インターネット字書きマンの落書き帳
葦宮誠が残すもの(パラノマ二次創作)
葦宮誠が出ないけど葦宮誠の話を書いてます。(挨拶)
用務員のオジさんとして生徒たちと普通に関わっていた葦宮誠の思い出を、卒業した生徒たちが語っていく……みたいなお話ですよ。
星新一のSSで全編が台詞だけで構成されている作品があって、それを見た俺は「すげぇ、格好いい! 俺もやりたい!」となったのでやりました。
葦宮のおっちゃんとして、生徒たちにとても慕われていた……。
そんな概念の葦宮誠の話をしてますよ。
用務員のオジさんとして生徒たちと普通に関わっていた葦宮誠の思い出を、卒業した生徒たちが語っていく……みたいなお話ですよ。
星新一のSSで全編が台詞だけで構成されている作品があって、それを見た俺は「すげぇ、格好いい! 俺もやりたい!」となったのでやりました。
葦宮のおっちゃんとして、生徒たちにとても慕われていた……。
そんな概念の葦宮誠の話をしてますよ。
『そこに彼は確かにいた』
「ヒデェ騒音だなァ、暴走族か。まったく、チンタラ走って迷惑かけるためだけによくやるぜ」
「そう言うけど、お前だってあいつら位の頃はあんなバイク乗ってただろ。マフラー弄って、椅子に背もたれなんか付けてヤンチャしてよォ」
「それを言われると弱ェな、あの頃は大人なんて信用できねぇって気持ちのほうが強かったんだよな。今考えると、勉強に追いつけない自分を認めたくなかったんだろうって思うけどな」
「わかる、キツかったもんな。教科書全部覚えてやっと解けるようなテストばっかり受けさせられて、点数が低いとバカだ不良だって罵られても当然って感じでよ。親からは勉強しろ、金払ってるんだぞって言われるばかりで行き場が無ェんだよな」
「非行少年とか不良って言われるのはわかるぜ。でも、そういう場所って居心地いいんだよなァ。みんな落ちこぼれだし、みんなセン公にも親にも不満もってたしな」
「でもよォ、バイクの改造費とか親から出してもらってたりしただろ」
「そうそう、親の金で甘えてたって所はあるんだわ。今考えれば甘やかされてたんだろうけど、でもよォ、勉強出来ねぇ奴は生きてちゃいけない、みたいに教師から毎日のように嫌味言われてたらマトモな神経してたら持たないっての」
「それ考えるとお前、よく卒業できたよな。高校の頃はかなり尖ってただろ」
「まぁな……ほら、うちの学校に用務員いただろ。あの人のおかげかなァ」
「あぁ、葦宮のおっちゃんか?」
「そうそう、葦宮のおっちゃん、すげぇいい人だったよな。俺らみたいな不良生徒でも『元気か?』なんて声かけてくれて、顔と名前も覚えてくれてただろ。うちの学校、結構生徒いるのにな」
「顔と名前だけじゃなく、俺らのこと色々分かっててくれたよな。親が不仲だからってスレるな、とか。今回成績が悪くても気にすんな、あの教師はテストの問題が意地悪なんだーって色々気を遣ってくれててさ。葦宮のおっちゃんに名前呼ばれるだけで、教師は俺の事なんざ数多い生徒の一人だけどおっちゃんはちゃんと一人の人間として扱ってくれるんだ、って嬉しく思ったもんだぜ」
「わかる、俺なんかあの人がいなかったら学校辞めてたと思うぜ。おっちゃんが『学校に行くチャンスがあるなら卒業しておいたほうがいいと思うぜ』って言ってくれたから頑張れた所あるし。その上で辞めたいと思うなら、ちゃんと仕事見つけておかないとすぐ、悪い道に転がるから気をつけろって言い聞かせてくれてさ。あぁ、親身になってもらうってこういう事かぁって嬉しかったなァ」
「俺も葦宮のおっちゃんにはかなり助けられたんだぜ。どうしても、そりが合わない教師がいてなぁ。今日はどうあってもあの教師には会いたくない、って時、葦宮のおっちゃんが用務員室にかくまってくれた事があるんだよ。『逃げる事は別に悪い事じゃない、逃げる事を悪いとか卑怯っていう奴は大体お前さんより強い奴で、お前さんにトドメを刺そうと舌なめずりしてやがるんだ』なんて言ってくれたっけ」
「俺より真面目なお前でもそんな事があったのか」
「当たり前だろ、俺だっていつも勉強できてた訳じゃないし、教師だって人間だ。機嫌が悪かったり、気に入らないって理由で難癖つけてくる奴だっているんだよ」
「俺はいつも難癖つけられてたからなァ……ホント、葦宮のおっちゃんがいなかったらテスト勉強だってまともにできなかったと思うぜ」
「そういえば、葦宮のおっちゃんって色々勉強見てくれたよな」
「そうそう、『俺は学校なんてろくに出てないぜ』とか言うけど、俺らの教科書読んで、一緒に考えてくれたよな。数学の公式とか漢字とか、傍で一緒にやってもらえるとじゃぁ俺もやろうかって気持ちになるんだよ」
「葦宮のおっちゃん、分からない問題でも教科書とか読むと結構分かる人だったよな。たぶん、頭がいいんだよあの人」
「特に英語は得意だったよな。教師が教えてくれる英語とはちょっと違ってたし書く方はからっきしっだったけど、セン公のする発音とは違ってもっと格好いい英語喋っててさ。あれは憧れたね、くわえ煙草で流暢に英語喋るの、かっこ良かったから」
「英語のアクセント、すごい良かったよな。大人になってから洋画を見た時、おっちゃんのアクセントはどっちかというとネイティブなんだと思ってビックリしたぜ」
「何であんなに英語できたんだろうなぁ、俺たちみたいに授業で英語があった訳じゃないだろ」
「さぁ? おっちゃんは俺たちの話をよく聞いてくれたけど自分の事は全然喋らなかったからなぁ。年齢からすると、戦争の時に覚えたんじゃないかな」
「敵国の伝令なんかを傍受するためのスパイだったとかか」
「だとしたら格好いいな、葦宮のおっちゃんだったらそういう過去もありそうだろ。ほら、いつも少しだけ影がある雰囲気だったし」
「わかる、懐かしいなァ。高校なんて卒業してから行ってないけど、葦宮のおっちゃんには会いたいな。OBだっていえば学校入れてもらえるだろうか」
「あれ、おまえ知らないのか。葦宮のおっちゃんさぁ、突然いなくなっちまったらしいんだよ」
「本当か、どうしてそんな……」
「イトコが同じ学校に通ってたんだけど、急に行方をくらましたらしいぜ。仕事来ないと思ったらもう家に誰もいなくて、夜逃げじゃないかって言われてたけど、借金してるみたいな話も聞かないし、生徒たちの受けも良かったから暫くは色々な噂が飛び交ったらしいよ」
「そうか、葦宮のおっちゃん自分のこと本当に話さなかったもんな。いつも俺たちが話すのをニヤけた笑いで聞いてるだけだったっけ。煙草くわえてさ」
「でもさ、おっちゃんが急に消えちゃうのっておっちゃんらしいって気がしないか」
「それはわかる、あの人少しだけ浮世離れしているってのかな。俺たちとちょっと違う気がしたよな。普通に暮らしているの性に合わないってのか。目を離しているうちに、影の中に消えちまうような人だったよ」
「はは、何だそれ。詩人かよ」
「うるせぇな。でもそうか、おっちゃんもう居ないのか。俺、結構憧れてたんだぜ、あんな大人になりてぇって」
「そうだな、ガキの俺たちにも寛容で色々話きいてくれて、親身になってくれて。でも自分の事語らないっての、かっこ良かったもんな。そういえばおまえの煙草」
「そ、これおっちゃんが吸ってた奴。何となくおっちゃんが吸ってるの見ていつか吸ってみたいと思って、今はこれがいちばん性分にあってるんだよ。葦宮のおっちゃん、どこいっちゃったんだろうな」
「どこいってもきっと上手くやってるんじゃ無ぇかな。あの人頭良かったし、結構いい人だったし」
「どこにいても、何しててもいいけどさ。幸せになっててほしいよなぁ。俺たちにあんなに優しかったんだから、報われないと嘘だぜ」
「そうだな……でもきっと、どこかで元気にやってるさ。何せ葦宮のおっちゃんだからな」
「おまえ、うちの学校にいた用務員知ってるか」
「あぁ、葦宮のおっちゃんだろ。知ってるけど、それがどうかしたか」
「突然失踪したんだってな」
「そうなんだよ、急に仕事こなくなったと思って教師が見に行ったらもう誰もいなかったらしいよ。家財とかも置きっぱなしだったから夜逃げじゃないかって言われたけど、生徒の間では誘拐だとか事件に巻き込まれたんじゃないかって心配してた奴も多かったなぁ」
「へぇ、そうだったんだな。ちょっとした事件になったんじゃないか」
「生徒のなかでは大事件さ。でも実際はそうでもなかったらしいよ。まぁ、それはわかるかな。俺も社会人になってから急に仕事とか嫌になって姿を消しちゃう奴とか、何の連絡もなく突然来なくなるやつ結構見てきたし。そういう時、会社ではそんな奴探さないんだよ。一応警察には連絡するけど消えた奴なんて無理矢理に仕事こさせても気まずくなるだけだし、それなら新しい人員を探した方がいいんだよな。実際、葦宮のおっちゃんがいなくなってからすぐ新しい用務員さん来たし」
「確かによっぽど親しい間柄じゃないとわざわざ探そうとしないだろうなぁ」
「家族だったら一生懸命探すだろうけどね。葦宮のおっちゃんの場合、近しい身内もいなかったし。生徒たちの中ではおっちゃんを探そうって意気込んでた奴もいたけど、所詮は学生の財力と調査力だろ。探すのも限界があって、何もわからなかったみたいだよ」
「ふぅん、失踪事件みたいにはならなかったのか」
「事件にはならなかったんじゃないかなぁ。警察って民事不介入が原則だから、成人の失踪には時間なんて割かないんだよ。ただの家出か、ふらっと旅にでも出たんだろうって判断したんじゃないかな」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。例えばおっちゃんがどこかで死体になって発見されたとかおっちゃんの部屋が荒らされてて血痕が残ってたなんていったら事件として捜査されてただろうけど、事件性がない限り警察も派手にはうごかないんだ。昔、そういう事件あっただろ。死体が見つからなかったから事件の発見が遅れたって奴」
「あぁ、隅田川かどこかで女子高生の死体が見つかって、そこから連続殺人事件じゃないかーって話があったっけ。アレ、もともとウチの生徒だったよな」
「そうそう、確か根島事件って呼ばれて当時は話題になったんだってな。俺たちが生まれる前の話だけど、この前戦後の凶悪事件を特集した時に久しぶりに洗い直したんだ。改めて調べるとえげつない事件だったよ」
「あの記事担当したのお前だったのか、確か事件として明らかになっている殺人は一件だけだけど、当時その周辺で行方不明になっていた人間はもっといって少なくても2,3人は殺してるって話だったっけ」
「そういう事になってるね。でも、もし他に殺して無くても疑われるのは止む無しってのが調べた印象だなぁ。何せ唯一明らかになっている事件も、まだ未成年の少女を細切れにしたって内容だ。アレは何を言われても仕方ないって思うぜ」
「まだ当時は河川の汚染云々があまり強く言われてなかったから、相当汚水が非道かったんだよな。それでこそ、死体を静めたら蕩けて消えるんじゃないかって聞いたけど」
「当時の警官も、他に河川へ沈めてるんじゃないか潜って調べたらしいんだが次々と体調が悪くなって、それで身体壊して警察辞めた奴もいるって聞いたよ。当時は公害とか環境汚染には鈍感だったからね。根島の手口はかなり残虐だったんじゃないか、って言われてるんだけどそれもあって逆に当時は結構信者がいたらしいよ。いや、今でもシンパがいるって言ってもいいな。根島事件のこと、熱心に調べている愛好家は結構見たから」
「犯罪者のこと憧れて持ち上げてヒーローみたいにするやつって何処でもいるもんな。学生運動の頃もそういうノリあったんだろ」
「今でも、少なからず犯罪者をリスペクトするような奴はいるよ。俺からしてみればそんな奴、大抵は薄っぺらくてつまらない人間さ。犯罪や反社会的な存在を崇めることで自分は世間とは違う特別だって思いたいだけ、何の努力もしてない空っぽの連中がよくする事だよ」
「辛辣だなぁおまえは」
「俺の業界いると、そういう奴も結構いるしそういう奴と接する事も多いんだよ。犯罪者にシンパ感じてもちあげて、自分の価値観は人とは違うんだって陶酔する。そういうのって当人が特に能力なくても誰でもできるだろ。努力しなくてもなれる特別な肩書きほしさに、そういうの走る奴っているんだよ。思想は自由だし大衆に埋もれたくない気持ちってのはわかるよ、だけどたいした努力もせず楽な方に流れる奴は子供っぽくて稚拙で、マトモな話をするスタートラインに立つのも随分面倒なんだ。まず、自分の知識をひけらかしたがるからね」
「そりゃぁご苦労なことで」
「はぁ、嫌なこと思い出しちゃったよ。実は最近の仕事、そういうネタを扱う事が多かったんだよね。残虐事件の真相とか、オカルト特集とかさ。自分は霊感あるとか他人のオーラが見えるとか、ソイツにしかわからない事のたまって自分は特別だってアピールするやつの相手ばっかりしてたから妙な愚痴言っちまったなぁ。で、何の話だっけ」
「いや、葦宮のおっちゃんなんだけどさ。実は俺、最近まで失踪したの知らなかったんだよな」
「そっか、おまえ途中で転校したもんなぁ」
「そうそう、就職でまたコッチに来たんだけど、この前おっちゃんに似た人見たんだよな」
「本当か、本人だったら生きてたってことになるんだなぁ。もういい年齢だろうけど」
「いや、でも本人かどうかわからないんだよ。遠目で見ただけだったし、それに……」
「何だよ急に口ごもって」
「それに、何ていうんだろうなぁ。俺の知ってるおっちゃんはいつも優しく笑ってて面白い話してくれて、すげぇいい人だなぁって思ってたんだけど。あの時見たおっちゃん、何か人でも食ってそうな顔でさ、別人に見えたんだよね」
「はぁ、なるほどなぁ」
「あんまりに記憶にある印象と違うからさ、似てるだけの別人だったのかもしれない、って今では思うんだ」
「いやぁ、でも案外と本人かもしれないよ。人間って他人に見せる顔が必ずしも全部じゃないだろ? ……おっちゃんもさ、俺たちの前では善人の仮面かぶって、本当はすげぇヤバい本性隠してたかもしれないだろ」
「おまえ、おっちゃんの事悪人だと思ってたのか」
「違うって、人間は誰だって見せてない側面もある。見る立場や環境が違えば別の側面が見えてくるって話さ。おっちゃんは俺たちに本心見せてなかったかもしれない。優しくしてたのは本心じゃなかったかもしれない。だけど、俺たちにとって葦宮のおっちゃんはいい人だった。それで充分じゃないか」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんだって、な」
「ひょっとして、葦宮さん。葦宮誠さんじゃぁないですか。
えぇ、思い出せなくても仕方ない。
むかし、駒形高校で用務員をしていたでしょう。あの時に世話になった生徒の一人ですよ。
とはいっても、貴方が勤めていた期間で顔を見てきた生徒は1000人くらい越えるでしょうからいちいち覚えちゃいないでしょうけど。
それでも、俺にとっては憧れだ。
教師も見放してた俺に色々と世話を焼いてくれて優しくしてもらったのは今でもはっきり覚えている。
おかげでマトモな職に就き今では生活も安泰ですよ、本当にありがとうございます。
だからもし会えたらお礼と、一つ聞きたい事がある。
そのためにずぅっとアンタを探していたと言ってもいい。
そう、葦宮さん。
あなたは葦宮誠と根島史周、どっちが本物なんですか?」
「ヒデェ騒音だなァ、暴走族か。まったく、チンタラ走って迷惑かけるためだけによくやるぜ」
「そう言うけど、お前だってあいつら位の頃はあんなバイク乗ってただろ。マフラー弄って、椅子に背もたれなんか付けてヤンチャしてよォ」
「それを言われると弱ェな、あの頃は大人なんて信用できねぇって気持ちのほうが強かったんだよな。今考えると、勉強に追いつけない自分を認めたくなかったんだろうって思うけどな」
「わかる、キツかったもんな。教科書全部覚えてやっと解けるようなテストばっかり受けさせられて、点数が低いとバカだ不良だって罵られても当然って感じでよ。親からは勉強しろ、金払ってるんだぞって言われるばかりで行き場が無ェんだよな」
「非行少年とか不良って言われるのはわかるぜ。でも、そういう場所って居心地いいんだよなァ。みんな落ちこぼれだし、みんなセン公にも親にも不満もってたしな」
「でもよォ、バイクの改造費とか親から出してもらってたりしただろ」
「そうそう、親の金で甘えてたって所はあるんだわ。今考えれば甘やかされてたんだろうけど、でもよォ、勉強出来ねぇ奴は生きてちゃいけない、みたいに教師から毎日のように嫌味言われてたらマトモな神経してたら持たないっての」
「それ考えるとお前、よく卒業できたよな。高校の頃はかなり尖ってただろ」
「まぁな……ほら、うちの学校に用務員いただろ。あの人のおかげかなァ」
「あぁ、葦宮のおっちゃんか?」
「そうそう、葦宮のおっちゃん、すげぇいい人だったよな。俺らみたいな不良生徒でも『元気か?』なんて声かけてくれて、顔と名前も覚えてくれてただろ。うちの学校、結構生徒いるのにな」
「顔と名前だけじゃなく、俺らのこと色々分かっててくれたよな。親が不仲だからってスレるな、とか。今回成績が悪くても気にすんな、あの教師はテストの問題が意地悪なんだーって色々気を遣ってくれててさ。葦宮のおっちゃんに名前呼ばれるだけで、教師は俺の事なんざ数多い生徒の一人だけどおっちゃんはちゃんと一人の人間として扱ってくれるんだ、って嬉しく思ったもんだぜ」
「わかる、俺なんかあの人がいなかったら学校辞めてたと思うぜ。おっちゃんが『学校に行くチャンスがあるなら卒業しておいたほうがいいと思うぜ』って言ってくれたから頑張れた所あるし。その上で辞めたいと思うなら、ちゃんと仕事見つけておかないとすぐ、悪い道に転がるから気をつけろって言い聞かせてくれてさ。あぁ、親身になってもらうってこういう事かぁって嬉しかったなァ」
「俺も葦宮のおっちゃんにはかなり助けられたんだぜ。どうしても、そりが合わない教師がいてなぁ。今日はどうあってもあの教師には会いたくない、って時、葦宮のおっちゃんが用務員室にかくまってくれた事があるんだよ。『逃げる事は別に悪い事じゃない、逃げる事を悪いとか卑怯っていう奴は大体お前さんより強い奴で、お前さんにトドメを刺そうと舌なめずりしてやがるんだ』なんて言ってくれたっけ」
「俺より真面目なお前でもそんな事があったのか」
「当たり前だろ、俺だっていつも勉強できてた訳じゃないし、教師だって人間だ。機嫌が悪かったり、気に入らないって理由で難癖つけてくる奴だっているんだよ」
「俺はいつも難癖つけられてたからなァ……ホント、葦宮のおっちゃんがいなかったらテスト勉強だってまともにできなかったと思うぜ」
「そういえば、葦宮のおっちゃんって色々勉強見てくれたよな」
「そうそう、『俺は学校なんてろくに出てないぜ』とか言うけど、俺らの教科書読んで、一緒に考えてくれたよな。数学の公式とか漢字とか、傍で一緒にやってもらえるとじゃぁ俺もやろうかって気持ちになるんだよ」
「葦宮のおっちゃん、分からない問題でも教科書とか読むと結構分かる人だったよな。たぶん、頭がいいんだよあの人」
「特に英語は得意だったよな。教師が教えてくれる英語とはちょっと違ってたし書く方はからっきしっだったけど、セン公のする発音とは違ってもっと格好いい英語喋っててさ。あれは憧れたね、くわえ煙草で流暢に英語喋るの、かっこ良かったから」
「英語のアクセント、すごい良かったよな。大人になってから洋画を見た時、おっちゃんのアクセントはどっちかというとネイティブなんだと思ってビックリしたぜ」
「何であんなに英語できたんだろうなぁ、俺たちみたいに授業で英語があった訳じゃないだろ」
「さぁ? おっちゃんは俺たちの話をよく聞いてくれたけど自分の事は全然喋らなかったからなぁ。年齢からすると、戦争の時に覚えたんじゃないかな」
「敵国の伝令なんかを傍受するためのスパイだったとかか」
「だとしたら格好いいな、葦宮のおっちゃんだったらそういう過去もありそうだろ。ほら、いつも少しだけ影がある雰囲気だったし」
「わかる、懐かしいなァ。高校なんて卒業してから行ってないけど、葦宮のおっちゃんには会いたいな。OBだっていえば学校入れてもらえるだろうか」
「あれ、おまえ知らないのか。葦宮のおっちゃんさぁ、突然いなくなっちまったらしいんだよ」
「本当か、どうしてそんな……」
「イトコが同じ学校に通ってたんだけど、急に行方をくらましたらしいぜ。仕事来ないと思ったらもう家に誰もいなくて、夜逃げじゃないかって言われてたけど、借金してるみたいな話も聞かないし、生徒たちの受けも良かったから暫くは色々な噂が飛び交ったらしいよ」
「そうか、葦宮のおっちゃん自分のこと本当に話さなかったもんな。いつも俺たちが話すのをニヤけた笑いで聞いてるだけだったっけ。煙草くわえてさ」
「でもさ、おっちゃんが急に消えちゃうのっておっちゃんらしいって気がしないか」
「それはわかる、あの人少しだけ浮世離れしているってのかな。俺たちとちょっと違う気がしたよな。普通に暮らしているの性に合わないってのか。目を離しているうちに、影の中に消えちまうような人だったよ」
「はは、何だそれ。詩人かよ」
「うるせぇな。でもそうか、おっちゃんもう居ないのか。俺、結構憧れてたんだぜ、あんな大人になりてぇって」
「そうだな、ガキの俺たちにも寛容で色々話きいてくれて、親身になってくれて。でも自分の事語らないっての、かっこ良かったもんな。そういえばおまえの煙草」
「そ、これおっちゃんが吸ってた奴。何となくおっちゃんが吸ってるの見ていつか吸ってみたいと思って、今はこれがいちばん性分にあってるんだよ。葦宮のおっちゃん、どこいっちゃったんだろうな」
「どこいってもきっと上手くやってるんじゃ無ぇかな。あの人頭良かったし、結構いい人だったし」
「どこにいても、何しててもいいけどさ。幸せになっててほしいよなぁ。俺たちにあんなに優しかったんだから、報われないと嘘だぜ」
「そうだな……でもきっと、どこかで元気にやってるさ。何せ葦宮のおっちゃんだからな」
「おまえ、うちの学校にいた用務員知ってるか」
「あぁ、葦宮のおっちゃんだろ。知ってるけど、それがどうかしたか」
「突然失踪したんだってな」
「そうなんだよ、急に仕事こなくなったと思って教師が見に行ったらもう誰もいなかったらしいよ。家財とかも置きっぱなしだったから夜逃げじゃないかって言われたけど、生徒の間では誘拐だとか事件に巻き込まれたんじゃないかって心配してた奴も多かったなぁ」
「へぇ、そうだったんだな。ちょっとした事件になったんじゃないか」
「生徒のなかでは大事件さ。でも実際はそうでもなかったらしいよ。まぁ、それはわかるかな。俺も社会人になってから急に仕事とか嫌になって姿を消しちゃう奴とか、何の連絡もなく突然来なくなるやつ結構見てきたし。そういう時、会社ではそんな奴探さないんだよ。一応警察には連絡するけど消えた奴なんて無理矢理に仕事こさせても気まずくなるだけだし、それなら新しい人員を探した方がいいんだよな。実際、葦宮のおっちゃんがいなくなってからすぐ新しい用務員さん来たし」
「確かによっぽど親しい間柄じゃないとわざわざ探そうとしないだろうなぁ」
「家族だったら一生懸命探すだろうけどね。葦宮のおっちゃんの場合、近しい身内もいなかったし。生徒たちの中ではおっちゃんを探そうって意気込んでた奴もいたけど、所詮は学生の財力と調査力だろ。探すのも限界があって、何もわからなかったみたいだよ」
「ふぅん、失踪事件みたいにはならなかったのか」
「事件にはならなかったんじゃないかなぁ。警察って民事不介入が原則だから、成人の失踪には時間なんて割かないんだよ。ただの家出か、ふらっと旅にでも出たんだろうって判断したんじゃないかな」
「そういうもんか」
「そういうもんだよ。例えばおっちゃんがどこかで死体になって発見されたとかおっちゃんの部屋が荒らされてて血痕が残ってたなんていったら事件として捜査されてただろうけど、事件性がない限り警察も派手にはうごかないんだ。昔、そういう事件あっただろ。死体が見つからなかったから事件の発見が遅れたって奴」
「あぁ、隅田川かどこかで女子高生の死体が見つかって、そこから連続殺人事件じゃないかーって話があったっけ。アレ、もともとウチの生徒だったよな」
「そうそう、確か根島事件って呼ばれて当時は話題になったんだってな。俺たちが生まれる前の話だけど、この前戦後の凶悪事件を特集した時に久しぶりに洗い直したんだ。改めて調べるとえげつない事件だったよ」
「あの記事担当したのお前だったのか、確か事件として明らかになっている殺人は一件だけだけど、当時その周辺で行方不明になっていた人間はもっといって少なくても2,3人は殺してるって話だったっけ」
「そういう事になってるね。でも、もし他に殺して無くても疑われるのは止む無しってのが調べた印象だなぁ。何せ唯一明らかになっている事件も、まだ未成年の少女を細切れにしたって内容だ。アレは何を言われても仕方ないって思うぜ」
「まだ当時は河川の汚染云々があまり強く言われてなかったから、相当汚水が非道かったんだよな。それでこそ、死体を静めたら蕩けて消えるんじゃないかって聞いたけど」
「当時の警官も、他に河川へ沈めてるんじゃないか潜って調べたらしいんだが次々と体調が悪くなって、それで身体壊して警察辞めた奴もいるって聞いたよ。当時は公害とか環境汚染には鈍感だったからね。根島の手口はかなり残虐だったんじゃないか、って言われてるんだけどそれもあって逆に当時は結構信者がいたらしいよ。いや、今でもシンパがいるって言ってもいいな。根島事件のこと、熱心に調べている愛好家は結構見たから」
「犯罪者のこと憧れて持ち上げてヒーローみたいにするやつって何処でもいるもんな。学生運動の頃もそういうノリあったんだろ」
「今でも、少なからず犯罪者をリスペクトするような奴はいるよ。俺からしてみればそんな奴、大抵は薄っぺらくてつまらない人間さ。犯罪や反社会的な存在を崇めることで自分は世間とは違う特別だって思いたいだけ、何の努力もしてない空っぽの連中がよくする事だよ」
「辛辣だなぁおまえは」
「俺の業界いると、そういう奴も結構いるしそういう奴と接する事も多いんだよ。犯罪者にシンパ感じてもちあげて、自分の価値観は人とは違うんだって陶酔する。そういうのって当人が特に能力なくても誰でもできるだろ。努力しなくてもなれる特別な肩書きほしさに、そういうの走る奴っているんだよ。思想は自由だし大衆に埋もれたくない気持ちってのはわかるよ、だけどたいした努力もせず楽な方に流れる奴は子供っぽくて稚拙で、マトモな話をするスタートラインに立つのも随分面倒なんだ。まず、自分の知識をひけらかしたがるからね」
「そりゃぁご苦労なことで」
「はぁ、嫌なこと思い出しちゃったよ。実は最近の仕事、そういうネタを扱う事が多かったんだよね。残虐事件の真相とか、オカルト特集とかさ。自分は霊感あるとか他人のオーラが見えるとか、ソイツにしかわからない事のたまって自分は特別だってアピールするやつの相手ばっかりしてたから妙な愚痴言っちまったなぁ。で、何の話だっけ」
「いや、葦宮のおっちゃんなんだけどさ。実は俺、最近まで失踪したの知らなかったんだよな」
「そっか、おまえ途中で転校したもんなぁ」
「そうそう、就職でまたコッチに来たんだけど、この前おっちゃんに似た人見たんだよな」
「本当か、本人だったら生きてたってことになるんだなぁ。もういい年齢だろうけど」
「いや、でも本人かどうかわからないんだよ。遠目で見ただけだったし、それに……」
「何だよ急に口ごもって」
「それに、何ていうんだろうなぁ。俺の知ってるおっちゃんはいつも優しく笑ってて面白い話してくれて、すげぇいい人だなぁって思ってたんだけど。あの時見たおっちゃん、何か人でも食ってそうな顔でさ、別人に見えたんだよね」
「はぁ、なるほどなぁ」
「あんまりに記憶にある印象と違うからさ、似てるだけの別人だったのかもしれない、って今では思うんだ」
「いやぁ、でも案外と本人かもしれないよ。人間って他人に見せる顔が必ずしも全部じゃないだろ? ……おっちゃんもさ、俺たちの前では善人の仮面かぶって、本当はすげぇヤバい本性隠してたかもしれないだろ」
「おまえ、おっちゃんの事悪人だと思ってたのか」
「違うって、人間は誰だって見せてない側面もある。見る立場や環境が違えば別の側面が見えてくるって話さ。おっちゃんは俺たちに本心見せてなかったかもしれない。優しくしてたのは本心じゃなかったかもしれない。だけど、俺たちにとって葦宮のおっちゃんはいい人だった。それで充分じゃないか」
「そういうもんかなぁ」
「そういうもんだって、な」
「ひょっとして、葦宮さん。葦宮誠さんじゃぁないですか。
えぇ、思い出せなくても仕方ない。
むかし、駒形高校で用務員をしていたでしょう。あの時に世話になった生徒の一人ですよ。
とはいっても、貴方が勤めていた期間で顔を見てきた生徒は1000人くらい越えるでしょうからいちいち覚えちゃいないでしょうけど。
それでも、俺にとっては憧れだ。
教師も見放してた俺に色々と世話を焼いてくれて優しくしてもらったのは今でもはっきり覚えている。
おかげでマトモな職に就き今では生活も安泰ですよ、本当にありがとうございます。
だからもし会えたらお礼と、一つ聞きたい事がある。
そのためにずぅっとアンタを探していたと言ってもいい。
そう、葦宮さん。
あなたは葦宮誠と根島史周、どっちが本物なんですか?」
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