インターネット字書きマンの落書き帳
お互いを深く思いあっていたヤマアルという概念(BL)
以前、webサイトに載せてたりpixivにのせてた話を再掲するコーナーです。
気合いが入ったらwebかpixivにも乗せたいと……思います。
これは第三者視点で、ヤマムラとアルフレートが深く違いを思い合っていたけど今は二人とももうヤーナムにはいないよ……悲しいね、みたいな話です。
概念としてのヤマアルで、モブ狩人とヴァルトールが出ているけど、ヤマアルです。
俺がヤマアルだと思っているから……きっとヤマアル!
ヤマアル生産工場から出荷しました。
気合いが入ったらwebかpixivにも乗せたいと……思います。
これは第三者視点で、ヤマムラとアルフレートが深く違いを思い合っていたけど今は二人とももうヤーナムにはいないよ……悲しいね、みたいな話です。
概念としてのヤマアルで、モブ狩人とヴァルトールが出ているけど、ヤマアルです。
俺がヤマアルだと思っているから……きっとヤマアル!
ヤマアル生産工場から出荷しました。
『歪な墓標と朽ちた布』
君は気付いていたのかい。そう、あの丘にある奇妙な石塚のことだ。
石塚のてっぺんに、バケツにしては歪だし、かといって兜としては仰々しい。そんな奇妙な鉄塊が掲げてあるだろう。
今日は、それにまつわる話をしよう。
何、食べながらでいいさ、聞き流してくれたって構わない。こっちも自由に喋らせてもらうとするからね。
君たちは知らないかもしれないけど、私はこれでも昔狩人だったんだ。連盟と呼ばれる組織に属していてね、日々、虫を探していたよ。
虫というのは……いや、説明は割愛しよう。今の君が聞いても意味などわからないだろうし、そんな話しを今さらしても詮無き事だからね。
何となくそんな組織があって、何となく狩人同士が連んでいた。そうとだけ思ってくれれば充分だよ。
さて、あの日は連名の長、ヴァルトールも今日の私と同じように話を切り出したっけ。
「食べながらでいいから、話しを聞いてくれないか」
とね。
私はその言葉に習って、焼きたての分厚い肉塊を挟んだパンをかじりながら聞いていたっけ。
そんな、古い話だよ。
※※※
「食べながらでいいから、少し話を聞いてくれないか」
たき火が燃え尽きないよう薪をくべながら、連盟が長ヴァルトールはゆるゆると話し始めた。 禁域の森はいつだって暗い。ここはヤーナムの街、その地下に広がる広大な地下道なのだから当然といえば当然だが、ビルゲンワースの気まぐれかそれとも権威を誇示したいのか、空には銀色に霞がかった月と星が広がっている。ヤーナムという街全体を屋根として持つ以上、ここに日が差す事は永遠になく、今ある灯りはカンテラや松明のそれか、ビルゲンワースの連中が作ったといわれるかりそめの月光だけだ。
狩人は燃える炎を眺めながら、気のない返事をした。
「食べてる最中は暇ですからね、それでもよければ聞きますよ」
その時、狩人にはそれほどヴァルトールの言葉を真剣に聞くつもりはなかった。
久々にたべられるまともな肉を手に入れ、それを焼くのに夢中だったからだ。森で仕入れた香草で巻き、たっぷりの塩こしょうで味付けした肉だ。 例え今狩人のおかれている世界がただ廻るだけの夢だとしても、肉を喰らうという夢なら何度見てもよい。そんな事を思いながら焼きたての肉をパンに挟みかぶりつこうとする。
連盟の長ヴァルトールはその姿をただじっと見ていた。
彼の表情は狩人からはうかがい知れない。それは彼が自らの感情を覆い隠すように隻眼の兜を被っているからというのもあるが、普段の喋りからも感情の起伏が読み取れないというのもあるだろう。
連盟の長・ヴァルトールは狂気の街でも務めて冷静に振る舞おうとしていたのは自分が狂っているのを認めたくなかったからか。あるいは、激しい熱情を込めた狂気に至らなかったからなのか、とうとう判断が出来ないままだった。
「……いや、これは貴公に話すような事でもないのかもしれないがな」
ヴァルトールは、ややもったいぶったように話を切り出す。
これを狩人に話すべきか、それとも自分の胸が内に秘めていたほうがいいのかもしれないと、迷っているように思えたから。
「長が話すだけなら自由ですよ。それを私が聞いてるかどうかは、私の気分次第って事でいいでしょう」
狩人はアツアツの肉だけをかじりながら長を見る。
その目をしばらく見据えた後やがてヴァルトールは
「まぁ、こういう事があったという……その程度の気持ちで聞いてくれればかまわんよ」
そんな前置きをしてから、語り出した。
「連盟に、ヤマムラという男がいた。ここより遙か東方より、仇の獣を追ってこの土地まで追いかけてきたのだという。東方から来たためか、最初は言葉もおぼつかないで苦労もしたようだが、私が知る姿はそう、言葉に不自由がない程度に、流ちょうな言葉を操るようになっていたよ。それでこそ、他人(ひと)に愛を語らう術を知る程度にはな」
「へぇ、つまりそれ、長の恋人の話ですか?」
口のまわりを肉の脂だらけにしながら、狩人は茶化すように言う。
ヴァルトールの表情は相変わらず鉄の兜に阻まれてうかがい知る事は出来なかったが、左右に首を振る事でその言葉を分かりやすく否定した。
「いや、俺からしてみれば同志ヤマムラは、他の同志同様、大事な仲間の一人にすぎないかったな。虫を多く潰してくれた、価値ある同志の一人だったよ」
それは半分は真実で、だが半分は嘘だったのだろう。
長がヤマムラを連盟の一員として大事に思っていたのは間違いない。だがその思いは友情や同志というもの以上の感情を持っているのは彼の甘やかな声色から明らか様すぎるほどだった。
「ヤマムラは、口数はあまり多くなかったな。ヘンリックのように寡黙な男とは、相性が良かったかもしれん。時々、良い狩りが出来た時などは二人で酒を酌み交わしている事もあった。二人とも無口でただ、グラスを傾けるだけだったが……それでもヤマムラは楽しそうだった。俺はそれを見て、ヤマムラを連盟に誘ったのは正解だと、そう思ったよ。俺が彼を連盟に誘ったあの時は……ヤマムラは、目的を失いただ朽ちる運命を甘んじて受け入れる、そんな木偶にすぎなかったからな」
狩人は口の周りを舐りながらまだ見ぬヤマムラに思いを馳せる。
仇の獣を討ち果たしたが、その先に自分の生きる道を見いだせなかったのだろう。 復讐を原動力にして生きるのはいいが、それを全てにしていると、果たした時に全てを失う。そういう事はよくある事なのだ。むしろヤマムラの場合、し遂げる事ができただけ幸福だったろう。大概の人間は、復讐を志しても道半ばで諦めるか殺されるのが普通なのだから。
だが、目的を果たす先の道とは……。
狩人は唇を舐めながら、静かに瞼を閉じる。実のところ、狩人はそういう男を最近間近で見たばかりだったのだ。
おそらくヤマムラも、愚直なまでに復讐へ自分の運命を絡め取られ、そして全てを終えた時、全てを失ってしまったのだろう。
だが幸いだったのはヤマムラには、連盟があった事だろう。
復讐を遂げてもなお居場所があったからこそ、彼はその後も生きるという選択に迷いはなかったのだ。
狩人の知る、あの男とは違って。
「ヤマムラは、良い狩人だった。連盟では汚い仕事も危険な仕事もあるもんだが、そういう事も黙って受け入れ粛々とこなしていったよ。ヤーナムでは滅多に笑わず口数も少ないせいで愛想のない異邦人扱いだったが、連盟(ここ)では普通に笑っていた。だから俺は、復讐に飲まれ消え入りそうな狩人を一人救ったような気持ちになっていたんだろうな」
ヴァルトールはまた、薪をくべ火かき棒で木々をかき回す。 それまで静かだった炎が、ぼぉっと激しく燃え出した。
「だが知らなかったんだ、俺は。ヤマムラがもっと笑う事が出来る男だと。もっと幸福に、人と寄り添い、狩人になったら最早捨てるしかない夢……家族をもちただ二人で静かに生活をするという夢を抱く程度には、若く……人を愛し、庇護し、その身体を求めるような欲望を持てるほど情熱的だったと……俺はそう、どこかであれを老木のように静かな男だと決めつけて、愛だの恋だの囁く世界とは無縁だと思い込んでいたのだろうな」
たき火の炎から薪の弾ける音がする。 狩人は少し冷めてきた肉をまた火に炙れば、滴る肉汁が油となってはね狩人の手を汚した。
「ヤマムラに突然、それを頼まれたのは……冬の、寒い日だったのを覚えている」
狩人の目に、深い雪の情景が浮かぶ。
絶え間なくふる雪、暖炉もない凍えるような廃城、カインハースト……つい最近、この狩人がおもむき、そして結末を見届けた場所だった。
「あいつは俺の手をとると、いつになく真面目にこう言ったのだ。そう…… 『長、もし出来る事ならカインハーストを支配する存在を、護る……そんな立場にはなれませんか?』 とな」
狩人は口にしていた肉があやうく詰まりそうになる。
たった今思い描いていた情景を、カインハーストの事を、ヴァルトールが知っていたからだ。 だがすぐ冷静になって思い返した。
先日、長にあった時狩人はカインハーストに向かった事、そこには連盟が探す虫とは違うがまるで蚤を巨大化したかのような化け物がいた事、雪が嵐のように吹き荒ぶ屋根の上で、すでに朽ちた殉教者と出会った事などを話したからだ。
「その頃、私は当然カインハーストなんてものを知らなかった。それが穢れた血の一族としてヤーナムでは忌み嫌われている事も、漠然と反感を抱いている程度の認識でその意味までも知らなんだ。退廃芸術として獣を狩る事や、不死の一族であるという事も当然知らないでいた。知る必要が無いくらい、街には血族の存在など忘却されていたしな。だからこれらの話しは全て、ヤマムラから聞いて知った事だ。ヤマムラもまたカインハーストについてはただ、穢れた血の一族である事、そして、それらを束ねる王、あるいは女王が存在する事くらいしか知らなかったようだがな」
ヴァルトールは火かき棒で乱暴に薪をかき回す。それが乱れた感情を落ち着かせるためにしている風に見えたのは、気のせいでもなかっただろう。
狩人も何とはなしに肉を食べる手をとめ、話しに聞き入っていた。
「ヤマムラは私にこう懇願した
『カインハーストの守護をしてほしい』と。
知らない一族がどうなろうと、俺の知った事ではない。だから当然問うた。
『何故そんな事を願う。我らが虫を潰す事で手一杯なのは、貴公も知っているだろう』
と……すると、あいつは……この世界にある苦しみを吐き出すような声で、こう、言ったんだ。
『あなたなら強い。カインハーストを守護すれば、カインハーストは最強の剣を手に入れる。そして誰も近づけず、秘匿は永遠に護られるだろう』
だからその筋合いはない。大体、俺は穢れた血の一員になるなんて、いかにも呪われた命運を辿るつもりはないと、激しく突っぱね。 突っぱねた後、問いただした。どうしてそんな無茶な願いをするのだ、と……」
火の勢いは衰え、炭となった火がちょろちょろと燻っていた。
「いや、俺自身その理由は察しがついていたんだがね。先に行った通り、ヤマムラは立派な狩人だったが、寄り添う相手を求める程度に若く純朴な男だった……いつからかな。ヤマムラの隣にはいつも、年若い青年が寄り添っていたんだよ、金色の髪をした、青い目の物腰柔らかな……だがどこか、ひどく脆い心を影のように引きずっている、そんな青年だった。名前は……」
「……アルフレート」
ヴァルトールが全てを言い終わるより先に狩人が口にする。
ヴァルトールは、しばらく黙っていた。兜の下が表情はうかがえないが、目を閉じているようだった。
「そう、貴公もよく知る男……アルフレート。処刑隊のアルフレートだ。いや、処刑隊というものが久しく名も聞かれなくなったからあるいは、本来の処刑隊とは違う存在だったのかもしれんがね」
「長、アルフレートは……」
「あぁ、そうだ。知ってる……先日貴公から聞いた通りだ。だから貴公に聞いてほしいと思った……もう少し、聞いてくれるか」
狩人は返事はしなかったが、ヴァルトールは無言を肯定と受け取ったのだろう、すっかり弱火になった火をかき回しながら、ゆっくりと口を開いた。
「ヤマムラとアルフレートは……そう、アルフレートが一方的にヤマムラを慕っている、というように見えたかな。最初はヤマムラの東洋特有の珍しい風貌が気になって色々質問していたようだが、その物腰の柔らかさと優しさとがアルフレートに心地よかったようだ。また、ヤマムラも元来世話焼きなんだろう。真面目すぎてどこか脆い印象を与えるアルフレートの話しをきき、我ら狩人とは違う血族狩りを主とする彼に狩人の流儀などを教えて……二人はそう、形こそ違えど互いを強く思いあっているのは明白であったよ」
「あるいはそれは、愛し合っていたと言う事でしょうか」
ヴァルトールはその質問にはこたえなかった。 あるいは、ヴァルトール自身それをまだ認める心境になれないのかもしれない。しかしこれまでの語りから、ヤマムラはアルフレートを愛し、アルフレートもまたヤマムラに強い思慕を抱いていたのは明白だった。
当然、狩人は知らなかった事である。狩人が見たアルフレートは物腰こそ柔らかく親切そうな青年であったがどこか他人とは距離を置き自分の心へ立ち入らせない、そんな素振りが見えたからだ。狩人はすっかり冷めてかたくなった肉を奥歯でかみ切ると、柔らかな金色の髪をもつ青年の姿を思い浮かべていた。
狩人が知っている彼はそう、真面目で勤勉で、執念を実らせついにカインハーストの長たる女王を討ち果たした狩人だ。そして内に秘めていた黒く熱い感情を制御しきれず、とうとう壊れてしまった男でもある。あるいは元から壊れていたのかもしれない。そんな愚直なまでに己の信念に忠実だった、そういう男だった。
そう、処刑隊という偶像に憧れ信念により女王を倒した後は輝きを求め、今はもうこの世にいない。今は冷たい土の下で静かに眠っているだ。
ここなら獣にも荒されないだろう。神の罰も届かないだろう。景色もいいだろう。しがらみもないだろう。 そういう場所までかついでいって、しっかり埋めてやったのは他でもないこの狩人であった。
冷たい身体を抱いたまま、長い距離を歩いたあの感覚は今でもはっきりと覚えている。
墓穴を掘り、遺体を埋めてやったのはいいが、墓石にするに石鎚は大きすぎるしかといって車輪はあまりに無骨すぎるしどうしたものかと考えて、金のアルデオを置いてきたのだ。
その場所は誰にも言っていないし、恐らく誰にも知られないだろう。
きっと今でも金のアルデオの下、彼は眠っているのだ。
「ヤマムラは、俺に懇願した。
『長なら、アルフレートに殺されないしアルフレートを殺さない。適任だと思うんです』
と。俺は、そもそもカインハーストの事に対しては無知だ。 それに、そこまでしてアルフレートを止める理由もないと、そう告げた。そして、どうしてそんな叶いもしないと解っている願いを俺に投げかけるのか、逆にそう問いかけた。そしたらどうだ。
『……自分より年若い青年が、死ぬために生きているなんて、あまりに辛いじゃないですか』
……なんて、あいつはそう言ったんだ。
アルフレートという青年が、もしカインハーストにたどり着き、もしその王。あるいは女王に出会ったら、きっと狂気はとめられないと、ヤマムラはそれに気付いていたんだろうな。だからこそ、俺に護衛を頼んだんだ。止められない好敵手(ライバル)がいれば、王、あるいは女王に手出しできなくなり、アルフレートはきっと俺と戦う事で生き続けるのだろうと。
ヤマムラはそれをねらった、いや、願ったんだろう。
……もし、王。あるいは女王を殺しても、その先にカインハーストの守護者という強敵がいれば、少なくてもそれを殺すまでアルフレートは死ぬ事はない、きっとそう思っていたんだろうな」
火はほとんど消えかかっている。 冷めた肉はかたくなっていたが、それでも噛むほど肉汁が溢れ美味かったのだろうが、狩人はすでにその味すら分からなくなっていた。
「結局、俺はカインハーストに求められていなかったがね」
長はそこで、全て言い終わったように深いため息をつく。
狩人の中で、様々な思慮が廻った。
招待状を見つけなければ、彼はまだ生きていたのだろうか。彼の抱く闇に気付いていれば、支えてやれたのだろうか。あるいはそのヤマムラという男のように、彼を理解していればあんな事にはならなかったのだろうか。
何にせよ、今さら悔いても仕方の無い事だ。自分は彼の理解を怠り、表面上にある優しい笑顔だけが彼の全てだと思い込み、そして死地へと追いやったのだ。
自責の念に押しつぶされそうだった。いっそ叫びだし逃げ出せればどれだけ楽だったろう。冷たくなった肉の脂だけが指先にまとわりつき、不快感だけが残っていた。
「もしヤマムラという人が、カインハーストに招待されてれば結果は違っていたのかもしれませんね」
味のしなくなった肉を噛みしめ、狩人は言う。
するとヴァルトールは少し頷いて、
「俺もそういったのだがね」
と述べた後、唇を舐めた。
「それは、それだけはダメなんだと……もし、ヤマムラが血族として本当に穢れてしまったら、アルフレートの器は、今度こそ本当に、完璧に壊れてしまうんだと。……アレは少し変わった武器を持つ。それで以前、アルフレートと少し悶着があったらしい。それは解決したようだが……だが、それだからこそ、自分はダメなんだそうだ。
『信頼している俺が、アルフレートの敵となったのなら、アルフレートはそれで完全に壊れてしまう……俺は、あの子に壊れてほしくはない。あの子の闇を消し去れないまでも、あの子に闇を見ない方法を考えて……生きてほしい、少しでも長く……』
それを最後に、この話は潰えたよ。
結局、俺はカインハーストには行けなかった……お前と違ってな」
狩人は黙って目を閉じる。
カインハースト選ばれたのは確かに自分だった。それが何を意味するのかわからない。新参者の狩人だったからか、単なる偶然か、カインハーストの気紛れか、それとも何かしら大いなる意志が動いたのだろうか。理由がわからない以上、いくら考えても意味などないのだろう。
ただ、結果として自分はカインハーストをアルフレートに売った。
そしてアルフレートはその手を血に濡らし、その背に負った罪を輝きへと昇華するため、自ら命を絶ったのだ。
「同志ヤマムラは……何処にいるんですか?」
狩人がそれを聞いたのは必然だったろう。ヴァルトールもまた彼にそれを聞かせるため話したに違いないのだから。
果たしてヤマムラはまだ生きているのだろうか。もし生きていたら彼に会い、謝らなければいけない気がしたが、だがもし会っても何と言っていいのか気持ちは定まっていなかった。
ヴァルトールは狩人の言葉に対し、静かに首を振って見せるだけだった。
「わからない。いや、意地悪で教えないワケではないぞ。本当に、わからないのだ。ある時を境に突然消えてしまい、それから呼び出しの鐘にもこたえない……あれが今どこにいるのか、この俺が知りたいくらいだ。悪夢に捕らわれたか……あるいは鐘に応えられないくらい遠い場所にいるのか……」
「そう……ですか」
つまるところ、ヴァルトールが語るヤマムラの思い出そのものが過去に燻る薪のようなものだという訳だ。しばらく沈黙が続き、たき火はの火はいよいよか細くなる。
「ただ、一つ。同志ヤマムラが使っていた狩り道具が残っているのだ。獣の皮をいくつか重ねた無骨な上着が1着だ。これを、貴公だけが知るという、彼の墓にどうか供えてやってはくれまいか?」
そう言いながら差し出されたそれは、ひどく獣のにおいがしたボロ布だった。事前に狩装束と言われなければ頭陀袋か何かだと勘違いしていたに違いない。
だがここまで濃い獣のにおいを残しているという事は、ヤマムラという狩人は獣を狩る事に長けた狩人だったのだろう。さもなければ、こうも強い獣の匂いは染みつかない。
アルフレートもこの匂いが好きだったのだろうか。今となってはもう知るすべはないのだが。
「わかりました……必ず、彼の墓標に」
「あぁ……頼んだぞ、同志。それと、一つ頼みがある……もし同志ヤマムラにあった時、アルフレートの死について貴公が口にはしないでほしい。少なくとも、我らから積極的にそれを話すような事はしたくないからな」
「……どうしてです?」
「脆い青年を支えていた男もまた、脆い復讐で生きていたのだよ」
ヴァルトールはその言葉を最後に、口を噤む。これ以上告げる言葉はないと考えたのだろう。
「……わかりました」
狩人はそう告げ、渡された装束を鞄に入れる。
その刹那、狩人の脳裏にアルフレートの笑顔が見えた。この狩装束毛を着た男の身体に抱きついて、幸福そうに笑うアルフレートの姿はきっと錯覚だったのだろう。
※※※
そう、だからここには墓がある。
この墓標は朽ちて元の形もよく解らないが、かつては金色に輝いていた。
この布はすっかりボロになりただ引っかかっているだけの粗末なものだ。
だがこの墓は、とても大事な思いを紡いでここにあるのだよ。
それを知ったのなら、よければ花を手向けてくれないか。
今の時期なら、桔梗の花など良いかもしれない。きっと、綺麗なことだろう。
君は気付いていたのかい。そう、あの丘にある奇妙な石塚のことだ。
石塚のてっぺんに、バケツにしては歪だし、かといって兜としては仰々しい。そんな奇妙な鉄塊が掲げてあるだろう。
今日は、それにまつわる話をしよう。
何、食べながらでいいさ、聞き流してくれたって構わない。こっちも自由に喋らせてもらうとするからね。
君たちは知らないかもしれないけど、私はこれでも昔狩人だったんだ。連盟と呼ばれる組織に属していてね、日々、虫を探していたよ。
虫というのは……いや、説明は割愛しよう。今の君が聞いても意味などわからないだろうし、そんな話しを今さらしても詮無き事だからね。
何となくそんな組織があって、何となく狩人同士が連んでいた。そうとだけ思ってくれれば充分だよ。
さて、あの日は連名の長、ヴァルトールも今日の私と同じように話を切り出したっけ。
「食べながらでいいから、話しを聞いてくれないか」
とね。
私はその言葉に習って、焼きたての分厚い肉塊を挟んだパンをかじりながら聞いていたっけ。
そんな、古い話だよ。
※※※
「食べながらでいいから、少し話を聞いてくれないか」
たき火が燃え尽きないよう薪をくべながら、連盟が長ヴァルトールはゆるゆると話し始めた。 禁域の森はいつだって暗い。ここはヤーナムの街、その地下に広がる広大な地下道なのだから当然といえば当然だが、ビルゲンワースの気まぐれかそれとも権威を誇示したいのか、空には銀色に霞がかった月と星が広がっている。ヤーナムという街全体を屋根として持つ以上、ここに日が差す事は永遠になく、今ある灯りはカンテラや松明のそれか、ビルゲンワースの連中が作ったといわれるかりそめの月光だけだ。
狩人は燃える炎を眺めながら、気のない返事をした。
「食べてる最中は暇ですからね、それでもよければ聞きますよ」
その時、狩人にはそれほどヴァルトールの言葉を真剣に聞くつもりはなかった。
久々にたべられるまともな肉を手に入れ、それを焼くのに夢中だったからだ。森で仕入れた香草で巻き、たっぷりの塩こしょうで味付けした肉だ。 例え今狩人のおかれている世界がただ廻るだけの夢だとしても、肉を喰らうという夢なら何度見てもよい。そんな事を思いながら焼きたての肉をパンに挟みかぶりつこうとする。
連盟の長ヴァルトールはその姿をただじっと見ていた。
彼の表情は狩人からはうかがい知れない。それは彼が自らの感情を覆い隠すように隻眼の兜を被っているからというのもあるが、普段の喋りからも感情の起伏が読み取れないというのもあるだろう。
連盟の長・ヴァルトールは狂気の街でも務めて冷静に振る舞おうとしていたのは自分が狂っているのを認めたくなかったからか。あるいは、激しい熱情を込めた狂気に至らなかったからなのか、とうとう判断が出来ないままだった。
「……いや、これは貴公に話すような事でもないのかもしれないがな」
ヴァルトールは、ややもったいぶったように話を切り出す。
これを狩人に話すべきか、それとも自分の胸が内に秘めていたほうがいいのかもしれないと、迷っているように思えたから。
「長が話すだけなら自由ですよ。それを私が聞いてるかどうかは、私の気分次第って事でいいでしょう」
狩人はアツアツの肉だけをかじりながら長を見る。
その目をしばらく見据えた後やがてヴァルトールは
「まぁ、こういう事があったという……その程度の気持ちで聞いてくれればかまわんよ」
そんな前置きをしてから、語り出した。
「連盟に、ヤマムラという男がいた。ここより遙か東方より、仇の獣を追ってこの土地まで追いかけてきたのだという。東方から来たためか、最初は言葉もおぼつかないで苦労もしたようだが、私が知る姿はそう、言葉に不自由がない程度に、流ちょうな言葉を操るようになっていたよ。それでこそ、他人(ひと)に愛を語らう術を知る程度にはな」
「へぇ、つまりそれ、長の恋人の話ですか?」
口のまわりを肉の脂だらけにしながら、狩人は茶化すように言う。
ヴァルトールの表情は相変わらず鉄の兜に阻まれてうかがい知る事は出来なかったが、左右に首を振る事でその言葉を分かりやすく否定した。
「いや、俺からしてみれば同志ヤマムラは、他の同志同様、大事な仲間の一人にすぎないかったな。虫を多く潰してくれた、価値ある同志の一人だったよ」
それは半分は真実で、だが半分は嘘だったのだろう。
長がヤマムラを連盟の一員として大事に思っていたのは間違いない。だがその思いは友情や同志というもの以上の感情を持っているのは彼の甘やかな声色から明らか様すぎるほどだった。
「ヤマムラは、口数はあまり多くなかったな。ヘンリックのように寡黙な男とは、相性が良かったかもしれん。時々、良い狩りが出来た時などは二人で酒を酌み交わしている事もあった。二人とも無口でただ、グラスを傾けるだけだったが……それでもヤマムラは楽しそうだった。俺はそれを見て、ヤマムラを連盟に誘ったのは正解だと、そう思ったよ。俺が彼を連盟に誘ったあの時は……ヤマムラは、目的を失いただ朽ちる運命を甘んじて受け入れる、そんな木偶にすぎなかったからな」
狩人は口の周りを舐りながらまだ見ぬヤマムラに思いを馳せる。
仇の獣を討ち果たしたが、その先に自分の生きる道を見いだせなかったのだろう。 復讐を原動力にして生きるのはいいが、それを全てにしていると、果たした時に全てを失う。そういう事はよくある事なのだ。むしろヤマムラの場合、し遂げる事ができただけ幸福だったろう。大概の人間は、復讐を志しても道半ばで諦めるか殺されるのが普通なのだから。
だが、目的を果たす先の道とは……。
狩人は唇を舐めながら、静かに瞼を閉じる。実のところ、狩人はそういう男を最近間近で見たばかりだったのだ。
おそらくヤマムラも、愚直なまでに復讐へ自分の運命を絡め取られ、そして全てを終えた時、全てを失ってしまったのだろう。
だが幸いだったのはヤマムラには、連盟があった事だろう。
復讐を遂げてもなお居場所があったからこそ、彼はその後も生きるという選択に迷いはなかったのだ。
狩人の知る、あの男とは違って。
「ヤマムラは、良い狩人だった。連盟では汚い仕事も危険な仕事もあるもんだが、そういう事も黙って受け入れ粛々とこなしていったよ。ヤーナムでは滅多に笑わず口数も少ないせいで愛想のない異邦人扱いだったが、連盟(ここ)では普通に笑っていた。だから俺は、復讐に飲まれ消え入りそうな狩人を一人救ったような気持ちになっていたんだろうな」
ヴァルトールはまた、薪をくべ火かき棒で木々をかき回す。 それまで静かだった炎が、ぼぉっと激しく燃え出した。
「だが知らなかったんだ、俺は。ヤマムラがもっと笑う事が出来る男だと。もっと幸福に、人と寄り添い、狩人になったら最早捨てるしかない夢……家族をもちただ二人で静かに生活をするという夢を抱く程度には、若く……人を愛し、庇護し、その身体を求めるような欲望を持てるほど情熱的だったと……俺はそう、どこかであれを老木のように静かな男だと決めつけて、愛だの恋だの囁く世界とは無縁だと思い込んでいたのだろうな」
たき火の炎から薪の弾ける音がする。 狩人は少し冷めてきた肉をまた火に炙れば、滴る肉汁が油となってはね狩人の手を汚した。
「ヤマムラに突然、それを頼まれたのは……冬の、寒い日だったのを覚えている」
狩人の目に、深い雪の情景が浮かぶ。
絶え間なくふる雪、暖炉もない凍えるような廃城、カインハースト……つい最近、この狩人がおもむき、そして結末を見届けた場所だった。
「あいつは俺の手をとると、いつになく真面目にこう言ったのだ。そう…… 『長、もし出来る事ならカインハーストを支配する存在を、護る……そんな立場にはなれませんか?』 とな」
狩人は口にしていた肉があやうく詰まりそうになる。
たった今思い描いていた情景を、カインハーストの事を、ヴァルトールが知っていたからだ。 だがすぐ冷静になって思い返した。
先日、長にあった時狩人はカインハーストに向かった事、そこには連盟が探す虫とは違うがまるで蚤を巨大化したかのような化け物がいた事、雪が嵐のように吹き荒ぶ屋根の上で、すでに朽ちた殉教者と出会った事などを話したからだ。
「その頃、私は当然カインハーストなんてものを知らなかった。それが穢れた血の一族としてヤーナムでは忌み嫌われている事も、漠然と反感を抱いている程度の認識でその意味までも知らなんだ。退廃芸術として獣を狩る事や、不死の一族であるという事も当然知らないでいた。知る必要が無いくらい、街には血族の存在など忘却されていたしな。だからこれらの話しは全て、ヤマムラから聞いて知った事だ。ヤマムラもまたカインハーストについてはただ、穢れた血の一族である事、そして、それらを束ねる王、あるいは女王が存在する事くらいしか知らなかったようだがな」
ヴァルトールは火かき棒で乱暴に薪をかき回す。それが乱れた感情を落ち着かせるためにしている風に見えたのは、気のせいでもなかっただろう。
狩人も何とはなしに肉を食べる手をとめ、話しに聞き入っていた。
「ヤマムラは私にこう懇願した
『カインハーストの守護をしてほしい』と。
知らない一族がどうなろうと、俺の知った事ではない。だから当然問うた。
『何故そんな事を願う。我らが虫を潰す事で手一杯なのは、貴公も知っているだろう』
と……すると、あいつは……この世界にある苦しみを吐き出すような声で、こう、言ったんだ。
『あなたなら強い。カインハーストを守護すれば、カインハーストは最強の剣を手に入れる。そして誰も近づけず、秘匿は永遠に護られるだろう』
だからその筋合いはない。大体、俺は穢れた血の一員になるなんて、いかにも呪われた命運を辿るつもりはないと、激しく突っぱね。 突っぱねた後、問いただした。どうしてそんな無茶な願いをするのだ、と……」
火の勢いは衰え、炭となった火がちょろちょろと燻っていた。
「いや、俺自身その理由は察しがついていたんだがね。先に行った通り、ヤマムラは立派な狩人だったが、寄り添う相手を求める程度に若く純朴な男だった……いつからかな。ヤマムラの隣にはいつも、年若い青年が寄り添っていたんだよ、金色の髪をした、青い目の物腰柔らかな……だがどこか、ひどく脆い心を影のように引きずっている、そんな青年だった。名前は……」
「……アルフレート」
ヴァルトールが全てを言い終わるより先に狩人が口にする。
ヴァルトールは、しばらく黙っていた。兜の下が表情はうかがえないが、目を閉じているようだった。
「そう、貴公もよく知る男……アルフレート。処刑隊のアルフレートだ。いや、処刑隊というものが久しく名も聞かれなくなったからあるいは、本来の処刑隊とは違う存在だったのかもしれんがね」
「長、アルフレートは……」
「あぁ、そうだ。知ってる……先日貴公から聞いた通りだ。だから貴公に聞いてほしいと思った……もう少し、聞いてくれるか」
狩人は返事はしなかったが、ヴァルトールは無言を肯定と受け取ったのだろう、すっかり弱火になった火をかき回しながら、ゆっくりと口を開いた。
「ヤマムラとアルフレートは……そう、アルフレートが一方的にヤマムラを慕っている、というように見えたかな。最初はヤマムラの東洋特有の珍しい風貌が気になって色々質問していたようだが、その物腰の柔らかさと優しさとがアルフレートに心地よかったようだ。また、ヤマムラも元来世話焼きなんだろう。真面目すぎてどこか脆い印象を与えるアルフレートの話しをきき、我ら狩人とは違う血族狩りを主とする彼に狩人の流儀などを教えて……二人はそう、形こそ違えど互いを強く思いあっているのは明白であったよ」
「あるいはそれは、愛し合っていたと言う事でしょうか」
ヴァルトールはその質問にはこたえなかった。 あるいは、ヴァルトール自身それをまだ認める心境になれないのかもしれない。しかしこれまでの語りから、ヤマムラはアルフレートを愛し、アルフレートもまたヤマムラに強い思慕を抱いていたのは明白だった。
当然、狩人は知らなかった事である。狩人が見たアルフレートは物腰こそ柔らかく親切そうな青年であったがどこか他人とは距離を置き自分の心へ立ち入らせない、そんな素振りが見えたからだ。狩人はすっかり冷めてかたくなった肉を奥歯でかみ切ると、柔らかな金色の髪をもつ青年の姿を思い浮かべていた。
狩人が知っている彼はそう、真面目で勤勉で、執念を実らせついにカインハーストの長たる女王を討ち果たした狩人だ。そして内に秘めていた黒く熱い感情を制御しきれず、とうとう壊れてしまった男でもある。あるいは元から壊れていたのかもしれない。そんな愚直なまでに己の信念に忠実だった、そういう男だった。
そう、処刑隊という偶像に憧れ信念により女王を倒した後は輝きを求め、今はもうこの世にいない。今は冷たい土の下で静かに眠っているだ。
ここなら獣にも荒されないだろう。神の罰も届かないだろう。景色もいいだろう。しがらみもないだろう。 そういう場所までかついでいって、しっかり埋めてやったのは他でもないこの狩人であった。
冷たい身体を抱いたまま、長い距離を歩いたあの感覚は今でもはっきりと覚えている。
墓穴を掘り、遺体を埋めてやったのはいいが、墓石にするに石鎚は大きすぎるしかといって車輪はあまりに無骨すぎるしどうしたものかと考えて、金のアルデオを置いてきたのだ。
その場所は誰にも言っていないし、恐らく誰にも知られないだろう。
きっと今でも金のアルデオの下、彼は眠っているのだ。
「ヤマムラは、俺に懇願した。
『長なら、アルフレートに殺されないしアルフレートを殺さない。適任だと思うんです』
と。俺は、そもそもカインハーストの事に対しては無知だ。 それに、そこまでしてアルフレートを止める理由もないと、そう告げた。そして、どうしてそんな叶いもしないと解っている願いを俺に投げかけるのか、逆にそう問いかけた。そしたらどうだ。
『……自分より年若い青年が、死ぬために生きているなんて、あまりに辛いじゃないですか』
……なんて、あいつはそう言ったんだ。
アルフレートという青年が、もしカインハーストにたどり着き、もしその王。あるいは女王に出会ったら、きっと狂気はとめられないと、ヤマムラはそれに気付いていたんだろうな。だからこそ、俺に護衛を頼んだんだ。止められない好敵手(ライバル)がいれば、王、あるいは女王に手出しできなくなり、アルフレートはきっと俺と戦う事で生き続けるのだろうと。
ヤマムラはそれをねらった、いや、願ったんだろう。
……もし、王。あるいは女王を殺しても、その先にカインハーストの守護者という強敵がいれば、少なくてもそれを殺すまでアルフレートは死ぬ事はない、きっとそう思っていたんだろうな」
火はほとんど消えかかっている。 冷めた肉はかたくなっていたが、それでも噛むほど肉汁が溢れ美味かったのだろうが、狩人はすでにその味すら分からなくなっていた。
「結局、俺はカインハーストに求められていなかったがね」
長はそこで、全て言い終わったように深いため息をつく。
狩人の中で、様々な思慮が廻った。
招待状を見つけなければ、彼はまだ生きていたのだろうか。彼の抱く闇に気付いていれば、支えてやれたのだろうか。あるいはそのヤマムラという男のように、彼を理解していればあんな事にはならなかったのだろうか。
何にせよ、今さら悔いても仕方の無い事だ。自分は彼の理解を怠り、表面上にある優しい笑顔だけが彼の全てだと思い込み、そして死地へと追いやったのだ。
自責の念に押しつぶされそうだった。いっそ叫びだし逃げ出せればどれだけ楽だったろう。冷たくなった肉の脂だけが指先にまとわりつき、不快感だけが残っていた。
「もしヤマムラという人が、カインハーストに招待されてれば結果は違っていたのかもしれませんね」
味のしなくなった肉を噛みしめ、狩人は言う。
するとヴァルトールは少し頷いて、
「俺もそういったのだがね」
と述べた後、唇を舐めた。
「それは、それだけはダメなんだと……もし、ヤマムラが血族として本当に穢れてしまったら、アルフレートの器は、今度こそ本当に、完璧に壊れてしまうんだと。……アレは少し変わった武器を持つ。それで以前、アルフレートと少し悶着があったらしい。それは解決したようだが……だが、それだからこそ、自分はダメなんだそうだ。
『信頼している俺が、アルフレートの敵となったのなら、アルフレートはそれで完全に壊れてしまう……俺は、あの子に壊れてほしくはない。あの子の闇を消し去れないまでも、あの子に闇を見ない方法を考えて……生きてほしい、少しでも長く……』
それを最後に、この話は潰えたよ。
結局、俺はカインハーストには行けなかった……お前と違ってな」
狩人は黙って目を閉じる。
カインハースト選ばれたのは確かに自分だった。それが何を意味するのかわからない。新参者の狩人だったからか、単なる偶然か、カインハーストの気紛れか、それとも何かしら大いなる意志が動いたのだろうか。理由がわからない以上、いくら考えても意味などないのだろう。
ただ、結果として自分はカインハーストをアルフレートに売った。
そしてアルフレートはその手を血に濡らし、その背に負った罪を輝きへと昇華するため、自ら命を絶ったのだ。
「同志ヤマムラは……何処にいるんですか?」
狩人がそれを聞いたのは必然だったろう。ヴァルトールもまた彼にそれを聞かせるため話したに違いないのだから。
果たしてヤマムラはまだ生きているのだろうか。もし生きていたら彼に会い、謝らなければいけない気がしたが、だがもし会っても何と言っていいのか気持ちは定まっていなかった。
ヴァルトールは狩人の言葉に対し、静かに首を振って見せるだけだった。
「わからない。いや、意地悪で教えないワケではないぞ。本当に、わからないのだ。ある時を境に突然消えてしまい、それから呼び出しの鐘にもこたえない……あれが今どこにいるのか、この俺が知りたいくらいだ。悪夢に捕らわれたか……あるいは鐘に応えられないくらい遠い場所にいるのか……」
「そう……ですか」
つまるところ、ヴァルトールが語るヤマムラの思い出そのものが過去に燻る薪のようなものだという訳だ。しばらく沈黙が続き、たき火はの火はいよいよか細くなる。
「ただ、一つ。同志ヤマムラが使っていた狩り道具が残っているのだ。獣の皮をいくつか重ねた無骨な上着が1着だ。これを、貴公だけが知るという、彼の墓にどうか供えてやってはくれまいか?」
そう言いながら差し出されたそれは、ひどく獣のにおいがしたボロ布だった。事前に狩装束と言われなければ頭陀袋か何かだと勘違いしていたに違いない。
だがここまで濃い獣のにおいを残しているという事は、ヤマムラという狩人は獣を狩る事に長けた狩人だったのだろう。さもなければ、こうも強い獣の匂いは染みつかない。
アルフレートもこの匂いが好きだったのだろうか。今となってはもう知るすべはないのだが。
「わかりました……必ず、彼の墓標に」
「あぁ……頼んだぞ、同志。それと、一つ頼みがある……もし同志ヤマムラにあった時、アルフレートの死について貴公が口にはしないでほしい。少なくとも、我らから積極的にそれを話すような事はしたくないからな」
「……どうしてです?」
「脆い青年を支えていた男もまた、脆い復讐で生きていたのだよ」
ヴァルトールはその言葉を最後に、口を噤む。これ以上告げる言葉はないと考えたのだろう。
「……わかりました」
狩人はそう告げ、渡された装束を鞄に入れる。
その刹那、狩人の脳裏にアルフレートの笑顔が見えた。この狩装束毛を着た男の身体に抱きついて、幸福そうに笑うアルフレートの姿はきっと錯覚だったのだろう。
※※※
そう、だからここには墓がある。
この墓標は朽ちて元の形もよく解らないが、かつては金色に輝いていた。
この布はすっかりボロになりただ引っかかっているだけの粗末なものだ。
だがこの墓は、とても大事な思いを紡いでここにあるのだよ。
それを知ったのなら、よければ花を手向けてくれないか。
今の時期なら、桔梗の花など良いかもしれない。きっと、綺麗なことだろう。
PR
COMMENT