インターネット字書きマンの落書き帳
自分の事を大切にしてほしい人と、大切が分らない人(ヤマアル)
自分の事を大切にしろと言われても、どうしていいかわからないよ!
そんなアルフレートくんの話です。
ヤーナムの人々は、狩りが全て……。
みたいな所があるから「自分を大事にする」という生き方とは無縁そうだよね。
と思って書きました。
みんなは自分のことを大事にして生きてくれよなッ!
大事にしないと、ケツが切れたりするぞ!
そんなアルフレートくんの話です。
ヤーナムの人々は、狩りが全て……。
みたいな所があるから「自分を大事にする」という生き方とは無縁そうだよね。
と思って書きました。
みんなは自分のことを大事にして生きてくれよなッ!
大事にしないと、ケツが切れたりするぞ!
「幸福で、だから大切な一瞬」
自分の事も大切にしてくれ。
それは昨日、狩りの最中にヤマムラに言われた言葉だった。
獣を視認すると同時に、自然と身体が動いていた。
ヤマムラの方が獣に近かったが、だからこそ先に狙われると思い自分の身を挺して庇おうと無意識に走り出していたのだ。
結果としてはヤマムラの方が先に獣を切り伏せていたのだが、アルフレートがしようとした事の意味はヤマムラにも理解できたのだろう。
『俺を庇おうといち早く駆け出してくれたのは嬉しいよ。だけど、あの場にキミが前に出たらかえって危ないだろう? ……俺にキミを切らせるつもりだったのか?』
勿論そんなつもりはなかった。
だが結果的にはそうとられてもおかしくないような動きをしていただろう。
獣からヤマムラを庇おうとして、彼の間合いに入ってしまう所だったのだから。
『俺の事を気遣ってくれるのは嬉しい。だけど、もっと自分の事も大切にしてくれ』
呆れたようにヤマムラはそう告げる。
だがその『自分を大切にする』という感覚が、アルフレートには理解できなかったのだ。
そも、このヤーナムは獣狩りが全てにおいて優先されるような街である。
獣と対峙しそれに打ち勝つ狩人は恐れられると同時に羨望も浴び、狩人でさえあれば生まれや育ちは関係なく迎え入れられる。
例え人間扱いされないような穢れた血筋であったとしても、己を犠牲にするのを厭わず狩りさえ続けていれば、この街では人並みに扱われるのだ。
誰からも蔑まれる事もなく。
唾を吐きかけられ、罵倒を甘んじて受ける事もない身になるには、己を差し出すのが最も手っ取り早く、この身を犠牲にせずとも生きていられるのは人並みの生活というのを諦めた落伍者か、金持ちか、生まれた時から恵まれた生活が決められている人間たちだけなのだから。
だから、考えても分らなかった。
自分のことを大切にするというのは、どういう事なのだろう。
身体を大切にしろという事だろうか?
そうであればアルフレートはそれを果たす事はできないだろう。血族を狩り、この街をより清潔にするためにも己に過度な程の鍛錬を課し、腕を鈍らせないために獣狩りを行う事もあるのだ。傷ついた時は医療教会由縁の輸血液や鎮静剤、得体の知れないものを練り込んだ丸薬さえ口にする事がある。
身体を大事にしているとは、到底言い難い。
それならば、自分を偽らず正直に生きる事だろうか?
血族の女王・アンナリーゼが居城に趣くため、アルフレートはいつも偽りの笑顔が張り付いていた。この物腰柔らかなしゃべり方も、優しい声色も全て相手を警戒させないために身につけた演技だ。彼なりの処世術といえばそうなのだろうが、内に秘めた本当の自分とは大きく違っている。
己を偽らずに生きているのかと聞かれれば、答えは否だ。
だがそうしなければ、目的を果たせないのだから仕方ない。
アルフレートの生きる目的と、自分を大切にするという事はどう足掻いても無理なような気がした。
「どうした、アル。呆けている風に見えたが、考え事か?」
その時不意に、ヤマムラに声をかけられた。
ここはヤマムラの部屋で、今は夕食を終えしばしの休息を得ている時である。
昨日ヤマムラに言われた事について少しだけ考えていたつもりだったが、自分でも思いの外、深く考え込んでしまっていたらしい。
「いえ。あの……私は。ヤマムラさん、自分を大切にして生きるというのは……どういう風にすれば良いのでしょうか」
胸に秘めているつもりであったがつい口から出ていたのは、自分ではその答えに行き着けない気がしたからだろう。
「私は……あまり、今まで我が身を省みるような事はしてこなかったので……自分を大切にするという感覚が、良く分らないのです。自分を大切にしようと思うと、臆病者に見られたり、粗暴で横柄に思われたりするのではないかとも思いますし、自分ばかり大事にしていたら、私の成したい事が出来ないような気がして……」
つい饒舌になるアルフレートを前に、ヤマムラは呆気にとられた顔をする。
かと思うと小さくため息をついてから、思案するように口元へと手を当てた。
「そうか。そう……だな。キミはこのヤーナムで育ってきたのだから……あるいは、そういった価値観が存在しないのかもしれないな……」
そして顔を上げると、穏やかに笑って見せる。
「アル、自分を大切にするというのは、自分を甘やかすのとは少し違うんだ。何というのか……自分が誰かにとって大切な存在であるというのを認める、とでも言うのか。自分が価値のある人間だというのを、自分自身で認めるような肯定力の事だな」
「私の価値を、私が認める……?」
「あぁ、俺はキミの戦い方を見ていると無鉄砲すぎる位で……まるで自分の命なんて道ばたの石ころ程度の価値しかないような、そんな風に見えて、酷く不安なんだよ。俺は、キミに少しでも長く生きてほしいし、少しでも傷つかずに過ごして欲しいと思っているからね」
ヤマムラの言葉を、アルフレートは頭の中で反芻する。
自分の価値を認めるとは。傷つかずに過ごして欲しいとは。
アルフレートの価値はアルフレートの中にはない。
ローゲリウス師の言葉がアルフレートにとってただ一つの価値あるものだ。
そのために自分の身を省みず闘う事が、ヤマムラには不安に見えるのだろうか。
「……やはり、分りかねます。私にとって大事なのは師の言葉で……師の言葉を示すために、私はあるのですから」
はっきりと告げるアルフレートを前に、ヤマムラはまたため息をついた。
呆れられたのだろうか。そう思ったが、ヤマムラは仕方ないといった顔をアルフレートへと向けた。
「あぁ、そうだろうね。キミはそういう男で、俺はそういうキミが好きなんだから」
「す、きっ……って、ヤマムラさっ……何ですか、急に……」
「そうだな……キミが自分を大切にする方法が分らないというのなら、俺の所に来てくれないか? ……キミが自分を大切にできない代わりに、俺がキミを大事にしよう。飴細工を扱うように優しく触れて、慈しむような甘い言葉をささやけるよう善処するから」
そこまで言い、ヤマムラは少しはにかんで笑って見せる。
「いや……流石に今のは気障すぎたかな? 正直なところ甘い言葉というのはあまり心得ていないから、キミが望む言葉を囁く事が出来るのか。そこはちょっと自信が無いんだが……」
だが、アルフレートは嬉しかった。
自分を大切にする方法は分らない。だが、自分を大切に思ってくれる人がいる事がこんなにも幸福な事だと思ってもいなかったから。
「だったら、今。私をたいせつに、してください。貴方の手で触れて、あなたの言葉で私を優しく包み込んで……」
アルフレートは自分からヤマムラに抱きついて、その胸へと顔を埋めていた。
これでは自分から甘えに行っているようで少し恥ずかしい気もしたが、ヤマムラはさして困った様子も見せず、そのまま彼を抱きしめる。
「あぁ……大切にする。大切なキミだから……俺の腕の中で少し留まっていてくれ。キミが、キミの幸せを感じるまで俺はずっとこうしているから……」
ヤマムラの静かな心音を確かめながら、アルフレートは微かな体温を感じる。
それは彼の一生でほんの僅かな安らぎの時であったがそれでも幸福で、だからこそ大切な一瞬であった。
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