘れていたのだと思っていたが、意識的に気付かぬように振る舞っていたのだろう。
だが、御剣は誰から誕生日など聞いたのだろうか。ミクモなどは耳ざといから自分も知らないうちに話していたのかもしれない。
「あ、そうだな……よく覚えてたなぁ、オレ、すっかり忘れてたよ」
「全く、自分の誕生日を忘れるとはな……それで、プレゼントはどうする? あまり高価なものは困るがささやかな物なら何か、私からもプレゼントしようではないか」
「あはは、別にいいって。御剣にはいつも色々教えてもらっているから、それで充分だし」
それに、どうせ誕生日に欲しいものなんてもらえない。
誰かの理想。そうであってほしい俺を、押しつけられるだけの傀儡なのだ。
誰かに与えられた役割を忠実にこなす道具じゃなければいけないのだ。
心の奥に染みついた父の呪縛が、弓彦にすっかり笑顔に擬態した悲しみの仮面をかぶせる。
だが、御剣はさも当然といったように続けた。
「そういう訳にはいかないだろう、何でも好きなものをいいたまえ」
「すきなもの……?」
「誕生日は特別な日だ……私にキミが生まれた事を祝わせてくれてもいいだろう?」
御剣は真っ直ぐに弓彦を見つめて、改めてそう問いかける。
俺の為に祝おうと、彼は言ってくれた。
何でも好きなものをと、彼はきいてくれた。
そしてその瞳はただ、俺だけを映している。
「い、いいの。俺、ほんとに……何でもいいのか?」
「言っただろう、何でもいい……無茶な願いじゃなければ、与えると約束しよう」
「ホント!? ほんとに、ほんと。だったら、だったら俺……」
頭の中に、様々な望みが駆け巡る。
俺の、ほしいものを。俺が本当に望むものを、この人はくれるというのだ。
この人は、俺を受け入れてくれるのだ。
一流検事にはほど遠い、こんな俺の事を……。
「おれ、おれっ……」
語る前に涙が自然と零れ落ちていた。
ただ、嬉しかった。
自分という人間を見ようとしてくれる大人が、近くにいるということが、心が喜びで満たされあふれ出すほどに嬉しかったのだ。
「ど、どうしたというのだイチヤナギくん……とにかく、その……泣きやむんだ!」
急に泣きだした俺を前に、御剣は困った様子でうろたえる。
御剣は綺麗な顔をしているわりに人当たりがよくない。意外と人付き合いが苦手なのだろう、弓彦が急に怒ったり笑ったりすると、いつも不思議そうな顔をして、それからひどく動揺するのだ。
「そんな事言ったって、すぐ泣きやめないよ。俺……」
「だが、泣くのはその……やめてくれ。私は、君の……君の、笑顔が見たい……」
御剣の指先が、弓彦の頬に触れる。
弓彦は、自分よりずっと年上の大人なのに慌てふためく御剣の姿がなんだかおかしく思えて、涙を零しながら無意識に笑顔になっていた。
作り笑いではない、本当の、弓彦の笑顔に。
「驚かせてごめん、みつるぎ検事、でも、これうれし泣きだから……」
「うれし泣き……? そんなに、嬉しかったのかね……?」
「あぁ! 誕生日を祝ってもらえるって、嬉しいことなんだな。オレも、御剣の誕生日はちゃんと祝うから! ……それで、俺の誕生日プレゼントなんだけどさ」
伝えよう。モノも、金も、何もいらないと。
そして望もう。ただ、傍にいてほしいと。
一緒に笑ったり、泣いたり、心が折れそうになった時、そっと支えてもらえればいい。
それを、毎年望めるようにしよう。
御剣はきっと、そんな事でいいのかと呆れるかもしれないが……。
父とともに居た頃は、どう足掻いても手に入らなかった温もり。
弓彦は、ようやくそれを手に入れられたような気がした。
今思えば、一柳弓彦は物心つく以前からずっと傀儡だったのだろう。
父は強く、賢く、大きな権力をもっていた。
対する弓彦という人間は、父の血を引いているはずにもかかわらず、あらゆるものが凡庸だった。いや、凡庸にすら値していなかっただろう。
知識を得てもそれを行使するだけの知恵は回らず、人付き合いに関しても空回りや勘違いが多く、空気の読めない所も多い。
もし、一柳弓彦が一人の天才検事と関わりのない、普通の家庭の少年であったのなら、空気が読めず空回りばかりする性格でも、明るく人なつっこい笑顔と直向きな性格から、少なからず理解者も出ていただろう。
だが、背後にある光があまりにも眩しく、明るすぎたから、弓彦は自覚もなしに大きな影を背負うようになっていた。
強くて偉い権力のある父親は、自然と弓彦の道を閉ざし、選択肢を奪っていき、弓彦は自分も知らぬうち、父の期待に応えるためだけで精一杯になっていた。
精一杯になりながら、自分では決して及ばない。父と同じような立場になることはできないと、諦念を抱いていたのだ。
弓彦が、自分が至らない人間なのだということと、父はさして自分のことを見ていないのだということに気付いたのは小学校2,3年生の頃だったろう。
「なぁ、オヤジ。聞いて欲しい事があるんだけどさ。学校で今、すっごく流行っているゲームがあるんだ。カードを使う奴なんだけど、俺、もうすぐ誕生日だろ。誕生日、そのカードゲーム買ってくれないかなぁ。スターターキットってのがあれば、俺でも出来るんだって!」
当時、弓彦の通っていた学校で、カードゲームが流行していた。
ゲームの類を学校に持ち込むのは勿論校則で禁止されていたけれども、クラスメイトの大半がそんな校則よりも娯楽を優先して、自慢のカードを並べては昼休みに対戦をするのが日課になっていたのだ。
仲の良い友達の殆どはそのゲームで遊んでいた。
だが、弓彦には自由に使える小遣いはなかったので、いつも友達が対戦するのを眺めてうらやましがるだけだった。
今思えば、別に弓彦もそのカードゲームでどうしても遊びたかったというわけではない。
ただ、仲の良い友人の賑わいに自分も入りたかっただけであり、父親の期待に応えられる息子になるため、ひたすら勉強に打ち込むことに対して息抜きがしたかっただけ。年相応の少年が願うよう、クラスの友達と同じように遊んでみたかっただけだったのだ。
「そうか、弓彦には欲しいものがあるんだねぇ」
休日の昼下がり、弓彦の父親は彼の姿を見る事もなく、自分のバイクを弄っていた。
たまにある休日は、弓彦の父親が趣味に打ち込める数少ない時間だったから、いつでも話はバイク弄りのついでに聞いていたのだ。
「そうなんだよ、買ってくれるかな!?」
その言葉が弓彦の口から出るより先に、父は告げた。
「だけどオマエの誕生日には、もう特別なプレゼントがかってあるんだよ。だから別に、ほしいものの希望なんて言わなくてもいいぞ。もう、決めてあるからな」
その時、弓彦はぼんやりとガレージを見つめているだけで、何も言う事ができなかったことだけを覚えている。
ガレージには、父がお気に入りにしているバイクが数台。愛用の革ジャン、そしてギターなどが置かれており、弓彦の私物は何もない。
必要とあらば召使いのような人間が車でどこでも出迎えてくれたから、自転車などは必要ないと言われた。買い物に関しても、弓彦の欲しいものは事前に父が与えるから必要ないとも。勉強も習い事も歩いてくれる距離に全て存在するのだから、何もいらないだろう。
「弓彦はとーっても恵まれているからねぇ」
それが、父親の言い分だった。
「いいレコードを見つけたんだ。父さんが若い頃に好きだった曲だから、きっとオマエも気に入るだろうね。何せオマエによく似合う曲だからね」
弓彦の父親が上機嫌なときは、自分が喜ぶものを得た時だった。
「これは美味しい肉だからレアで焼く事にしよう」
「部屋は破壊と再生を意味する色合いがいい、壁紙も家具も新調しておいたよ」
「そうだな、将来はテミス学園に行くといい。もう決まってるから、受験の準備をしておくんだ」
弓彦の父親は、一度だって弓彦の意見を聞こうとしなかった。
それどころか、まともに向き合った事もないだろう。
違うんだよオヤジ、俺は友達とカードゲームをして遊びたいんだ。
肉だって、生っぽいのは腹を壊しそうで怖いし、部屋も不気味すぎて友達だって呼べない。
学校も、今まで仲良くしてくれた友達が行った場所がいいんだ、俺は検事以外にも、どんな仕事があるか知りたい。
そう考えた事もある。だけど、言葉が口から出る事は決してなかった。
「どうだ、嬉しいだろう、弓彦?」
父親の笑顔を見ると、体がびくりと震え、何も言えなくなってしまうのだ。
自分には、もう家族が父親しかいない。母親はいなくなってしまい、家にいる使用人や召使いも全て父親の味方だ。
父親に見捨てられたら、自分はもう生きていけない。
子供ながらにそのような本能が芽生えていたのだろうが、それ以上に、父親に喜んでほしい気持ちがあった。
父親に笑ってほしい。 父親に認められたい。
家族として、自慢できる息子になりたかったし、男として立派な人間だと背中を叩いてほしいと思った。
「うん、ありがとな。オヤジ! 俺、もっともっと頑張るよ!」
笑顔をつくるのが当たり前になっていた。
父親の前では笑ってなければいけないと思ったし、父親の提案は全て受け入れないといけないとも思った。
自分は天才の息子なのだから、天才に認められるよう期待にこたえないといけないんだと、強く自分に言い聞かせた。
そうだ、俺はオヤジの息子なんだからオヤジみたいになれるはずだ。
俺が少しバカでぐずぐずしている所があっても、オヤジの言う事を聞いていればきっとオヤジみたいに立派な検事になれる。
立派な。いや、イチリュウの検事にならなければいけない。自分はそのように生まれてきたのだ。
そうしないと、オヤジは俺の方など見てくれなくなる。
そして俺はきっと、母さんと同じように消えてしまうのだろう。
あらゆる思いを押し殺し、最初は無理矢理作っていた笑顔も、いつしか自然に浮かぶようになっていた。
父がくれたレコードに本、勉強から趣味嗜好に至るまで、弓彦の部屋には父の理想ばかりがうずたかく積まれていく。
父がお膳立てをしてくれたのだから、そのレールを踏み外さないよう歩いていかなければならない。そうしていずれ父の片腕になり、認めてもらえなければならない。自慢の息子にならなければいけない。
そうしたら、きっと父は自分のことを認めてくれる。
本当の息子として、受け入れて可愛がってくれるのだ。
ずっとそれを信じて生きてきた。
希望は心の支柱となり、生きるための理由と呼べるほど大きくなっていた。
だが、結局のところ弓彦という人間はどこまでも凡庸だったのだ。
人並みにできる事すら些末なミスを犯し、気ばかりが焦って空回りをし、不必要に大きな声をあげ、周囲の話をゆっくり聞く事もないため、取りこぼしも多い。
父のもつ知性も、カリスマも何一つ持てないことに気付く暇もないまま、父にはとっくに見限られていたのだ。
そしてただ、父のため最低限の演技ができるだけの傀儡として育てられてきたのを知った時、弓彦は孤独と絶望に苛まれたが、ほんの少しだけ気持ちは楽になっていた。
自分でも少しだけ、わかっていたのだ。
父のような才能がないことも、そもそも検事としての資質に劣るということも。
全てが終わり、自分の良いところも、悪いところも認められるようになったころ、弓彦は父に縛られない新しい生き方を、模索するようになっていた。
それでも時たま、父に縛られていた頃の暗澹たる記憶を思い出し、心に激しい痛みを覚えた。
特に、誕生日が近づくとその痛みが増すのだ。
それは、最初に自分と父との距離が、家族なのに届かない場所にあるのだとわかってしまった日だったからだろう。
「そういえば、もうすぐ誕生日じゃないのか。イチヤナギくん」
御剣にそう言われた時、弓彦は無意識に自分の誕生日を忘れようとしていた事に気付いた。
近頃は事件の処理が立て込んでいて、カレンダーを見るのも億劫になっていたから誕生日など忘れていたのだと思っていたが、意識的に気付かぬように振る舞っていたのだろう。
だが、御剣は誰から誕生日など聞いたのだろうか。ミクモなどは耳ざといから自分も知らないうちに話していたのかもしれない。
「あ、そうだな……よく覚えてたなぁ、オレ、すっかり忘れてたよ」
「全く、自分の誕生日を忘れるとはな……それで、プレゼントはどうする? あまり高価なものは困るがささやかな物なら何か、私からもプレゼントしようではないか」
「あはは、別にいいって。御剣にはいつも色々教えてもらっているから、それで充分だし」
それに、どうせ誕生日に欲しいものなんてもらえない。
誰かの理想。そうであってほしい俺を、押しつけられるだけの傀儡なのだ。
誰かに与えられた役割を忠実にこなす道具じゃなければいけないのだ。
心の奥に染みついた父の呪縛が、弓彦にすっかり笑顔に擬態した悲しみの仮面をかぶせる。
だが、御剣はさも当然といったように続けた。
「そういう訳にはいかないだろう、何でも好きなものをいいたまえ」
「すきなもの……?」
「誕生日は特別な日だ……私にキミが生まれた事を祝わせてくれてもいいだろう?」
御剣は真っ直ぐに弓彦を見つめて、改めてそう問いかける。
俺の為に祝おうと、彼は言ってくれた。
何でも好きなものをと、彼はきいてくれた。
そしてその瞳はただ、俺だけを映している。
「い、いいの。俺、ほんとに……何でもいいのか?」
「言っただろう、何でもいい……無茶な願いじゃなければ、与えると約束しよう」
「ホント!? ほんとに、ほんと。だったら、だったら俺……」
頭の中に、様々な望みが駆け巡る。
俺の、ほしいものを。俺が本当に望むものを、この人はくれるというのだ。
この人は、俺を受け入れてくれるのだ。
一流検事にはほど遠い、こんな俺の事を……。
「おれ、おれっ……」
語る前に涙が自然と零れ落ちていた。
ただ、嬉しかった。
自分という人間を見ようとしてくれる大人が、近くにいるということが、心が喜びで満たされあふれ出すほどに嬉しかったのだ。
「ど、どうしたというのだイチヤナギくん……とにかく、その……泣きやむんだ!」
急に泣きだした俺を前に、御剣は困った様子でうろたえる。
御剣は綺麗な顔をしているわりに人当たりがよくない。意外と人付き合いが苦手なのだろう、弓彦が急に怒ったり笑ったりすると、いつも不思議そうな顔をして、それからひどく動揺するのだ。
「そんな事言ったって、すぐ泣きやめないよ。俺……」
「だが、泣くのはその……やめてくれ。私は、君の……君の、笑顔が見たい……」
御剣の指先が、弓彦の頬に触れる。
弓彦は、自分よりずっと年上の大人なのに慌てふためく御剣の姿がなんだかおかしく思えて、涙を零しながら無意識に笑顔になっていた。
作り笑いではない、本当の、弓彦の笑顔に。
「驚かせてごめん、みつるぎ検事、でも、これうれし泣きだから……」
「うれし泣き……? そんなに、嬉しかったのかね……?」
「あぁ! 誕生日を祝ってもらえるって、嬉しいことなんだな。オレも、御剣の誕生日はちゃんと祝うから! ……それで、俺の誕生日プレゼントなんだけどさ」
伝えよう。モノも、金も、何もいらないと。
そして望もう。ただ、傍にいてほしいと。
一緒に笑ったり、泣いたり、心が折れそうになった時、そっと支えてもらえればいい。
それを、毎年望めるようにしよう。
御剣はきっと、そんな事でいいのかと呆れるかもしれないが……。
父とともに居た頃は、どう足掻いても手に入らなかった温もり。
弓彦は、ようやくそれを手に入れられたような気がした。
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