インターネット字書きマンの落書き帳
夢と現実の間に立つ興家と襟尾
夢の中で津詰が呪い殺されているのを目の当たりにし、ひどく不安と混乱を抱く中突然「おれが殺したんだよ」なんて言う若造が現れてテンパってその男を殺しそうになってしまう……。
そんな不安と恐怖を煽られたテンパり襟尾を書いてみたくて書きました。
当然、煽るために現れているのは興家なんですが、俺は興家の事を化け物だと思っているので許してねッ。
「おれを殺して、おまえを汚す」という興家を前に襟尾は汚されてしまうのか!
乞うご期待!
そんな不安と恐怖を煽られたテンパり襟尾を書いてみたくて書きました。
当然、煽るために現れているのは興家なんですが、俺は興家の事を化け物だと思っているので許してねッ。
「おれを殺して、おまえを汚す」という興家を前に襟尾は汚されてしまうのか!
乞うご期待!
『なまぬるい夢』
鈍い音が辺りに響き渡る。
人間の身体を力いっぱいたたき付けるような、そんな鈍い音だ。
一体何処からこんな嫌な音が聞こえてくるのだろう。事件か、事故か、ケンカか、どれであっても止めなければ。
持ち前の正義感から、襟尾純は何処かも知れぬ闇の中をぼんやりと歩き続けた。
「来るなっ、見るな襟尾……」
聞き覚えのある声が耳に絡まる。
「近づくな、罠だッ。絶対に、来るな……」
音の在処に近づくほど拒絶の声は強くなる。だがそれでも襟尾は足を止めなかった。
だがそれはただ正義感だけが募っての行動ではなく、音だけして何がおこっているのかわからないという恐怖心、実際に何があるのか見てみたいという好奇心、留める声が聞き覚えがあるというぼんやりとした不安感、それらすべてが混ぜこぜになった感情から立ち止まってはいられなかったのだ。
やがて目の前が開け、襟尾の足下に何かがぶつかる。不思議に思い目をやれば、そこには世界中にある痛みと苦しみ全てを味わったように顔を歪める津詰徹生の姿があった。
「ぼ、ボス。ボス、ボス、どうしてっ……」
慌てて抱き上げるが、すでに事切れている。
顔も身体も色が変わり腫れ上がるほど殴られている。ひどい瘤や痣が出来ているのを見れば、生きたまま殴り殺されたというのは明白だ。 大の男を殺すほど殴るなどとても人間のするような事ではない。一体誰がこんな非道い事をしたのだろう。
「……許せない」
襟尾の心にじわじわと怒りが広がっていく。
津詰が一体何をしたというのだろう。彼は頑固者だが卑怯なことをする訳でもなく、不正を行った事もない正義の人だ。 自分の全てを犠牲にして市民のため刑事であり続けている人間を、どうしてこんな風に殺そうとするのだ。
絶対に犯人を捕まえてやる、自分が津詰に出来ることは、それくらいのはずだから。
そんな事を思ううちに、また鈍い音が辺りに響き渡る。
水面を棒で叩くようなピシャリという音に、時々骨が折れるようなドンッと強い音が混じる。これは、圧倒的な力で人間を打ち据える音だ。人間は身体に水分が多いから水面を撃つような音がするのだな、と思いながら襟尾は音の方へと向かう。
するとそこに、ボロ雑巾のようにうち捨てられた津詰の死体が転がっていた。
「な、なんで。どうして……」
何処からか音がする。音へ向かえば死体がある。 また音が、死体が。音が、死体が。音、死体、音、死体。
何度探しても犯人の姿はなく、何度でも津詰の苦痛に満ちた死体が無造作に転がっている。
「何で、どうして。どうして、どうしてっ……誰だよっ、どうして……ボス、ボスっ……」
ついに襟尾は膝をつき、闇に向かい慟哭する。 闇は何もこたえることなく、彼の声をむなしく飲み込んでいった。
汗だくになり襟尾は思わず跳ね起きる。
夜分遅く、自室のベッドで寝ているのに気付き繰り返す死がただの夢である事に気付いた。 だが安堵はない。この一週間、襟尾は毎日同じ夢を見ているのだ。
何処からか鈍い音が聞こえてきて音をたどれば津詰が死んでいる、そんな夢だ。
流行りの話題は好きではあるしオカルトにも興味は抱いているが、まさかこれが正夢になるとは思いたくもない。だいたい、津詰はかなりの大男で腕っ節も強いのだ。剣道の腕前だって本庁でも五本の指に入る腕前なのだから、どんな犯罪者にも後れを取る事はないだろう。
あんな無防備に殴り伏せられる事はないだろうし、自分が付いている限りそんな事は絶対にさせない。 現実になるはずがないのだと頭ではわかっていても、こうも繰り返し見ているのは何かの暗示ではないかと思うようになっていた。
「随分と寝覚めが悪かったみたいだね、襟尾刑事」
まだ目覚めきっていない襟尾の耳に、男の声が入る。
誰だろう、自分は一人暮らしで他に誰もいないはずだが。不思議に思って辺りをうかがえば窓辺に人の姿があった。 閉めたはずの窓が開き一人の青年が不適に微笑んでいる。一体誰だ、どうしてこんな所にいるのだ。思考が定まらないうちに青年は土足のまま室内へあがりこむと襟尾の傍らへひざまずく。
「なぁ、襟尾刑事。あんたの大切な人は、夢で何度くらい殺された?」
青年はまるで襟尾が見た夢を全て知っているかのような口ぶりだ。
「骨を折られて、肉がつぶされて、ボロボロになって何度くらい床に転がったのかな?」
どうして今見た夢を彼が知っているのだろう。そして、どうして津詰が死んだ事をこんなにも楽しく語るのだ。
彼は一体何者なのだろう。
その疑問以上に、無邪気な顔をし残酷な事を平然と口にする目の前の青年が憎たらしく思えた。
「恐ろしい夢だったかなぁ。それとも、笑って茶化すおれの事が憎たらしいか。どっちでもいいし、どうだっていいんだ。ただ……ひとつだけ、教えてあげるよ。おれはね、その気になったらいつだって、あんたの夢通りの結末を与える事が出来る。そういう人間なんだ」
何を言っているのだろうか。目の前に現れた青年の言葉をゆっくりと咀嚼する。
ようするに、彼はいつだって津詰を殺せると。そう言いたいのだろう。
津詰は強い。目の前にいる青年が殴り殺せるほど脆弱ではないし油断もしないはずだ。絶対に不可能だと頭ではわかっているが、得体の知れない彼の笑顔はひどく真実味がある。
実際、彼は音も無く襟尾の家に侵入しこうして土足で枕元にまで迫っているのだ。今日は襟尾に声をかけてきたから気付けたが、彼であれば襟尾が起きないうちに首を絞め殺す事くらい容易いのではないか。
「さぁて、襟尾刑事。あんたはどうする。俺がすぐにでも津詰徹生を殺してみせるといったら、そこで黙って見てるかい?」
青年は張り付いたような笑みを向ける。おおよそ人間とは思えぬような冷たい、どこか作ったような笑顔だ。
彼は、きっとその通りに出来る。
このまま彼を生かしていたら、いつか本当に津詰を殺す。
頭ではなく魂でそれが理解できたから。
「くそッ、この……おま、え……」
襟尾は起き抜けだというのに自分でも信じられないほどの力をこめて、青年の首を絞めていた。
ぎりぎりと筋肉が締まる音がする。骨が軋む感覚の後、男の身体は宙づりになる。死に至る苦しみの中にあろう青年は、まるで滑稽な道化でも見るかのように笑って襟尾を見下していたから、確実にしとめなければという意志だけが尖っていった。
彼は人間だ、一市民だ。守るべき存在だ、こんな事をしてはいけない。理性が一瞬頭をもたげたが、すぐさま強い衝動が理性も常識も倫理観も何もかも一息で飲み込むと渦まいた闇の奥底へと追いやってしまう。
ここで彼を殺さないと、きっと津詰は殺される。
あの時のように無惨に打ち据えられ、そして自分は何も守れないまま溺死して果てるのだ。
いや、この記憶は何だ。
体験もしてない記憶が頭の中に流れ込み、その時の怒りと苦しみ、悲しみ、やるせなさすべてが腕へと籠もっていき万力の如き力で男を締め上げる。
殺さないといけない、このような邪悪な呪術師を殺さなければ多くの悲劇がおこってしまう。
あと少しで悲劇は終わるのだ、彼を殺しさえすれば……。
電話の音がきこえてきて、襟尾はようやく我に返る。
振り返り黒電話を眺めていれば、手の力が失って男をその場に取り落とす。 男はひどく咳き込んだが、生きているようだった。
「……はい、襟尾です」
男を横目で伺いながら電話をとれば
「おぅ、襟尾か」
慣れ親しんだ詰の声が聞こえてくる。
死んではいないし、殺されもしていない。その安堵が襟尾を徐々に現実へと戻していき、そして自分がとんでもない過ちを犯しそうだったことに気付いた。
「ぼ、ボス? どうしたんですか……」
「いや、ちょっと気になる事があって電話したんだが、あんまりにも夜遅かったな……悪かった、明日改めて話す」
電話はそこで途切れ、受話器が置かれる音がする。 何故に津詰が電話をくれたかはわからないが、自分は踏みとどまる事ができたようだ。ふと視線を窓辺に向けると、もう誰の姿も無い。
すべて幻覚だったのかと思い部屋を見れば、土足で入られた痕跡は残っているので彼は実際にいたのだろう。
一体何者だったのか。 どうして自分のまえに現れたのか、何もわからなかった。
ただ。
「あぁ、あと少しでおれを殺してくれていたんだろうけど、邪魔が入っちゃったなぁ。霊的な耐性が強い人ってこういうカンが鋭いからやっぱり危ないね……あんたみたいに、綺麗な人間の手を汚い血で汚すのも面白いだろうと思ったのに、どこにあるのかなぁ、おれの死に場所……」
どこからそんな声がする。
きっとあの男は呪術師で、自分の死に場所を求めて東京をさまよっているのだろう。何故そんな事をしているのかわからないが、迷惑なことだけは確かだ。
「何だよ、死ぬなら……死ぬくらいなら、もっとちゃんと自分の生き方を探してからそうしろってんだよ……」
襟尾は僅かに目を細める。
道化を演じながらどこか寂しげに笑う青年の横顔だけがぼんやりと浮かんでいた。
鈍い音が辺りに響き渡る。
人間の身体を力いっぱいたたき付けるような、そんな鈍い音だ。
一体何処からこんな嫌な音が聞こえてくるのだろう。事件か、事故か、ケンカか、どれであっても止めなければ。
持ち前の正義感から、襟尾純は何処かも知れぬ闇の中をぼんやりと歩き続けた。
「来るなっ、見るな襟尾……」
聞き覚えのある声が耳に絡まる。
「近づくな、罠だッ。絶対に、来るな……」
音の在処に近づくほど拒絶の声は強くなる。だがそれでも襟尾は足を止めなかった。
だがそれはただ正義感だけが募っての行動ではなく、音だけして何がおこっているのかわからないという恐怖心、実際に何があるのか見てみたいという好奇心、留める声が聞き覚えがあるというぼんやりとした不安感、それらすべてが混ぜこぜになった感情から立ち止まってはいられなかったのだ。
やがて目の前が開け、襟尾の足下に何かがぶつかる。不思議に思い目をやれば、そこには世界中にある痛みと苦しみ全てを味わったように顔を歪める津詰徹生の姿があった。
「ぼ、ボス。ボス、ボス、どうしてっ……」
慌てて抱き上げるが、すでに事切れている。
顔も身体も色が変わり腫れ上がるほど殴られている。ひどい瘤や痣が出来ているのを見れば、生きたまま殴り殺されたというのは明白だ。 大の男を殺すほど殴るなどとても人間のするような事ではない。一体誰がこんな非道い事をしたのだろう。
「……許せない」
襟尾の心にじわじわと怒りが広がっていく。
津詰が一体何をしたというのだろう。彼は頑固者だが卑怯なことをする訳でもなく、不正を行った事もない正義の人だ。 自分の全てを犠牲にして市民のため刑事であり続けている人間を、どうしてこんな風に殺そうとするのだ。
絶対に犯人を捕まえてやる、自分が津詰に出来ることは、それくらいのはずだから。
そんな事を思ううちに、また鈍い音が辺りに響き渡る。
水面を棒で叩くようなピシャリという音に、時々骨が折れるようなドンッと強い音が混じる。これは、圧倒的な力で人間を打ち据える音だ。人間は身体に水分が多いから水面を撃つような音がするのだな、と思いながら襟尾は音の方へと向かう。
するとそこに、ボロ雑巾のようにうち捨てられた津詰の死体が転がっていた。
「な、なんで。どうして……」
何処からか音がする。音へ向かえば死体がある。 また音が、死体が。音が、死体が。音、死体、音、死体。
何度探しても犯人の姿はなく、何度でも津詰の苦痛に満ちた死体が無造作に転がっている。
「何で、どうして。どうして、どうしてっ……誰だよっ、どうして……ボス、ボスっ……」
ついに襟尾は膝をつき、闇に向かい慟哭する。 闇は何もこたえることなく、彼の声をむなしく飲み込んでいった。
汗だくになり襟尾は思わず跳ね起きる。
夜分遅く、自室のベッドで寝ているのに気付き繰り返す死がただの夢である事に気付いた。 だが安堵はない。この一週間、襟尾は毎日同じ夢を見ているのだ。
何処からか鈍い音が聞こえてきて音をたどれば津詰が死んでいる、そんな夢だ。
流行りの話題は好きではあるしオカルトにも興味は抱いているが、まさかこれが正夢になるとは思いたくもない。だいたい、津詰はかなりの大男で腕っ節も強いのだ。剣道の腕前だって本庁でも五本の指に入る腕前なのだから、どんな犯罪者にも後れを取る事はないだろう。
あんな無防備に殴り伏せられる事はないだろうし、自分が付いている限りそんな事は絶対にさせない。 現実になるはずがないのだと頭ではわかっていても、こうも繰り返し見ているのは何かの暗示ではないかと思うようになっていた。
「随分と寝覚めが悪かったみたいだね、襟尾刑事」
まだ目覚めきっていない襟尾の耳に、男の声が入る。
誰だろう、自分は一人暮らしで他に誰もいないはずだが。不思議に思って辺りをうかがえば窓辺に人の姿があった。 閉めたはずの窓が開き一人の青年が不適に微笑んでいる。一体誰だ、どうしてこんな所にいるのだ。思考が定まらないうちに青年は土足のまま室内へあがりこむと襟尾の傍らへひざまずく。
「なぁ、襟尾刑事。あんたの大切な人は、夢で何度くらい殺された?」
青年はまるで襟尾が見た夢を全て知っているかのような口ぶりだ。
「骨を折られて、肉がつぶされて、ボロボロになって何度くらい床に転がったのかな?」
どうして今見た夢を彼が知っているのだろう。そして、どうして津詰が死んだ事をこんなにも楽しく語るのだ。
彼は一体何者なのだろう。
その疑問以上に、無邪気な顔をし残酷な事を平然と口にする目の前の青年が憎たらしく思えた。
「恐ろしい夢だったかなぁ。それとも、笑って茶化すおれの事が憎たらしいか。どっちでもいいし、どうだっていいんだ。ただ……ひとつだけ、教えてあげるよ。おれはね、その気になったらいつだって、あんたの夢通りの結末を与える事が出来る。そういう人間なんだ」
何を言っているのだろうか。目の前に現れた青年の言葉をゆっくりと咀嚼する。
ようするに、彼はいつだって津詰を殺せると。そう言いたいのだろう。
津詰は強い。目の前にいる青年が殴り殺せるほど脆弱ではないし油断もしないはずだ。絶対に不可能だと頭ではわかっているが、得体の知れない彼の笑顔はひどく真実味がある。
実際、彼は音も無く襟尾の家に侵入しこうして土足で枕元にまで迫っているのだ。今日は襟尾に声をかけてきたから気付けたが、彼であれば襟尾が起きないうちに首を絞め殺す事くらい容易いのではないか。
「さぁて、襟尾刑事。あんたはどうする。俺がすぐにでも津詰徹生を殺してみせるといったら、そこで黙って見てるかい?」
青年は張り付いたような笑みを向ける。おおよそ人間とは思えぬような冷たい、どこか作ったような笑顔だ。
彼は、きっとその通りに出来る。
このまま彼を生かしていたら、いつか本当に津詰を殺す。
頭ではなく魂でそれが理解できたから。
「くそッ、この……おま、え……」
襟尾は起き抜けだというのに自分でも信じられないほどの力をこめて、青年の首を絞めていた。
ぎりぎりと筋肉が締まる音がする。骨が軋む感覚の後、男の身体は宙づりになる。死に至る苦しみの中にあろう青年は、まるで滑稽な道化でも見るかのように笑って襟尾を見下していたから、確実にしとめなければという意志だけが尖っていった。
彼は人間だ、一市民だ。守るべき存在だ、こんな事をしてはいけない。理性が一瞬頭をもたげたが、すぐさま強い衝動が理性も常識も倫理観も何もかも一息で飲み込むと渦まいた闇の奥底へと追いやってしまう。
ここで彼を殺さないと、きっと津詰は殺される。
あの時のように無惨に打ち据えられ、そして自分は何も守れないまま溺死して果てるのだ。
いや、この記憶は何だ。
体験もしてない記憶が頭の中に流れ込み、その時の怒りと苦しみ、悲しみ、やるせなさすべてが腕へと籠もっていき万力の如き力で男を締め上げる。
殺さないといけない、このような邪悪な呪術師を殺さなければ多くの悲劇がおこってしまう。
あと少しで悲劇は終わるのだ、彼を殺しさえすれば……。
電話の音がきこえてきて、襟尾はようやく我に返る。
振り返り黒電話を眺めていれば、手の力が失って男をその場に取り落とす。 男はひどく咳き込んだが、生きているようだった。
「……はい、襟尾です」
男を横目で伺いながら電話をとれば
「おぅ、襟尾か」
慣れ親しんだ詰の声が聞こえてくる。
死んではいないし、殺されもしていない。その安堵が襟尾を徐々に現実へと戻していき、そして自分がとんでもない過ちを犯しそうだったことに気付いた。
「ぼ、ボス? どうしたんですか……」
「いや、ちょっと気になる事があって電話したんだが、あんまりにも夜遅かったな……悪かった、明日改めて話す」
電話はそこで途切れ、受話器が置かれる音がする。 何故に津詰が電話をくれたかはわからないが、自分は踏みとどまる事ができたようだ。ふと視線を窓辺に向けると、もう誰の姿も無い。
すべて幻覚だったのかと思い部屋を見れば、土足で入られた痕跡は残っているので彼は実際にいたのだろう。
一体何者だったのか。 どうして自分のまえに現れたのか、何もわからなかった。
ただ。
「あぁ、あと少しでおれを殺してくれていたんだろうけど、邪魔が入っちゃったなぁ。霊的な耐性が強い人ってこういうカンが鋭いからやっぱり危ないね……あんたみたいに、綺麗な人間の手を汚い血で汚すのも面白いだろうと思ったのに、どこにあるのかなぁ、おれの死に場所……」
どこからそんな声がする。
きっとあの男は呪術師で、自分の死に場所を求めて東京をさまよっているのだろう。何故そんな事をしているのかわからないが、迷惑なことだけは確かだ。
「何だよ、死ぬなら……死ぬくらいなら、もっとちゃんと自分の生き方を探してからそうしろってんだよ……」
襟尾は僅かに目を細める。
道化を演じながらどこか寂しげに笑う青年の横顔だけがぼんやりと浮かんでいた。
PR
COMMENT