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インターネット字書きマンの落書き帳

   
月はいつでも青ざめて血の匂いが漂う(ヤマアル)
恋人というよりアルフレートくんの事を「清らかな人物」だと思っているヤマムラさんと、「潔癖であるが故に融通が利かない一面がある」というアルフレートくんの話です。

ヤマアル職人が書いたので……便宜上はヤマアル表記にしてみました。
やっぱりしっくりきちゃうねッ。

今回は、綺麗に生きていると思っていたアルフレートくんが子供に石を投げられて「意外だ……」と思うヤマムラさんと、子供にも一切の情け容赦をかけないアルフレくんの話です。

説明が難しいな!
有り体にいうと「地獄のアルフレートくん」ですッ!




『あなたとちがう、ちのにおい』


 ヤーナムにおいて「狩人」として生きるのは特別な意味がある。
 外での狩人とは違い、人から姿を変えた獣を狩り屠るというのがヤーナムの狩人たちだ。

 牛ほどある巨躯と人間の柔肌など簡単に引き裂いてしまえる爪と牙をもつ獣を狩る時、狩人にも被害が出る事もある。いわんや、武器ももたぬ市民などは簡単に壁の染みになりはてるものだ。
 それでなくても、獣の多くは元はただの人間である。

『もっと、早く来てくれればあの人は死ななかったのに……』
『貴方が殺したの? どんな姿をしていても、彼は私の愛した人だった。それなのに……』

 血と泥にまみれやっとの思いで仕留めても、投げかけられる言葉は必ずしも感謝だけではない。嫌悪と憎悪の入り混じった目で睨まれ、唾を吐かれる事すらあるのだ。
 だがヤマムラは、それもまた狩人の仕事だと割り切っていた。

 排他的なヤーナムで狩人は異邦人が唯一受け入れられる場であり、最も稼ぎの良い仕事でもある。
 また、ヤーナムで獣狩りを主に取り仕切る組織として「医療教会」が存在しているが、この組織はヤマムラが街へ来るずっと以前から黒い噂が絶えないでいた。

 やれ人知れず市民を攫い実験台にしているとか、従わない市民に「病の罹患者」として処分すしている、といった類いの噂をあげれば枚挙に暇が無い。
 そのような組織が民意を抑制するようなマネをしているのだ。怒りや哀しみ、憤りといった感情をぶつける場所がないのなら、その吐け口が異邦の狩人になるのも必然と言えただろう。
 ヤマムラはその境遇に怒りは覚えず、むしろ気の毒にすら思っていた。故に彼は唾を吐かれても石を投げられても気にする事もなければその行動を咎める事もしないでいた。

「まったく、ヤマムラさんは優しすぎますよ。怪我をしてまでガマンする事なんてないのに……」

 時に誰かが投げた石が額などに当たった時、血が滲む傷にガーゼを当てながらアルフレートは呆れたような顔をする。自ら戦おうともせず獣に怯え隠れて暮すだけの市民が、戦いに挑み傷ついて帰って来た狩人たちにまで冷たい仕打ちをする狭量さに憤っているのだろう。
 だがヤマムラはヤーナム市民を責める気にはなれなかった。
 外から来たヤマムラはもっと排他的な集落も知っていたし、手ひどいだまし討ちや裏切りも経験している。
 また彼の故郷は権力に逆らう事も出来ずただじっと耐えるのが当然のような集落でもあった。  それ故に、行き場のない感情を持て余す気持ちが分ったからただじっと耐えるのも「己が使命」として受け入れる事ができたのだ。

 だがアルフレートは違ったはずだ。
 彼は「血族狩り」であり「獣狩りの狩人」ではない。
 故に獣狩りをする自分たちのように市民からの恨みなど買う事はないと思っていたのだが……。

「おまえ……母さんをッ、母さんを帰せ!」

 そう言いながら石を投げつけてきたのは、まだ年端もいかぬ子供だった。
 アルフレートと同じ金色の髪と、少しくすんだ蒼い目をしている。
 普段血族しか狩らないアルフレートがヤーナム市民から石を投げられるとは思ってもいなかったが、アルフレートの狩った血族に子がいたのだろうか。
 投げられた石はアルフレートまで届く事はなく、ヤマムラはとっさに彼を庇うよう間に入る。そんなヤマムラをアルフレートは引き留めた。

「いいんです。私も狩人ですから……貴方と同じよう、狩りをする事で責務もあれば恨みを買う事もあるでしょう。やり場のない怒りを向けられるのも、狩人の使命……と、ヤマムラさんも言ってましたよね」
「だが……」
「怪我もしてませんし、子供のする事でしょう?」

 アルフレートはそう告げると、静かな笑みを少年へと向ける。
 その姿を見て気圧されしたのか、あるいはヤマムラが間に入ったので冷静になったのか少年は方言らしい言葉で罵声を吐くと貧困街の方へ消えていった。

「……獣狩りの狩人はあぁいった手合いになれているが、血族狩りの狩人にもあるんだな」

 驚いたようにヤマムラが言えば、アルフレートは困ったように笑った。

「私だって狩人ですし、血族は時に人をも手にかけますから……獣の狩人であるヤマムラさんたちほど機会は多くないとはいえ、恨まれないはずないですよ。それでなくても人間は普通にしているつもりでも誰かに嫌われていたり、恨まれていたりするものですから」

 その時は、何てことないといった素振りを見せていた。
 だがやはり気にはしていたのだろう。

 この街を清潔にするため自分を律し、人一倍に不浄を嫌う潔癖さをもつアルフレートにとって例え子供相手といえども「恨まれる」のはやはり辛かったのか。

「すいません、少しだけ……外の空気を吸ってきます。大丈夫、すぐに戻りますから」

 そういって出ていくアルフレートを、ヤマムラは止めなかった。
 一人になりたい時間もあるだろうとも思ったし、そんな時は星空と夜風はいつでも安らぎになるのを知っていたからだ。

「せめて戻った時に身体を冷やさないよう、暖まる酒でも準備しておくか……」

 ヤマムラはテーブルに一本のワインを置く。
 血の匂いがしないワインはきっとアルフレートの心を癒してくれるだろう。
 そんな事を思いながら。

 ・
 ・
 ・

(ヤマムラさんはきっと優しいから、私の事を気遣ってくれるんでしょう。温かな料理か、酒か。きっとそんなものを準備して、私を待ってくれている)

 血に濡れた手を眺めながら、アルフレートはそんな事を思っていた。
 目の前に転がるのは子供の屍体。今日、自分に石を投げてきた幼子だ。

 アルフレートは確かに血族を狩った。
 女の血族で、この少年と同じような金色の髪とくすんだ蒼い瞳をしていた。
 顔立ちもよく似ているので一目であの女の子だと分った。

 血族であるのなら、殺さなければいけない。
 この街を清潔にするために、これは必用な犠牲(こと)なのだ。

 浴びた返り血を拭いながら、無意識に笑う自分を知る。
 やはり血族を狩るのは愉しく、気分が昂揚する。自分が正しき道を歩んでいるという実感が沸き、許された気持ちになる。

(元よりあの女は売女。この子もまた貧困街では誰も名を知らぬような貧しい子なら、一人死んだ所で気にするものなどこの街にはいないでしょう)

 もっと平和な街であれば、人が一人死ねば大騒ぎになるだろう。
 だがここはヤーナム。
 人の死体など犬の糞ほどに珍しくない街だ。大人でも子供でも益のない存在なら石とも変わらぬ存在だ。
 屍体を隠す必用はない。
 殺した相手を探すような物好きもいないだろう。だが。

(血の匂いがついてしまいましたね……この匂いが消えるまで少し外を歩いて……どこかで禊を済まさなければ、ヤマムラさんに勘付かれてしまいます……)

 優しいヤマムラのことだ。
 アルフレートが子供を殺したのを知ったら、悲しみ憤るに違いない。

(ほかの奴はどうだっていい。ましてや血族などどうなろうといい。ですが、あの人に嫌われるのはイヤですからね……)

 アルフレートは氷ったような笑みを浮かべ宵闇へと歩み出す。
 空には青ざめた月がいつものように輝いていた。

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