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インターネット字書きマンの落書き帳

   
狂ったヤマムムさんを抱くフレートくん(アルヤマ)
ヤマムラさんとアルフレートくんは心の灯火!(挨拶)

これは、ぷらいべったーで公開していた作品なのでひょっとしたら!
過去のブログで同じものを公開している可能性が……ある、かもしれないのですがッ……。
可愛いオレのすることだから何かまぁ、「また見れてラッキー」くらいに思っていただければ幸いです。

作品は、鐘の音を聞くと発狂してしまうヤマムラさんとそれを介護するアルフレートくんの話ですよ。
病みムラさんを飼うアルフレートくん、閉じた二人だけの関係、永遠に大好物です。

心の灯火!
とかいいながら風前の灯火みたいな話しているけどバグではなく仕様です!


『心狂わす甘美な音色』


 曖昧な記憶が、脳髄をかき乱す。
 自分は何を見て、何を聞いて、そしてどうしてここにいるのか、男は全てを思い出せずにいた。
 確か自分には大切な仲間がいた気がする。
 恩人とも呼べるほど心を預けられる相手がいて、そのために遠き地まで赴いた気がするのだが……。

 わからない、何も思い出せない。
 だが血の匂いはやけに懐かしく、肉を引き裂き悲鳴をあげのたうち回る獣を見る時、喜びに心が満たされる感覚だけは何とはなしに覚えていた。

 お世辞にも倫理的とはいえぬ行為で喜びを覚えるものだ。
 少なくとも以前の自分はそのような人間ではなかった気がする。獣を追うより鍬を握り畑を耕しているほうが性分にあっていたはずなのだ。
 弱者を嬲り愉悦に浸るなど、嫌悪する存在だったはずなのだ。

 だが、この世界ではそれで良い。
 この世界にある獣は弱きものではなく、傲慢なまでの力を振るい稚児のように泣きじゃくって暴れるむき出しの本能なのだから。
 絶大な力を持つ幼子の如き獣を狩るのは世界のためであり、世界とはすなわち夢であり、街だ。
 この街では獣狩りさえしていれば何人でも歓迎されるのだから。

 そう、狩人でさえあれば。

 男はおぼろげながら、自分の正体を思い出す。
 たしか自分は狩人だった。
 化け物を駆逐するため鉛色の街へと向かい、そして、そして……。

【直視した】
【深淵を】
【穢れを】
【あまりに深い】
【罪業】
【おまえは見た】
【魂に刻む】
【決して忘却する事なく】
【狂え】
【獣のように】
【呪い】
【獣がするように】
【呪われろ】
【呪詛により祝福されよ】
【愛されよ】
【深淵に】
【観測されし無知】
【おまえは】
【見つかった】
【おまえを】
【見つけた】

 脳髄を無数の言葉がかき乱す。
 感情の混沌、言語の坩堝が混沌が身体を支配し、自分の理性が内へと溶けて失われていくのがわかる。

 ベッドの上で身をよじり自分の頭をかきむしれば僅かな痛みだけが実感として身体に残る。
 もっと激しく動かなければいけない。もっと痛みを感じなければ、すぐにでも自分が消えてなくなりそうな気がした。
 理性を取り戻さなければ、自分を見失ってしまう。脳髄に焼き付いて離れないこの呪われた澱みを身体から消し去らなければ、自分が自分である痕跡はすぐさま消えてしまうのだろう。

 いや、もう消えているのかもしれない。
 自分の名前も思い出せないだせず、ただ狩人という言葉にぼんやりしがみついているだけではないか。それはもう、自分を失ったようなものではないか。
 疑念が胸を突き上げ、すぐさまそれを否定する。
 気をしっかりもたなければいけない、そう思ってしまったら濁流にのまれるよう一気に自分を見失ってしまう。
 今、自分は冷静だ。
 さっきまでは澱みに溺れていたが、今は理性を取り戻そうとしている。

 あと、少し。
 あと少しで自分が何者だか思い出せそうな気がする。ここがどこなのか、自分が何処で何を見て今のような状態にあるのか、それさえ分からなかったが、それが分からない事の異常性に気付く事ができているのならまだ、きっと戻れるはずだ。

 そう思う男の耳に、鈍い鐘の音が響いた。
 聴覚から五感を支配する鈍い鐘の音は、彼の細い身体全体に見えざる痛みを響かせる。

 脊髄に熱した鉛を流し込まれたような激痛が身体全体を突き抜けていく。
 現実の痛みではない、存在してないはずの痛みだ。怖れるものではないと頭のどこかで分かっていたが、鈍い鐘の音は理解や理性を軽々と飛び越え駆逐しながら現実味のない苦痛を男の身体に響かせた。

 痛い。
 ただ痛く、苦しい。

 身体が捻れ異質なものへと変貌していく恐怖が身体を包み込む。
 生きるための縁をもとめ手を伸ばした光が自分の心に陰を落とし、より強い孤独が紙魚のように心を食らい尽くす。
 助けが欲しいと手を伸ばすが伸ばした手はすでに人の形をしておらず、触れるものすべてが砂のように崩れていく。

 誰も助けてはくれない。
 誰も抱きしめてはくれない。

 世界に絶望しかなうのなら、全てをわすれてしまいたいと願う。
 自分の見たもの聞いたもの全てを頭の中から追い出せば、深淵のような孤独も呪詛のような血のにおいも全て消えてほしい。
 鈍い鐘の音を、一刻も早く誰かに消し去って欲しい。
 それが出来ないのなら早く誰かに殺して欲しい、死んでしまえば身体中の神経に絡みつき這いずり回る虫のような痛みも消えてなくなるのだろうから。

 様々な願いが脳髄の中でシェイクされ、彼は踊るよう身体を捻る。
 その痩躯をかきむしれば、ボロボロの爪ははがれ周囲が赤く染まるのだけが辛うじて見えた。

 体力尽きる程に暴れ狂った後、ぐったりとその身を床へ預けていた。
 腕も、足も、見える範囲にある身体全ては傷つけられ乾いた血がへばり付いている。
 自分でやったのは理解していたが、馬鹿馬鹿しい事だとも愚かな事だとも思えなかったのは身体を汚染する筆舌しがたい痛みや苦しみ、孤独、憎悪、その他様々な負の感情を排出するには身体を傷つけ穴を開けるしかなかった。
 少なくとも今の男にはそれしか方法が思いつかなかったのだ。
 力の限り身体を傷つける事でだけ安らぐ事ができていた。命を削る痛みより、鐘の音とともに流れ込む存在しない苦痛のほうが彼にとっては絶望だったのだ。

「ヤマムラさん……」

 やがて大きな手が、床で眠る彼へと伸びる。
 彼はまるで生まれたての雛でも扱うように優しくその身体を抱きしめると、椅子に座らせその傷だらけの身体を丁寧に丁寧に拭きはじめた。

「またこんなに身体をかきむしって……痛かったでしょう、ヤマムラさん」

 男はこたえず、虚ろな目を向ける。
 ヤマムラと呼ばれたが、それが自分の名前なのかどうかも判断がつかなかったし、今は理性が彼方へと向かい人間として言葉を発する事が出来ない状態だったからだ。
 だが目の前の青年はそんな事お構いなしに、傷だらけの男を優しく包み込むよう手当しはじめた。

「こんなに爪がボロボロになるまで身体を傷つけて……何と痛ましい事でしょう」

 丁重に包帯を巻くと、彼はすでに爪のない指先へそっと口づけをした。

「身体全体、もう皮が全部めくれてますよ。ヤマムラさん……かわいそうに……」

 全身に丁寧に薬を塗り込み、赤く腫れた身体にガーゼをあてる。
 そして血とかさぶたで汚れたシーツを新しいものに取り替えると、再びヤマムラを抱きかかえゆっくりとベッドに寝かせた。

「……大丈夫ですよ、ヤマムラさん。幾度狂っても、幾度穢れても。私がそばにいて、ずっとずっと。こうしてなおしてあげます。こうして綺麗にしてあげますから、ね」

 ヤマムラの瞳は、ようやく青年の姿を認識する。
 うすい金色をした柔らかなくせ毛に、彫像のような美しい顔立ちの青年だ。
 彼の事は知っている、確か名前は……。

「アルフレート……」

 乾いた唇で彼の名を呼べば、喜びに満ちた笑みを浮かべアルフレートは微笑む。
 そして静かに唇を重ね、彼の舌を慰めた。
 優しく舐る唇の、何と慈悲深い事だろう。 未だ内包した穢れは少しだって外に出ていないのに、アルフレートは自分にこんなにも優しく尽くしてくれる。 その温もりはヤマムラから僅かだが苦痛と孤独とを薄め、彼はさらに温もりを求めるようか細い腕でアルフレートを抱きしめた。

「アル、アル……アルフレート、おれ、俺は……」

 何か言いかけるヤマムラの言葉を、アルフレートはキスで止める。

「いいんですよ、ヤマムラさん。ずっと私が守ってあげますから。ずっと私がその穢れを綺麗にしてあげますから。ずっと、ずっと……ずっと私がそばにいますからね」

 この青年は、救いだ。
 穢れを内包し鐘の音に支配された狂人にとって、最早すがれる相手は彼だけなのだ。

「……今日もいいですよね、ヤマムラさん」

 激しいキスの後、その手は深く彼をベッドに押し沈める。
 求めているのだろう、この身体を。
 彼の献身からすると小さすぎる代償だ。むしろ、こんな老木のような身体で良いのなら好きなだけ抱いてくれればいい。

「あぁ……君の好きにしてくれ……」

 半ば傀儡となっていたヤマムラだったが、彼なりに精一杯考えてせめてもの愛情をこめ言葉を紡ぐ。
 自分を守り、支え、愛してくれるこの青年に自分が差し出せるのは、この穢れた身体だけだったから何も惜しむものはない。むしろこの身体に広がる焼け付くような孤独を埋めてくれるのなら、どれだけ救われる事だろうか。

「愛してます、ヤマムラさん」

 それに、アルフレートがそれで満足してくれるのなら、本望だ。
 自分が差し出せる唯一残された身体とひとかけらの愛情を与えられる相手が良く知るこの青年で本当によかった。
 アルフレートはヤマムラの身体と残された僅かな理性、その全てを貪るように今日も激しく彼を抱く。

 その向こうには、重々しい鐘がぶら下がっていたのをヤマムラは見る事なく意識は深く沈んでいった。

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東吾
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