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インターネット字書きマンの落書き帳

   
三つ角の坂道にいる襟尾の話(パラノマ二次創作)
襟尾純が怪異に巻き込まれるはなしです。
津詰徹生と興家彰吾みたいな人もでます。(漠然とした作品説明)

あたりまえのように「襟尾にはわりと歳の姉がいる」という設定を入れてみましたが、「これ違和感ないんじゃないかな」と思って入れてみた設定なので実在の設定ではありませんが、違和感ない気がします。(非実在設定)

パラノマサイト、もともとの話がオカルトなので古典オカルトっぽい雰囲気の話を書きたくなってしまい、書いてしまうのです。

今回の要素は「辻は妖怪が好む場所」みたいな話と「黄泉路の区切りは坂道なので黄泉平坂」みたいな話、それと「黄泉の食い物を食ったものは黄泉の人間になる契約である、ヨモツヘグイ」のはなしを混ぜて溶かして固めたやつです。

溶かして固めてハイッ!
黄泉平坂は上り坂で山の上にあるんだよ、黄泉は説といや、下なんだよ説とあり今はわりと下の話が多いんですが、上にあるのもいいですね。
てっぺんとったって感じ、死んでからもてっぺんとっていきたいもんです。



『三つ角の四つ辻』

 辻にて振り返る事なかれ。
 そこは人の領分にあらず、昼夜を問わず逢魔が領分なり。
 故に、辻にて振り返る事なかれ。
 逢魔が戯れはそれ即ち人の■■なり。


 ***


 どこかからサイレンの音を聞き、襟尾純はほとんど反射的に目を覚ます。そして今、久しぶりに実家へと帰省していることを思い出し幾分か安堵しながら目を閉じた。
 久しぶりに長く休みがとれた。刑事という激務で休むこと事態に多少の罪悪感は抱くものの上司である津詰徹生より「家族が生きてるうちにちゃんと親孝行しておけ」「まとまった休みなんざ滅多にとれねぇんだ」「心配しなくとも、オマエが必要なら嫌でも呼び出すさ」などと言われ背中を押されたのだ。
 だが実家に顔を見せてすぐに襟尾は辟易した。久しぶりにあった親戚連中から「結婚はどうするのだ」「見合をしてみる気はないか」「恋人はいないのか」と好き放題に言われたからである。
 実際に襟尾の同期や友人たちの殆どは所帯を持ちはじめていたのだから言われても仕方ない気持ちもあるのだが、刑事の仕事は目が回る程忙しく、帰って寝るのがやっとの生活だった。恋人のため時間をとるどころか自分の睡眠時間だってろくにない状態では結婚どころじゃないというのが今の襟尾の本音でもある。
 それに襟尾は昔から結婚願望というものをあまりもってはいなかったのだ。
 先輩刑事はやれ「結婚しろ」「所帯をもて」とやたらに薦めてくるのだが、そのわりには自分の結婚生活の愚痴ばかり言う。わざわざ愚痴を言うために無理矢理相手を見つけようとは思わなかったし、どうせ結婚するのなら明るく元気な幸せ家庭を築こうと思える相手がいい。そう思うのは当然だろう。
 また、襟尾が尊敬する上司である津詰も一度は結婚したが家庭を顧みることが出来ず妻と娘に逃げられているのも結婚に憧れない理由の一つであった。
 特に娘からはひどく嫌われ、直接連絡することを避けられている有様だというのだからすすんで結婚する気など到底なれるはずもないのだ。

 しかし、世間からすれば襟尾のように「結婚は面倒だ」「不幸になる家庭を作るのなら最初からしないほうが良い」などと考える方が異端なのである。
 結婚すれば男は仕事に責任がもてるものだ。子供を育てていくのは当然だ。男ならしっかり稼いで妻と子供を養うものだ。 そういった価値観が蔓延っており、20代半ばを過ぎた襟尾をせっつく声はますます増えるばかりであった。

 だが幸いに襟尾の両親はあまりうるさい事は言わなかった。
 10年以上前に結婚した年の離れた姉が近所に住んでおり孫の顔を見せるためなど理由をつけて頻繁に帰ってきているから寂しい事もないのだろう。
 襟尾の両親は昔から大らかな気質であり襟尾には好きなことをやってほしい、嫌な事を無理強いしたくないといった教育方針だったのも大きく結婚も「周囲が何をいっても純のペースと考えでいいからね」と穏やかに言ってくれるので、襟尾はそれに甘え仕事が第一の生活を今でも続けていた。

 元より仕事が好きな襟尾だ。しばらく寝転がっていたがサイレンの音が気にかかり、我慢しきれず起き上がる。
 時刻は14時を過ぎた頃だった。 昼食のあと少し横になるつもりがうたた寝をしていたらしい。 少し身体を伸ばしてからリビングへ向かえばキッチンで買い物かごを提げ出絵書けようとする母の姿が見えた。

「あら純、起きちゃったの」
「外からサイレンの音が聞こえてきただろ。あれ、パトカーのサイレンだなぁと思って、職業病かな」

 襟尾は笑いながら冷蔵庫より麦茶を取り出すとグラスに一杯注ぐ。その姿を横目に母は「あぁ」と合点がいったように外を見た。

「多いのよね、ここ。昔から……純も知ってるでしょう、四丁目にある丁字路のあたり、ほら、あなたが小学校の頃に事故もあったのよね」
「えぇ、そうだっけ……」
「覚えてないのも無理はないわね、あなた小学校2,3年生の頃だったかしら。大変だったのよ、太郎くんが倒れてるってあなた泣きながら家に戻ってきて……」

 母の言葉で、襟尾の手は止まる。
 太郎とは小学校のころ同じクラスだった少年だ。襟尾と同じ学年だったのに随分と身体が大きくガキ大将といった様子で誰にでも尊大に振る舞い悪態ばかりつく性格だったのはよく覚えている。
 襟尾のこともよく「女みたいな名前だ」「軟弱な奴だ」とからかって笑い、女子に対してはしょっちゅう声をあげ威嚇をするという随分な悪ガキだった。
  大人になって考えてみればただ虚勢を張り威張りたいだけのつまらない見栄なのはわかるが子供の頃は随分と面倒で恐ろしかったのをよく覚えている。

 そう、子供のころ太郎少年に無理矢理つれていかれたのは四丁目の方だったのか。通学路とは逆方向に引きずられていったあの時、自分は何故あんな所に行ったのだろうか。

「太郎くん、大けがだったのよ。それからずっと入院していて怪我がなおってからも少しおかしくなっちゃったみたいでね、昼夜かまわず目がさめたら同じことを何度も繰り返し呟いてふらふら出歩くようになっちゃって、ご家族も随分大変だったみたいよ」

 ぼんやりと聞いている。急に太郎が学校に来なくなって、暫くは風邪だとか入院したと聞いていた。
 だが二学期になると教師は言葉を濁すようになり、引っ越したという噂から頭が狂って病院に入れられてしまったのだという噂が流れた。
 そういう話も中学に進学するころはすっかりと忘れていたが、おかしくなってしまったのどうやら本当だったようだ。

「それで、太郎のやつは今どうしてるのかな」

 襟尾は何の気も無く問いかける。事故にあって怪我をした、それが随分治療に時間がかかったようだが出歩けるならそれなりに元気にはなったんだろう。
 そう思って聞いたのだが母の言葉は思いがけぬ残酷なものだった。

「どうしてるも何も、あなたが警察学校に行く頃に亡くなったそうよ。やっぱり事故で、四丁目の丁字路で。あなたが見つけた時と同じように、身体のあちこちを骨折して見つかったんだって」

 その言葉で襟尾は自然と息をのむ。
 身体のあちこちを骨折して、事故で、同じ場所で。太郎は自分が死ぬ前に、自分が事故にあった場所へ赴いていたというのだろうか。

「最初、あなたが見つけた時もね、ひき逃げだったんじゃないかって警察が捜査して。でも結局に見つからなくて……それで、二度目の事故もやっぱりひき逃げだろうって話。まだ解決してないはずだけど、貴方を見てると刑事さんも忙しいからなかなか事故の捜査って進まないんでしょうねぇ」

 襟尾の母は少し気まずそうな顔をする。ひき逃げ犯を未だ捕まえられていないというのは警察の失態だ。それをわざわざ刑事である襟尾に聞かせるのは休暇で遊びに来た息子に対しあまりに不躾だと思ったからだろう。
 だがそれ以上に、襟尾の心は不安でざわついていた。
 太郎は事故だと母は言った。自動車に轢かれたのだろうと。実際、あの四つ角は平地の丁字路だ。見通しも良くなく車がふいに飛び出してきてそれに当たるような事故は珍しくもないだろう。 大通りから離れている細い道ではあるが交通量も多い。高いビルもなければ上れそうな木もないのだからあんな場所で骨折するなら自動車事故と考えるのが自然だ。刑事になった今、自分も現場の資料を見たらそう判断するだろう。

 だが太郎は自動車になんて轢かれていないのを自分は知っている。
 彼は階段から転げ落ちたのだ。あの長い坂にある階段から。
 襟尾の脳裏に古い記憶の断片が蘇る。鬱蒼とした木々と石作りの階段、その上にある痩せぎすだが非常に背の高い老婆と、色とりどりに輝く飴細工……。

『おう、純。おもしれぇもん見つけたんだぜ、四丁目の三つ角によ、階段があるんだ、長ぇ坂道でよ』
『その先に汚ェ婆さんが住んでるんだが、飴だの菓子だのうまそうなもん作っておいてるらしい。しかもほしがるとタダでくれるんだってよ』
『本当かどうかなんかわかんねぇ、噂だ噂、でも面白ェだろ』

 身体の大きな太郎がふてぶてしく笑いながら襟尾に聞かせた話が蘇る。
 四丁目の丁字路が随分遠いのは知っていた。お菓子は魅力だが粗暴な太郎と一緒に行くのは気が引けたのもだ。
 だが太郎から『そんなんだから、いつまでたっても女みてぇなんだ』とか『怖がってんのか、臆病者』なんてはやし立てられたら腹も立つ。
 そうして二人で向かったのだ、噂にある四つ角に。そして襟尾はそこで見たのだ。
 三つ角にある、四つ目の道を。
 階段があり、その先に何かがいた。 あそこは三つ角、丁字路だ。記憶にある場所は丁字路にさらにもう一つ道があり、四つ角になっていた。
 襟尾の記憶では四丁目は四つ角でありその一本がなだらかな坂になって、その先に奇妙な老婆がいたのだ。薄手のせんべいだとか、砂糖をハサミで千切ってツルのように仕立てた飴細工といった子供の好きそうなお菓子を作っておき、売るワケでもなく並べていたのだ。
 何故いままで忘れていたのだろう。あれは、幻だったのか。それともただの記憶違いだろうか。
 聞いてみようと思ったが母はすでに買い物へ出てもういない。
 襟尾は注いだ麦茶を一息に飲み干すとグラスを濯ぎ外へ出た。
 記憶にある道が本当に四つ角だったのか確かめてみるために。


 ***


「……確かに津詰だが。何だって、エリオから伝言……ったく、あいつ一般人になにさせてんだ。で、何だ? いい甘味処を見つけたから来ないか? おいおい、随分とお人好しだなアンタも。そんなことのために声をかけたのか。まぁいい、ありがとうよ」


 ***


 子供心に遠くに思えた四丁目の丁字路は大人になった今でも歩いて20分はかかる距離にあった。 大通りから少し離れているとはいえその道は記憶と大差ない、路地が細いわりに交通量が多い道だ。子供の頃と違い比較的に大型の車もどんどん入るようになり、事故のリスクはもっと上がっているだろう。子供の頃にはなかった信号機が今はきちんとつけられている。
 道すがら会った人にさりげなく聞いたが、太郎はこの周辺をよく「へぐぅ」「へぐり」と呟きながら徘徊していたのだという。
 倒れていたのは丁字路でも先に道などない路肩だり、その転がっていた路肩こそが襟尾の記憶にある四つ目の道がある場所だったのだ。

「うーん、でも何もないなぁ」

 記憶にある道に立ち、襟尾は小さくため息をつく。
 通り道の風景は学生時代を過ごした風景と何ら変わりが無かったので四丁目の三つ角はここで間違いないだろうが、どこを見ても裏通りに行けそうな道はない。
 子供の頃に通った道の記憶、通りにある家や途中で見た駄菓子屋など全てが存在するというのに鬱蒼とした木々に隠された階段だけは何処にもなかったのだ。

「やっぱり記憶違いかなぁ。もう20年も前のはなしだし」

 その時、歩行者用の信号が青にかわり僅かにテンポのずれた「とうりゃんせ」が流れてきた。
 目が不自由な人でも音で信号の変化が伝わるようメロディ付きの信号機が設置されるようになったのはつい数年前だ。鳥の鳴き声をイメージした音の他は「とうりゃんせ」と「故郷の空」が流れるように決められていたはずだが、この道はとうりゃんせが鳴るのか。

 ここは どこの ほそみちじゃ
 てんじんさまの ほそみちじゃ
 ちょっと とおして くだしゃんせ ごようの ないもの とおしゃせぬ

 この歌詞の不穏さとメロディのもの悲しさは記憶にあるあの坂道と良く似ている。
 あぁ、そういえばと襟尾は不意に思い出した。
 あの坂道はちょうど、三つ角の合間を縫うようにして目の前にあるなだらかな坂道の前にあったはずだ。記憶通りならちょうど今、襟尾がいる場所から振り返ったところにあるはずなのだ。
 この場所を振り返ればひょっとしたら道が見つかるかもしれない。最初来た見た時は道らしいものは見えていなかったが、今振り返れば道がある気がする。
 長くなだらかな坂の向こうに窯で砂糖をにつめ、たっぷりの飴細工を拵えて朗らかな顔で笑う老婆。
 お腹が減ったのだろうと差し出してくれる甘そうな菓子。
 瑞々しい白桃をつかったデザートなどもあり、襟尾が『美味しそうなお菓子だ』と言ったら老婆は歯の抜けた顔で笑って告げたのだ。

 菓子ではなく、へぐいだと。

 あの時、老婆から渡された「へぐい」は太郎が全部奪ってしまった。襟尾はそれを食べられず、帰ろうとした太郎は「へぐい」を食べたのならここにいるといいと老婆にいわれ、怖くなって逃げ出したのだ。
 そう、太郎は追いかける老婆に突き倒されて転がり落ちそして大けがをしたのだ。とっさに襟尾が引っ張り上げあの時はきっと、死なずに済んだのだろう。
 だがまたあの場所に呼ばれてしまたのだ、へぐいをしたのだからいつも、呼ばれてしまうのだろう。そして暫く行けなかった道が開き、今度はきちんと招かれたのだ。

『黄泉が釜で煮炊きした飯を食ろうたのだから、もう現世にはおられんでな』

 老婆の声が聞こえた気がした。
 そうだ、太郎は老婆が与えた菓子を食べ向こうへ呼ばれた。あの時は襟尾が邪魔したから行けなかったが、襟尾がこの土地から離れたから行けるようになったのだろう。
 そしていま、襟尾もまた呼ばれている。
 向こうの食べ物を受け取ったのだ、喰ってはいないが今度こそきちんと食らって行かねばいけないのだ。

 よもつひらさかを こえて かくりよの せかいへ

「悪ィなエリオ、待たせたか」

 襟尾の肩に節くれ立った手が触れる。振り返ればそこには津詰が立っていた。

「えぇ、ボス。何してるんですかここで」

 襟尾は素っ頓狂な声をあげる。まさか休暇で実家にいるとき、自分の上司である津詰と会うなど微塵も思っていなかったからだ。
 一方の津詰は不思議そうに首を傾げると

「いや、俺を呼んだのはお前じゃないのか。さっき、事故があるって通報で近くに来てた俺も呼ばれたんだが……そいつは誤報でな。それで、今日は直帰していいから帰ろうとしてたところ、若ェ男から言付けで、もし津詰って刑事がいたらオススメの甘味処に案内したいんで四丁目の三つ角まで来てくれ、って……」
「そんな、オレがボスを呼び立てたりするわけないでしょう。そもそも、ボスがこっちに来てるのだって知りませんでしたから……」
「そういやそうだな……いや、今考えたらおかしいよな、お前の言付けだから来てみたが……」

 不思議な事もあるものだとは思う。だがこの周辺は襟尾の近所だ。うまい豆寒天を出す甘味処があるのも知っている。
 せっかく津詰が来てくれたのだから細かい事を気にせず、どうせなら豆寒天を楽しんでもらおう。

「まぁいいですよ、ところでボスは豆寒天お好きですか? 大粒の黒豆を優しい甘さで煮た、いーい店がこの近所にあるんですよ」
「おっ、そりゃいいな……教えてもらえるか、エリオ」
「はい、ボス」

 ちょうど信号の音がとおりゃんせから故郷の空に変わっている。
 襟尾は思わぬ出会いに喜ぶと、いちど後ろを振り返る。記憶と違う三つ角は四つ角になることもなく、やはり自分の記憶違いだったのだと改めて思い直した。子供の頃の記憶などそのようなものだ、きっとどこか別の道を勘違いして覚えていたのだろう。そもそも一緒にいたのも太郎だったかわからない。
 それより、今は津詰を甘味処までエスコートしなければ。
 歩いて10分程度だ、あの店は豆寒天が美味いが羊羹も美味しいものを出す。どちらを食べようか、今から楽しみにするうちまた過去の記憶が急速に薄れていき、店につくころには襟尾の記憶からすべて綺麗に消え落ちていた。

 クラスメイトが不審な死を遂げた事も、三つ角にあった四つ辻も、なだらかな坂道とその向こうにいる老婆も、へぐいの記憶もなにもかも。


 ***


 立ち去る二人を見て、青年は小さく息を吐く。
 古来より道が交わる場所は逢魔が領域とされていた。人が行き交う場所は自然と業が触れあうからとも、道が交わる場所はエネルギーの衝突があるからとも言われるが、ようは歪みができやすく影になりやすいからそういったものが棲みやすいのだ。
 人の道が辻にて分かれるよう、怪異の道も辻にて現れる。とりわけ坂と辻が混じる場所というのは、そういう力が強い。
 坂道はもともと、黄泉への道だ。
 平坂とは比較的になだらかな坂道のことで、山の上だとも地下深くとも言われている。今となってはどちらも正しく、下りでも登りでも坂のもとあたりは黄泉路の境界線として機能していた。
 つまり、辻であり坂である場所は普通の道よりずっと黄泉の道へ、死者が行く道へ近いのだ。 
 そういった所で比較的に黄泉路の浅い場所で暮らすものたちが、時たま迷う生者にも自分たちの食べ物を施してしまうことがある。

 ヨモツヘグイ、あの世のものを食べれば黄泉の住人になる。古くからの契約である。
 黄泉の人間に、悪意はない。
 ただ迷い込んだものが腹を減らしていたら気の毒だと自分たちのこしらえた粥でも菓子でも何でも、好きなものを与えようとするのだ。
 黄泉の人間は黄泉で暮らすことが普通であり、そこを決して悪い場所だと思っていない。恐ろしい場所とも思っていないのだから至極自然に、当然に、飢えた仲間を癒やすために。
 だがそれは現世の人間にとっては呪詛たりえる契約なのだ。
 口にしたら最後、もう現世に留まってはいられなくなり黄泉の窯で煮炊きしたもの、「へぐい」を求めてしまうのだ。

「どうしようか迷ったんだけど……あの人はそっちの食べ物を口にしてないみたいだし、そこで引き込むのは理不尽かなぁと思って手を貸しちゃったよ。嘘の通報までしてさぁ、こういうのバレたら罪になるのかなぁ」

 青年は後ろを振り返る。
 そこには三つ角にある四つ目の道、石段でつくられたなだらかな坂が延々と続いていた。

「まぁ、でも……きっとあの人は助かる人だったんだろうね。だって、偶然ここにおれが来ていて、何かヤバそうだなと思って事故の誤報をつたえたら、偶然そっちの耐性強い刑事さんがきて、その刑事さんが偶然あの若い刑事さんと知り合いだったんだからさ。偶然がこれだけ重なったら、もうそれは必然って奴だろうし」

 木々はざわざわと揺れる。風など吹いていないのに揺れているというのは、きっとあの石段からもう別の世界ということだろう。

「そんな怒らないでほしいなぁ、おれは別にそれ以上のことはしないし。あの人も、縁があったらそっちに行くと思うよ。うん、住んで良いとこ黄泉の国ってね」

 青年は一人呟くとうっすら笑う。
 信号が青にかわり、周囲に低音のとおりゃんせが流れるのを聞くと彼はゆっくり歩き出した。

 鬱蒼とした木々はなだらかな坂道を覆い隠すよう、ざわざわと揺れつづけていたがやがて見えなくなり、ついにはすっかりと消え果てていた。

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紳士をこじらせているので若干のショタコンです。
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