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インターネット字書きマンの落書き帳

   
子供の頃愛されなかったお坊ちゃん概念(みゆしば)
平和な世界線で普通に恋人同士として過す手塚と芝浦の概念です。
(挨拶と幻覚を一気にすませていくスタイル)

芝浦くんはお金持ちのお坊ちゃん。
一通りの習い事とかしてるし、家族の愛情を求めて熱心にいい子でいた時代もあったよね。
あったよ! 俺の「脳内」(なか)では「公式」(そう)だもんッ!

というワケで、小さい頃にピアノを習っていたからバリッバリにピアノが弾ける芝浦くんという概念です。
お金持ちキャラの時々見せる「品性」っていいね。




『遠回りの音色』

 待ち合わせ場所に指定された駅には、最近流行りの「駅ピアノ」が設置されていた。
 誰でも自由に弾いて良いピアノはちょうど小学生くらいの少女が覚えたばかりらしいエリーゼのためにを弾き終わった所のようだ。
 暫くピアノを眺めていても誰も来る様子がなかったので芝浦はピアノの前に座る。開いた時間手持ち無沙汰だったから丁度良いと思ったからだ。

 高校入学と同時にピアノを習うのは辞めてしまったが、その後も趣味でピアノを弾いていた。
 家には練習用の小さなピアノがあったし、父の顔見知りである合唱団などから頼まれれば伴奏をするコトもあったから今でもそこまで腕は落ちてないだろう。
 何とはなしに馴染みの曲をと思い、初めて発表会に出て賞をもらった時の曲を奏で始めた。
 主よ人の望みの喜びよ……バッハのこの曲は誰でも一度くらいは聞いた事のある曲だろう。  激しく自己主張をするような曲ではないが、穏やかでどこか暖かくも心地よい音色は誰の耳にも柔らかに響くのだろう。
 足を留めて聞き入る人々の表情はどこか柔らかに思えた。

 自分でも、楽譜も見ずによく弾けていると思う。
 プロを目指しているピアニストや音大に通うエリートからすれば拙い所も多いだろうがそれでも充分聞かせるだけの曲を弾けているという自負はある。
 幼い頃、コンクールでは幾度も賞をとっていたし、同年代では現在プロのピアニストである斎藤雄一を除いて自分の相手になるだけの弾き手はいなかったのだから。

(だけど俺、どうしてこんなに熱心にピアノ習ってったんだっけなぁ……)

 ピアノを奏でながら、漠然とそんな事を思う。
 物心ついた時、すでに芝浦は学校と習い事ばかりの生活になっていた。

 習い事はスポーツの類いはなく、ピアノや絵画といった芸術面の稽古事が多かったのはより社交界に馴染ませるといった父の目的があったからだろう。
 ようするに、より「芝浦家」にとって利用しやすい「嫡男」にするための教育にすぎなかったのだ。

(あの頃から俺を利用するために育ててたんだよな……)

 それでも必死で頑張ったのは、ただ父に誉められたかったからだ。
 父が「やりなさい」と言った事をきちんとこなせば「偉い」と誉めてくれると思っていた。
 立派な息子だと、自慢の可愛い息子だとそう言ってもらえると信じていた。

 だから学校での勉強はもちろんのこと、スポーツでも何でも教えられるコトは全て優秀であり続けた。
 テストでひどい点数などとったことないし、面倒な仕事だと思っても先生の評判が良くなりそうな活動なら何でもしてきた。
 実際に成績も素行も良い生徒として過していただろう。教師からも誉められ、他の生徒からも「優等生」と呼ばれていたのは記憶にも新しい。

 だが、一度だって誉めてもらった事はなかった。
 良い成績を前にしても、習い事で賞をもらっても、「きちんと使える手駒に育っているな」といった顔をするばかりで「偉いな」とも「凄いな」とも言ってもらえた記憶はない。

(オヤジの性格を考えればそんな事を期待する方が俺がバカだったんだろうけどさ……)

 今になり父の考えを理解してみたら分る事だが、芝浦の父からすれば良い成績などは「金をかけているんだから出来て当然」なのだろう。
 習い事にしてもそう、きちんとした講師を準備しているのだから上達して当然。出来て当然なのだというのは、今ならば共感こそできないが理解はできる。

 だがまだ子供だった頃はそんな事、欠片もわからなかったから。
 せめてほんの一度でもいい。たった一言でも頑張ったと誉めてもらえていたのならもう少しマトモな生き方もあったのではないかと、どうしても思ってしまうのだ。

 どんなに頑張っても、愛される事なんてない。
 それに気付いた時、芝浦の中で何かがぷっつりと切れてしまった。

 学業も運動も怠る事なく、教師受けを良くするため積極的に雑務を請け負う。
 教師連中を騙すためにそれだけしていればよかった。
 時に悪いと解っているコトも試してみたのは、父を試してみたい気持ちがあったからだ。

 自分を切り捨てるのか、それとも利用できる手駒として残しておくのか……。
 それを知りたくて、裏では誉められないようなコトに手を染めた。
 父は問題が公になるのを嫌い、大概の事件をもみ消した。そして「あまり面倒をおこすな」と咎めるだけだった。

 愛情ではなく、芝浦という家と企業を守るための言葉なのはすぐに理解できた。
 今なら多くの社員たちその生活を守るためにも当然の選択だったと分ってもいる。

 それでももしかしたら、自分のためにしてくれるのではないか。
 そう思って幾度か似たような悪事に手を出した事もあるが、全て徒労に終ったのだ。

 全てが自分のためではなく、もっと大きな存在のためにあるのだと理解した後も趣味程度なら絵を描いたりピアノを弾いたりするコトまで嫌いにならなかったのは、そうしていると気が紛れるからだったろう。

 夜になり、世間からは豪邸とも言われる家で一人過す時間を慰めるのに趣味の一つでもなければ気が狂いそうだった。

(……結局、全部無駄だったんだよな)

 ピアノを弾き終わり、一つため息をつく。足を留めていた聴衆からぱらぱらと拍手をもらったのは少しくすぐったい気がしたが、どこか心には穴が開いたような気持ちのままでいた。

「芝浦」

 その場から離れようとする芝浦の元へ真っ先にやってきたのは手塚だった。
 待ち合わせ場所に着いてはいたが、芝浦がピアノを弾いているのに気付き終るまで待っていたようだ。

「あ、手塚。ごめん、待たせちゃったかな」

 小さく手を挙げながら笑う芝浦を前に、手塚は頭を撫でながら言った。

「……改めて聞くと、おまえはピアノが本当に上手いんだな」
「えっ!? えっ……いや、手塚は雄一さんの演奏知ってるでしょ? ……俺なんかプロと比べれば趣味みたいなもんだし」
「あいつのコトを知ってるから、お前がこれまでよっぽど練習してないとあそこまでの演奏が出来ないのが分るんだ。お前は趣味程度といってたが……長く弾いてたんだろう? ……すごいな。なかなか出来る事じゃない」

 手塚は素直に認めてくれた。
 芝浦がこれまでどれだけ熱心にピアノを弾いてきたかを分ってくれた。

 ただ父親に誉めてもらいたくて取り組み続けていた習い事だ。
 とうとうその願いは叶うことがなかったが……。

「ははッ……手塚が誉めてくれるなら……俺これまでやってきたコト、全部無駄じゃなかったのかもね」

 ずっと優等生ではいられなかった。
 ここまで来るのに誉められないような事もしてきたと思う。
 半ば自棄になり、自分なんて誰にも愛されてもいなければ求められてもいないと斜に構えるようになり余計な事ばかりしてきた気がするが手塚に会えたのならその全ては無駄ではなかったのだと改めて思う。

 欲しい時に、欲しい言葉をくれる大切な存在。
 一生でそんな相手と巡り会えるのはきっと奇跡のようなものだろうから。

 その幸福を噛みしめて、愛しい男の手を握る。
 誰よりも何よりも欲しい言葉を心とともにくれる恋人の手は今日も暖かかった。

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