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インターネット字書きマンの落書き帳

   
赤くて冷たい金糸雀は解けて狂うが金の籠(ヤマアル)
アルフレートくんに対する感情は「崇拝」なのではないか?
(挨拶)

それでも、ヤマムラさんといた時。
二人の間にあった絆は「愛情」だったと思いたいね!
(挨拶を兼ねた幻覚の説明)

今回は、アルフレートくんを喪い、その遺髪を眺めて物思いに更ける。
そんなヤマムラさんの話です……よ!




『赤い金糸雀』

 もうすぐ日が落ちようとしている。
 茜色に染まった夕日に、ヤマムラは金糸のような毛髪を透かすように眺めていた。

 一束にまとめた金糸のような毛髪は、アルフレートの遺髪であった。

 姿を消してから暫く後、斃れているアルフレートの身体をヤマムラは見つけてしまったのだ。
 彼の亡骸を野犬や獣が食い散らかしていなかったのは僥倖と言えただろう。
 だが、その死をヤマムラが見届けてしまった事は幸運といえたかは分らなかった。

 自分に何も告げずにアルフレートが姿を消した時、ヤマムラはもう生きて彼と会う事はないというのを察していた。
 アルフレートには成すべき使命があり、その使命は彼の全てであったのだから。
 それを知った上でヤマムラは彼のため、一時の宿り木になるのを選んだ。

 限りなく清らかに歪んでいる、危うさと脆さを抱えていたアルフレート。
 彼に寄り添おうと思ったのは、その姿が美しいと思ったからか。それともある種の同情からか。若さ故に全てを投げ打っても賭したい事があるというのが羨ましかったからか。
 自分の事ながら、どんな気持ちが強くて彼に接していたのかは今でもヤマムラにはよく分っていなかった。

 だが、愛していたのだけは間違いない。
 彼に寄り添い、彼と共に過した時間を振り返った時に温もりがより強いのが何よりもそれを物語っていた。

 いずれ自分の元を去るのは分っていた。
 だがその死を見る事がなければ、ヤマムラはずっとアルフレートはどこかで血族と戦っているのだろうと。師の名誉を取り戻すために、今もどこかで戦っているに違いないと。そんな願いに逃避する事が出来ていたはずだった。

 だが、彼は見つけてしまったのだ。
 氷のように凍てついた物言わぬ屍を。

 もし彼の亡骸を見つける事がなかったら、ヤマムラはきっと願いの中で生きたアルフレートの面影を籠に閉じ込め眺めている事も出来たのだろうが、運命はヤマムラが夢を見る事を許そうとはしなかった。

 骸を見つけた時はひどく狼狽えた。
 その顔を見た時、当然のように涙が零れた。

 そしてヤマムラはヤーナムの冒涜的な埋葬ではなく故郷のやりかたでアルフレートを弔うことにした。
 本当ならば処刑隊の流儀で弔ってやるのが正しいのだろうが、生憎処刑隊がどのような葬儀や埋葬を行なうかわからなかった事と、埋葬くらいは自分の流儀でやる事で少しでもアルフレートの残り香を手元に置きたいと思ったからだ。

 あるいは処刑隊というのは、埋葬も弔いもないのかもしれない。
 血族を狩りに出て誰も買えってこなかったのだから……。
 アルフレートを埋めた時、漠然とそんな事を考えていたのだけは覚えている。

 手にしているのは、その時に残した遺髪である。
 西日に透かした遺髪は、元より色素の薄い金色の髪を陽光の色に染めていた。

 ヤマムラは、これまで多くを置いていき、置いて行かれた人生を送っていた。
 故郷を離れて過し、恩人に先立たれて、復讐を終えた後は抜け殻のようになって、辛うじて連盟のもつ任務に縋り生きながらえていた。
 それを考えると彼は、捨てては見送るばかりの人生だったと言えるだろう。

 だが不思議と、アルフレートに対しては「置いて行かれた」という気持ちはなく、また彼を見送ったという気持ちも乏しかった。
 同時にヤマムラは、自分が死んだその先にアルフレートが待ってくれているとも思っていなかったし、それを望んでもいなかった。

 それはきっと、元よりアルフレートの事を「自分のもの」だとは思っていなかったからだろう。

 故郷の風習から、神というものを信じているという訳ではない。
 だがもし、神というものが存在するのであればそれはきっと、アルフレートのような人物が心に作り出した導きであり輝きの事を言うのだろう。

 そういった意味で、アルフレートは最初から神のものであり自分のものではなかったのだ。
 彼の死を知り、悲しみはしたが置いて行かれたとか見送ったといった感情が存外に薄いのは、そういった思いがあったからだろう。

 そして今、この手にある遺髪も自分の手元にこそあるがあくまでこれはただアルフレートの身体から別たれた一部というだけ。
 彼の肉体も心もその全ては、彼が見出した輝きの中にしか存在しないのだから言うなればこの遺髪は抜け殻のようなものである。

 彼は死んだのではない。
 蝶が芋虫から蛹を経て羽ばたくように、あるいは蝉が土から這い出て空に向うように、人間の器を出て輝きへと飛び立っていったのだ。

 血と獣と狂気の円環から出るには彼のようにその身を捨て、ある種の神域へ飛び立つ覚悟がないといけない。
 ヤーナムはきっと、そういう所なのだろうから。


 それでも遺髪を捨てられないのは、アルフレートの面影を手元に残していたかったからだろう。
 何かを残しておかなければ、彼の存在そのものが陽炎か幻だったように思えてしまったからだ。

 アルフレートは幻影ではない、一人の人間であった。
 その証として、遺髪を手にしたつもりだったが……。

(……何故だろうな、日に日にアルフレートとの記憶が曖昧になっていく)

 抜け殻を懐に収め、ヤマムラは夕日を眺める。
 沈み行く夕日はいま、光と闇が混ざり合いそして消え行こうとしていた。

 おそらくは、自分は長くないのだ。
 命ではなく、狩人・ヤマムラとしての自我を保てる時間の刻限が迫っているのだろう。

 このヤーナムであまりに血を浴び、獣を狩りすぎてしまったから。
 普段から隠している左目に触れる。
 この目を隠すようになった理由は一つ。鏡を見た時、その瞳孔が溶けて虹彩と混ざり合おうとしているように見えたからだ。

 アルフレートと過していた頃は自分の目の異様さをすっかり忘れていたのだが、今になってやけに片目が疼いていた。

(人間としてのよすがをもう、喪ってしまったのだから正気でいる理由もないか……)

 それならば、せめてまだ彼の記憶があるうちに行くべきだろう。
 片目がすでに溶けている自分なら、行き着く事が出来るはずである。

 狂乱の狩人たちが集うという、「狩人の夢」の世界へ。
 その鍵は幸い、自分の手の中にある。

「アルフレート……キミが永遠に手の届かない輝きの向こうへ行ってしまったというのなら、俺はキミを覚えているうちに深淵の彼方へ行こうと思う。きっとそこで俺はもう、俺ではなくなってしまうだろうが……」

 最後に覚えている人間が。最後に愛した相手がアルフレートであるのなら、きっと自分は幸福だ。

 アルフレートの死を知り、夢に逃避するのを断たれたヤマムラに残された希望は、愛した相手の記憶をもって永遠に狂うこと。
 ただもうそれだけが、彼の選べる幸福の完成形だったのだ。

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