インターネット字書きマンの落書き帳
灯野あやめの葛藤(存在しないプロローグ)
パラノマサイトの灯野あやめの話を書きました。
最初はTwitter用にネタバレ防止で書いていたんですが、途中で「これどうやってもネタバレになるわ」ってどーしよもねー事実に気付き諦めてBlogに乗せます。
内容は、父とうまくいってなかった灯野あやめの回想です。
回想なんですが、びっくりするぐらい存在しない設定がキノコのようににょきにょきはえているのでよろしくな!
公式が真実を明らかにした時、スゴスゴと作品を引っ込める俺くんに期待してください。
最初ネタバレに配慮していた関係で、あやめの父がキャラクター性ものすごく薄くなってます。
最初はTwitter用にネタバレ防止で書いていたんですが、途中で「これどうやってもネタバレになるわ」ってどーしよもねー事実に気付き諦めてBlogに乗せます。
内容は、父とうまくいってなかった灯野あやめの回想です。
回想なんですが、びっくりするぐらい存在しない設定がキノコのようににょきにょきはえているのでよろしくな!
公式が真実を明らかにした時、スゴスゴと作品を引っ込める俺くんに期待してください。
最初ネタバレに配慮していた関係で、あやめの父がキャラクター性ものすごく薄くなってます。
『燻る花』
色づいたライトに照らされる賑やかなBARの一角で灯野あやめはモスコミュールを片手に談笑する男や女の姿を眺めていた。
最近流行りの洋楽が流れる中で女の気を引こうと不慣れなステップダンスを見せる男や自分から女子大生をアピールして甘ったるいカクテルをねだる女がどれだけの数通り過ぎていっただろうか。
誰もが賑やかで華やかな今を楽しんでいるというのに、あやめの心はどこか空虚なままだった。
手にしたグラスを傾けても思い出すのは父の背中ばかり。
誰かと話して気張らしをしたいと思ってもどこからか漂う煙草のにおいが父の姿を思い出させるのだから仕方ないだろう。
父は家で煙草を吹かすことはなかったのだが同僚たちはヘビースモーカーが多かったのだろう。背広やシャツからはいつも煙草の乾いた甘いにおいがし、父の背広のにおいがすると今日は帰ってきているのだと心が弾んだのは今でも覚えている。
だから、このにおいは嫌いなのだ。
大嫌いな父の姿ばかり思い出してしまうから。
あやめは目を閉じるとモスコミュールを煽る。安酒を適当に割ったものをモスコミュールと言い張る粗悪なカクテルはライムの酸味もジンジャーの香りもせずただ喉が痛いほどの炭酸が残るばかりであった。
記憶にある父の姿は蒲団に潜って寝転ぶ背中だ 。
遊んで欲しいと思って声をかけようとするといつでも母に止められる。
「お父さんはお仕事終わったばかりで疲れているからそっとしておいてあげましょうね」
そうして疲れた笑みを浮かべる母はどこか寂しそうに見えたものだから、灯野あやめはどうして母は父と結婚したのだろうと不思議に思っていた。
母は本当は父のことを愛していないのではないかと思う事すらあるほどだ。
少なくともあやめの前で父と母が仲良く談笑している姿は一度も見たことはなかった。
また、父は滅多に家に戻る事がない男だった。
他の家庭であれば食事は家族と囲んで食べ、テレビなどを見ながら談笑し、休日ともなれば遊園地や動物園などにつれていってもらうのだろうがあやめはそういった記憶もない。
夕食に父はおらず母と二人で食べる事のほうがよっぽど多かったし世間の休日に父がいる事のほうが珍しかったからだ。
父が多忙であることは理解している。
「お父さんは立派な仕事をしているんだからね」
母は何度もそう言いきかせてくれていたからあやめも父は立派な人なのだろうと誇りにして生きていたし、父が立派な仕事を続けるためにも母や自分が我慢するのは仕方がないとも思っていた。
学校では時々、父のことを組織の犬とか税金泥棒の公僕と茶化すモノもいたがほとんどが立派な仕事をしている正義の味方として憧れの目で見てくれたのも嬉しかった。
そんなあやめの価値が大きく揺らぐような出来事があったのは、彼女がちょうど中学を迎えるかその前のことだった。
病気を患った母が入院し手術になるという事であやめが掃除や家事などをし、母が入院するといった大事がおこった時だ。
まだ子供であるあやめは母が死んでしまうかもしれないという寂しさを抱きながら、入院する母を見送り、洗濯する衣類など差し入れをし、家では一人で家事をし食事などを作った。
広い家に一人残されテレビを流していてもただ恐ろしい気持ちを抱いた夜の寂しさは今でも強く覚えている。
その後に祖母が……母の実母があやめの家へとやってきて身の回りの事は一通り祖母が面倒を見てくれたが、暫く一人で取り残された恐怖は父への強い不信感として心の底へと残っていた。
これだけの一大事だというのに、父が仕事から戻ることはなかったのだ。
母は手術をする事になり、それは大事になるようなものではないと聞いていたが万が一ということもある。母にもしもの事があったらあやめは一人になってしまうし、弱気になっていた母も一目父に会いたいと愚痴っぽく零す事が増えた。
母が悲しんでいるから、手術前に一度でも会いに来て欲しい。
あやめは父との電話で必死に頼み、父は「わかった」と確かに告げた。必ず帰ってくると約束してくれたのだが、そのくせ戻らなかったのだ。
どうしても抜けられない、大きな仕事があるのだからと。
市民を守らなければいけない立場だから仕方ないのだと、父は後でいった。
何が市民だ、家族の約束を守れない癖に、他の何を守ろうというのだ。
あやめが父に対して不信を募らせるようになったのは、退院した母が徐々に元気になりはじめた頃である。
「本当に私たちのことを真剣に考えた事がありますか」
ある夜のことだ。
寝付けなかったあやめは、ふすま越しに話す父と母との声を聞いた。別段盗み聞きをするつもりはなかったのだが、目を覚ましトイレに行こうと思ったところ父と母が真剣な話をしていたものだから動けなくなってしまったのだ。
「あの子の誕生日もそう、私の病院も。あなたは全て仕事だといって何もしてこなかった。あなたの仕事が大変なのも立派だということもわかってます、けど……あんまりじゃない。幸せにしてくれるって言ったのに、あなたは非道い嘘つきだわ」
詰るような母の言葉は冷たく突き放すようで、それはつもりに積もった不満と不信との全てをぶつけているように思えた。
そうしてどれだけの怒りと悲しみを言葉として母はぶつけていたのだろう。
「だいたい、私に何も言わずあの子を連れてきて……あなたはそれからあの子を私に任せっぱなし。私だって本当は、自分の子供が欲しかった……」
絞り出すような冷たい言葉が、あやめの心へ突き刺さる。
わたしだってほんとうは、じぶんのこどもがほしかった。
その言葉の意味がわからない程、あやめは幼くもなければ鈍感でもなかった。
いや、以前から薄々は思っていたのだ。自分は両親に似ていないし、親戚の中でも一人だけ顔立ちも体型も全く違うのは何故だろうと。
また、子供の頃何度か「もらい子」という噂を聞いたこともある。
その時は母もただの噂だと軽く笑い飛ばすだけで相手にしてなかったから何かの間違いだろうと思っていたのだが、全てあやめがそう思いたくなかっただけの話だ。
自分は両親の子ではない。
よそから来た子供であり、この家にはいらない存在だったのだ。
両親が離婚したのはそれから程なくしてである。
母と家を出た後は母方の実家で過ごしていた。都心より随分と離れた場所になってしまったが誰も自分を知らない場所にいけたのはあやめにとって幸運だったろう。
だが母の実家は不便な場所であり、賑やかな繁華街もない。
都会育ちであるあやめはその空気に馴染む事ができず、高校卒業後は都内で学び働けるよう美大を目指す事にした。
大学に行くことを反対されなかったのは父が充分すぎるほどの援助をしてくれていたからだろう。離婚してから母は祖母の手伝いをして農業と少しのパートをするだけだったが生活が苦しと思ったことは今に至るまで一度もない。
母には感謝していた。
美大に行きたいといっても嫌な顔一つせずやりたいことをやればいいと背中を押してくれたのは有り難い事だったし、女が勉強しても結婚すれば無駄だろうなんて古い価値観の親戚も黙らせてくれたのは母だったからだ。
だがどうしても生活をしていると胸が詰まってしまう。本当の子ではない自分に尽くされているのが心底嫌になるのだ。
そんなあやめの思いに母も気付いていたのだろう。
あやめが上京することも、大学へ入学すると同時に一人暮らしを始める事も母は反対はしなかった。
一人になり大学生活をはじめても、あやめはどうしても考えてしまうことがあった。
それは、家族がバラバラになったのは自分のせいなのではないかという事だ。
自分がもらわれ子だったから母は愛する事ができず、父は母に負い目もあり家庭ではなく仕事に没頭したではないか。自分がいなければ父と母はもっと幸せだったのではないか。自分がいたから子供をつくらなかったが、自分がいなければ二人には本当の娘か息子がいたのではないか。
燻る思いを覆い隠すようあやめは目の前のグラスを強く握るとモスコミュールを一気に飲み干し空になったグラスをカウンターへ置いた。
また、嫌な考えが浮かんでしまった。いけない、弱い気持ちに飲まれてしまう。
あやめは小さく首を振り、ひたすら自分に言い聞かせる。
自分が悪いはずがない。
もし悪いものがいるのだとしたら、それは父だ。
自分を勝手につれてきたのは、あの父なのだ。
あの人がきちんとしていれば、家族はバラバラにならなかった。
弱気の母をきちんと支えていれば自分たちは今でも家族だったろうし、こんな辛い思いをせずとも済んでいたはずなのだ。
こんな思いを抱くのも、生きる事がこんなに重苦しいのもすべて父が悪いのだ。
あの父親がいなければきっともっと。
少なくとも母は、もっと幸せだったはずだ。
「あいつなんて、大嫌い」
そう独りごちるあやめの前に軽薄そうなバーテンダーが立つ。次の飲み物は何にするのか、と注文を聞く前に嫌らしい笑みを浮かべながら品定めでもするようあやめを見た。
「きみ、一人で来てるのかな。女子大生」
「んー、そうですけどぉ。あなたお仕事中なのにナンパとかする人なんですか」
「いやいや、ナンパじゃないよ。ただちょっと不機嫌そうだったから、この店つまんなかった? よかったら話聞くよ、一緒に飲もうか」
男は自分用にかソルティドッグを作るとそれをこちらへ傾けた。一杯おごるから少し付き合えというのだろう。下心が見えすぎて逆にいっそ清々しいくらいだ。
「別にたいした事じゃないんだ。ただ、ちょっと仕事ばっかで全然かまってくれない嫌な男のこと思い出してただけ」
あやめがそう告げると、男は大仰なくらい手を広げると一大悲劇に出会ったかのような仕草で彼女へと手を向ける。
「何だってそりゃ、キミみたいなカワイイ子を放っておくなんて最低の馬鹿野郎じゃないか。何もわかってないクソみたいな男の事なんて考えるのを辞めて今日は俺と楽しくのもうぜ」
クソみたいな、最低の、馬鹿野郎。
本当にそう思うしその通りだろうとも思うのだが、あやめは冷たく男を見ると何も頼まず振り返る。
「ごめんね、確かに最低のクソ野郎だけど、最低につまんない男と飲むよりマシな気分」
そして男に聞こえぬよう小さく呟くと乾いたヒールの音を響かせ一人店を後にした。
その胸にはあの時きいた父の声が。
「何いってるんだオマエは、あいつは俺の、俺たちの娘だろうが」
迷いなく真っ直ぐに母へと向けた父の言葉がじりじりと燻っていた。
色づいたライトに照らされる賑やかなBARの一角で灯野あやめはモスコミュールを片手に談笑する男や女の姿を眺めていた。
最近流行りの洋楽が流れる中で女の気を引こうと不慣れなステップダンスを見せる男や自分から女子大生をアピールして甘ったるいカクテルをねだる女がどれだけの数通り過ぎていっただろうか。
誰もが賑やかで華やかな今を楽しんでいるというのに、あやめの心はどこか空虚なままだった。
手にしたグラスを傾けても思い出すのは父の背中ばかり。
誰かと話して気張らしをしたいと思ってもどこからか漂う煙草のにおいが父の姿を思い出させるのだから仕方ないだろう。
父は家で煙草を吹かすことはなかったのだが同僚たちはヘビースモーカーが多かったのだろう。背広やシャツからはいつも煙草の乾いた甘いにおいがし、父の背広のにおいがすると今日は帰ってきているのだと心が弾んだのは今でも覚えている。
だから、このにおいは嫌いなのだ。
大嫌いな父の姿ばかり思い出してしまうから。
あやめは目を閉じるとモスコミュールを煽る。安酒を適当に割ったものをモスコミュールと言い張る粗悪なカクテルはライムの酸味もジンジャーの香りもせずただ喉が痛いほどの炭酸が残るばかりであった。
記憶にある父の姿は蒲団に潜って寝転ぶ背中だ 。
遊んで欲しいと思って声をかけようとするといつでも母に止められる。
「お父さんはお仕事終わったばかりで疲れているからそっとしておいてあげましょうね」
そうして疲れた笑みを浮かべる母はどこか寂しそうに見えたものだから、灯野あやめはどうして母は父と結婚したのだろうと不思議に思っていた。
母は本当は父のことを愛していないのではないかと思う事すらあるほどだ。
少なくともあやめの前で父と母が仲良く談笑している姿は一度も見たことはなかった。
また、父は滅多に家に戻る事がない男だった。
他の家庭であれば食事は家族と囲んで食べ、テレビなどを見ながら談笑し、休日ともなれば遊園地や動物園などにつれていってもらうのだろうがあやめはそういった記憶もない。
夕食に父はおらず母と二人で食べる事のほうがよっぽど多かったし世間の休日に父がいる事のほうが珍しかったからだ。
父が多忙であることは理解している。
「お父さんは立派な仕事をしているんだからね」
母は何度もそう言いきかせてくれていたからあやめも父は立派な人なのだろうと誇りにして生きていたし、父が立派な仕事を続けるためにも母や自分が我慢するのは仕方がないとも思っていた。
学校では時々、父のことを組織の犬とか税金泥棒の公僕と茶化すモノもいたがほとんどが立派な仕事をしている正義の味方として憧れの目で見てくれたのも嬉しかった。
そんなあやめの価値が大きく揺らぐような出来事があったのは、彼女がちょうど中学を迎えるかその前のことだった。
病気を患った母が入院し手術になるという事であやめが掃除や家事などをし、母が入院するといった大事がおこった時だ。
まだ子供であるあやめは母が死んでしまうかもしれないという寂しさを抱きながら、入院する母を見送り、洗濯する衣類など差し入れをし、家では一人で家事をし食事などを作った。
広い家に一人残されテレビを流していてもただ恐ろしい気持ちを抱いた夜の寂しさは今でも強く覚えている。
その後に祖母が……母の実母があやめの家へとやってきて身の回りの事は一通り祖母が面倒を見てくれたが、暫く一人で取り残された恐怖は父への強い不信感として心の底へと残っていた。
これだけの一大事だというのに、父が仕事から戻ることはなかったのだ。
母は手術をする事になり、それは大事になるようなものではないと聞いていたが万が一ということもある。母にもしもの事があったらあやめは一人になってしまうし、弱気になっていた母も一目父に会いたいと愚痴っぽく零す事が増えた。
母が悲しんでいるから、手術前に一度でも会いに来て欲しい。
あやめは父との電話で必死に頼み、父は「わかった」と確かに告げた。必ず帰ってくると約束してくれたのだが、そのくせ戻らなかったのだ。
どうしても抜けられない、大きな仕事があるのだからと。
市民を守らなければいけない立場だから仕方ないのだと、父は後でいった。
何が市民だ、家族の約束を守れない癖に、他の何を守ろうというのだ。
あやめが父に対して不信を募らせるようになったのは、退院した母が徐々に元気になりはじめた頃である。
「本当に私たちのことを真剣に考えた事がありますか」
ある夜のことだ。
寝付けなかったあやめは、ふすま越しに話す父と母との声を聞いた。別段盗み聞きをするつもりはなかったのだが、目を覚ましトイレに行こうと思ったところ父と母が真剣な話をしていたものだから動けなくなってしまったのだ。
「あの子の誕生日もそう、私の病院も。あなたは全て仕事だといって何もしてこなかった。あなたの仕事が大変なのも立派だということもわかってます、けど……あんまりじゃない。幸せにしてくれるって言ったのに、あなたは非道い嘘つきだわ」
詰るような母の言葉は冷たく突き放すようで、それはつもりに積もった不満と不信との全てをぶつけているように思えた。
そうしてどれだけの怒りと悲しみを言葉として母はぶつけていたのだろう。
「だいたい、私に何も言わずあの子を連れてきて……あなたはそれからあの子を私に任せっぱなし。私だって本当は、自分の子供が欲しかった……」
絞り出すような冷たい言葉が、あやめの心へ突き刺さる。
わたしだってほんとうは、じぶんのこどもがほしかった。
その言葉の意味がわからない程、あやめは幼くもなければ鈍感でもなかった。
いや、以前から薄々は思っていたのだ。自分は両親に似ていないし、親戚の中でも一人だけ顔立ちも体型も全く違うのは何故だろうと。
また、子供の頃何度か「もらい子」という噂を聞いたこともある。
その時は母もただの噂だと軽く笑い飛ばすだけで相手にしてなかったから何かの間違いだろうと思っていたのだが、全てあやめがそう思いたくなかっただけの話だ。
自分は両親の子ではない。
よそから来た子供であり、この家にはいらない存在だったのだ。
両親が離婚したのはそれから程なくしてである。
母と家を出た後は母方の実家で過ごしていた。都心より随分と離れた場所になってしまったが誰も自分を知らない場所にいけたのはあやめにとって幸運だったろう。
だが母の実家は不便な場所であり、賑やかな繁華街もない。
都会育ちであるあやめはその空気に馴染む事ができず、高校卒業後は都内で学び働けるよう美大を目指す事にした。
大学に行くことを反対されなかったのは父が充分すぎるほどの援助をしてくれていたからだろう。離婚してから母は祖母の手伝いをして農業と少しのパートをするだけだったが生活が苦しと思ったことは今に至るまで一度もない。
母には感謝していた。
美大に行きたいといっても嫌な顔一つせずやりたいことをやればいいと背中を押してくれたのは有り難い事だったし、女が勉強しても結婚すれば無駄だろうなんて古い価値観の親戚も黙らせてくれたのは母だったからだ。
だがどうしても生活をしていると胸が詰まってしまう。本当の子ではない自分に尽くされているのが心底嫌になるのだ。
そんなあやめの思いに母も気付いていたのだろう。
あやめが上京することも、大学へ入学すると同時に一人暮らしを始める事も母は反対はしなかった。
一人になり大学生活をはじめても、あやめはどうしても考えてしまうことがあった。
それは、家族がバラバラになったのは自分のせいなのではないかという事だ。
自分がもらわれ子だったから母は愛する事ができず、父は母に負い目もあり家庭ではなく仕事に没頭したではないか。自分がいなければ父と母はもっと幸せだったのではないか。自分がいたから子供をつくらなかったが、自分がいなければ二人には本当の娘か息子がいたのではないか。
燻る思いを覆い隠すようあやめは目の前のグラスを強く握るとモスコミュールを一気に飲み干し空になったグラスをカウンターへ置いた。
また、嫌な考えが浮かんでしまった。いけない、弱い気持ちに飲まれてしまう。
あやめは小さく首を振り、ひたすら自分に言い聞かせる。
自分が悪いはずがない。
もし悪いものがいるのだとしたら、それは父だ。
自分を勝手につれてきたのは、あの父なのだ。
あの人がきちんとしていれば、家族はバラバラにならなかった。
弱気の母をきちんと支えていれば自分たちは今でも家族だったろうし、こんな辛い思いをせずとも済んでいたはずなのだ。
こんな思いを抱くのも、生きる事がこんなに重苦しいのもすべて父が悪いのだ。
あの父親がいなければきっともっと。
少なくとも母は、もっと幸せだったはずだ。
「あいつなんて、大嫌い」
そう独りごちるあやめの前に軽薄そうなバーテンダーが立つ。次の飲み物は何にするのか、と注文を聞く前に嫌らしい笑みを浮かべながら品定めでもするようあやめを見た。
「きみ、一人で来てるのかな。女子大生」
「んー、そうですけどぉ。あなたお仕事中なのにナンパとかする人なんですか」
「いやいや、ナンパじゃないよ。ただちょっと不機嫌そうだったから、この店つまんなかった? よかったら話聞くよ、一緒に飲もうか」
男は自分用にかソルティドッグを作るとそれをこちらへ傾けた。一杯おごるから少し付き合えというのだろう。下心が見えすぎて逆にいっそ清々しいくらいだ。
「別にたいした事じゃないんだ。ただ、ちょっと仕事ばっかで全然かまってくれない嫌な男のこと思い出してただけ」
あやめがそう告げると、男は大仰なくらい手を広げると一大悲劇に出会ったかのような仕草で彼女へと手を向ける。
「何だってそりゃ、キミみたいなカワイイ子を放っておくなんて最低の馬鹿野郎じゃないか。何もわかってないクソみたいな男の事なんて考えるのを辞めて今日は俺と楽しくのもうぜ」
クソみたいな、最低の、馬鹿野郎。
本当にそう思うしその通りだろうとも思うのだが、あやめは冷たく男を見ると何も頼まず振り返る。
「ごめんね、確かに最低のクソ野郎だけど、最低につまんない男と飲むよりマシな気分」
そして男に聞こえぬよう小さく呟くと乾いたヒールの音を響かせ一人店を後にした。
その胸にはあの時きいた父の声が。
「何いってるんだオマエは、あいつは俺の、俺たちの娘だろうが」
迷いなく真っ直ぐに母へと向けた父の言葉がじりじりと燻っていた。
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