インターネット字書きマンの落書き帳
重い男がまた大事故をおこしている話です(手芝・みゆしば)
平和な世界線で普通に付き合ってる手塚×芝浦の話を書くものです。(挨拶)
今回の話は、「もし手塚と別れる事になったらやだやだ、寂しいな……」とふと思って、急に湿っぽく、重たい話をしはじめる芝浦と、「はぁ? 別れないが?」みたいな顔をする手塚の話ですよ。
過去の作品のサルベージ、メモ書きに残してあったぶんは大体終わったので……。
これからは、他の場所に書きためておいた奴がおだしされると思います!
作品がある限りずっと出し続けるからよろしくな……!
今回の話は、「もし手塚と別れる事になったらやだやだ、寂しいな……」とふと思って、急に湿っぽく、重たい話をしはじめる芝浦と、「はぁ? 別れないが?」みたいな顔をする手塚の話ですよ。
過去の作品のサルベージ、メモ書きに残してあったぶんは大体終わったので……。
これからは、他の場所に書きためておいた奴がおだしされると思います!
作品がある限りずっと出し続けるからよろしくな……!
『一番愛した男』
手塚がソファーに座るのを待ちかねたように芝浦は彼の隣に腰掛けると、その膝を枕代りにしてごろりと横になる。
今日の芝浦は手塚の部屋に入ってからも殆ど喋らず、声をかけても生返事ばかりだったのだが、大学で何か嫌な事でもあったのか、あるいは疲れているのだろうか。
手塚はそう思い黙って芝浦の頭を撫でてやれば、芝浦は幾分か落ち着いたのか最初はどこか緊張したように頭を乗せていたのだが、少しずつ身体の力が緩み手塚の膝に全てを委ねるようになる。そうしてしばらく撫でてやるうち、芝浦は天井を眺めながらぽつりぽつりと話しはじめた。
「何かさぁ……最近、俺思うんだよね。もし俺と手塚が別れる事になったらさ……俺たちの間に、何か残るような事ってないんだよなぁ……って」
何を言っているのだろう。
その意味を計りかねるよう芝浦を見つめれば、彼は目を閉じ、訥々と話始めた。
「俺たちさ、聞かれないから回りには特に付き合ってるのは言わないようにしようって事になってるじゃん? だから俺は今まで誰にも手塚の事話してないし、手塚も特に聞かれてないなら誰かに話してないだろ?」
「そうだな、俺は特にそういった事を他人に聞かれた事はないからな」
「俺も聞かれてないから言ってないって手塚には伝えていたけどさ……ホントの事いうと、俺って今恋人いるのかとか、大学で結構聞かれてんだよね。ほら、学生ってそういう話するの好きな奴って多いじゃん?
でも俺さ、今は恋人とかいないし興味ないって適当に濁してんだよね。
あー……別に、手塚の事隠したいとか。手塚と付き合ってるの恥ずかしいと思ってるとか……そういう事じゃないんだ。
むしろ手塚は俺の自慢なんだよ。だけどさぁ……恋人いるとか言うと、やれ彼女とセックスしたのがどうのとか、彼女の写真見せろとか、結構そういう事も言われるワケじゃん?
俺あんまりそういう話人にしたくないし……正直言うとさ、手塚の事は本当に好きなんだけど、手塚の事を学校の連中に知られるのちょっと怖いんだよね。
だってさ、あいつらちょっと人と違うとそれだけで見下したり……変な目で見られたりするワケじゃん?
手塚の事好きだってだけで、あいつらに気持ち悪がられたり、下に見られたりするのも癪に障るし、興味本位でアレコレ聞いてくる奴とかも絶対いるだろ。
そういうのに煩わされたり振り回されたりするのって面倒だなーと思ってたし、他人を振り回すのは好きだけど誰かに振り回されるのって俺の信条に反するからさぁ。
……だから誰にも言ってこなかった訳なんだけど、時々それってスゴイ空しいっていうのかな。
もしこのまま俺たちが別れたら、誰も俺たちが付き合ってた事なんて知らないで……誰の記憶にも残らないで、消えていくような感じがしてさ。
それって何か結構、寂しいってか……辛いってか……よくわかんないんだけど。
俺たちって、別れたら何も残らないのかなって思ってさ……」
芝浦の髪に触れながら、手塚は静かに目を閉じる。
周囲に聞かれないのなら、こちらも言わなくてもいい……確かに芝浦にはそう伝えていたし、お互いそれで納得しているものだと思っていたのだが、実際の所芝浦の方は芝浦は公言しないといより公言できないという気持ちが大きく、誰にも言えないという事実に人知れず苦しんでいたのだろう。
手塚は会社勤めをしている訳ではなく、一日に出会う人間の殆どは行き過ぎていく客ばかりだ。他人にも時間にも縛られる事のない、世間一般からすればかなり自由が効く仕事をしていると言えよう。
それ故に他人との関係に煩わされる事もなければ理解しあえない相手と無理に付き合う必用もなく、他人と距離をおく事は簡単にできたし、孤独でいる事にさしてデメリットもない立場であった。
だが芝浦は違う。
価値観の多様性を認めるような時流にはなりつつあるが、大学という集団の中で生活する限り理解しあえない相手とも接しなければいけないし、気に入らない相手を前にうまく立ち回る必用も多いはずだ。
そういった中でマイノリティに回るという事は、メリットよりデメリットの方が大体の場合大きいものだ。
それは手塚も痛い程に経験してきた事だから、言えなかったという事に対して芝浦を責める気持ちは毛頭ない。
そもそも聞かれなかったから言わないといったスタンスも双方できちんと話し合って決めた事ではなく、何とはなしに流れでそうなっていっただけの所があり、手塚にとっては単純に「わざわざ他人に説明する煩わしさは避けたいから、聞かれないなら言わなくていい」という意味合いで言ったつもりであった。
そしてそのスタンスはあまり深い人付き合いを必用とはせず、どこかの会社にも属してはいない手塚の立場であるなら「聞かれなければ言わない」という事は実質「言わなくても良い」という事になっていたのだが、多くの人付き合いがある芝浦は実際に聞かれる事があり、実際に聞かれるという事は本来なら言うべきタイミングがあるという事なのだ。
そしてそのタイミングが来た時に、あえて言わないでおくという事はは嘘をつく事であり、嘘をつく事は人に罪悪感を植え付ける。
芝浦は気まぐれで嘘つきだ。手塚の前でも必用のない嘘をついて悪戯っぽく笑って見せる事も多い。
だが彼の嘘は他人を欺くための嘘であり、他人を翻弄して自分が楽しむための嘘が多い。
他人を弄ぶために嘘と自分の秘密を隠すための嘘とは嘘の質が違う。例え呼吸をするように嘘を吐ける男であっても種類の違う嘘をつく時は後ろめたさを覚えるのだろう。
「そうか。そうだな……ちゃんと、お前とは話しておいたほうがよかったか……」
手塚は芝浦の頬を撫で、その指先で唇をなぞる。
その仕草を芝浦は、どこか呆けたように見つめていた。
「俺が『聞かれなければ言わなくてもいい』と言ったのは、俺自身が誰かにそういった事を聞かれる事が無い立場だから出た言葉だったし、俺とお前の関係を嫌悪するような輩とは付き合う必用がない立場だったから出た言葉であって、あくまで俺の都合に良いからそう話していたんだが……実際に誰かに聞かれる立場にあるお前を事情までは慮る事ができていなかったな」
芝浦は相変わらず、視点の定まらぬままどこかを見上げている。その目が手塚を見て居るのか、それとも天井を眺めているだけなのか判断はできなかった。
「言い方を変えて伝えておこう……聞かれなければ言わなくてもいい……ではなく、『言いたくない相手には、言う必用はない』と、言うのが俺の気持ちに一番近いだろうな。『聞かれても言いたくなければ言わなくていいし、言ってもいい相手には教えてもいい。自由にしていい』と言うべきだったんだ。それならお前も、嘘をついていると思う必用もないだろう」
少しでも正しく気持ちを伝えておこうと言ったつもりだったが、芝浦は返事もせず相変わらず何処を見ているのかもわからない様子でただぼんやりとしている。
「あぁ……そうなんだ。それなら……これからも、別に言う必用って無いんだな……」
辛うじてそう呟く芝浦の言葉は、やはり力なく普段の挑発的な態度は微塵も見られない。
誰かに黙っている罪悪感からそんな事を話しだしたのだろうと思っていたし、実際にその事に対して後ろめたさも感じていたのだろうが、それと同じくらいに不安に狩られているのだろう。
もし手塚と別れる事になったら、自分たちの間には何も残らないのではないか。
その「もしも」という仮定が芝浦を不安にさせているのだ。
そして芝浦の感じる通り、恋人同士である今は良いが、それが終った時に自分たちの関係は多くに知られる事もない密やかなものになるのだろう。
思い出は自分たちの中に存在するが、誰かに対して何かを残すという事を積極的にしている訳ではないのだから「誰かの中に残っていく」という事は、きっと殆どないはずだ。
自分たち以外の誰にも知られないという事実は、お互いがいなくなり忘れていったら誰の記憶にも残らないという事でもある。
きっとその共有できる思い出の少なさが、過ごした時間全てが虚空に消えていくような気持ちになり芝浦を不安にさせてしまうのだろう。
周囲にいる普通の恋人たちが当たり前のようにデートの話をし、写真をとり、それを周囲に見せて話して聞かせる姿を目の当たりにすれば、そんな思いに狩られても不思議ではない。
「それに、別に誰も知らない関係というワケでもないだろ。城戸は知ってるしな……」
以前、城戸がいる事に気付かず彼の前でキスをした事を思い出す。あれを見られのは事故のようなものだったが、幸い城戸は特に嫌悪感を出す事もなければ偏見をもつ事もなく、以前通りに接してくれていた。
「まぁ、確かに城戸は……知っていてくれてるけどさ……あいつにはあんまり、そういう話してないんだよね……」
芝浦は相変わらず虚ろなまま、消え入りそうな声を漏らす。
これは、城戸が比較的に粗忽な性格で芝浦の意志に反して思わぬ所でいらぬ話をする可能性があるから、迂闊に話せないという理由も少なからずありそうだった。
話せる相手が限られている。
そして、幸福な時間はいつま続くか分らない。
いずれ別れがきたら、自分の過ごしてきた時間が全て消えてしまうのではないか。そう思わずにはいられないのだろう。
「本当に俺たちが別れた後に何も残らないとでも思っているのか?」
手塚は芝浦の手を握る。
芝浦の手は糸が切れたように動かなかったが、その腕からは微かな鼓動が感じられた。
「それなら安心しろ。俺はもしお前と別れる事になっても、きっとお前の事は死ぬまで忘れない。お前ほど愛せる相手は、多分俺の前にはもう現れないだろうからな」
手塚の言葉に、芝浦は微かに笑って見せる。
それは普段見せる無邪気な笑顔とも挑発的な笑顔とも違い、哀しみに満ちていた。
「……何いってんだよ、おまえすごいモテる癖にさ。手塚はカッコイイから……俺なんかいなくても、すぐに別の相手が現れるだろうし。俺とは違って女の子でも大丈夫なんだろ?
……女の子を好きになれば、回りに祝福されて、結婚して、子供できてって。そういう時間を過ごしているうちに、俺の事なんか忘れちゃうって」
それは時々芝浦が言う事だった。
物心ついた時から恋愛対象が男性だった芝浦にとって、元々異性も愛せる手塚のような存在はいずれより恋愛面において障害の少ない異性に惹かれ去って行くのではないかという不安はいつもつきまとっているのだろう。
「お前が思ってるほど、俺は誰かに好かれるような男じゃないさ」
「……嘘ばっか。そんなカッコ良い癖に」
「嘘じゃない……付き合いの悪さはお前も知ってるだろう?
それに……感じるんだ。俺にとってお前が一番情熱を傾ける事が出来る相手であり、お前だけがそれを受け入れる事が出来る相手だとな」
そこで手塚は微かに笑いながら芝浦の胸へと手を置いた。
「わかってるだろう? 俺は重い男だからな。俺に付き合い切れる奴なんて、きっとお前くらいのものだ」
その笑顔を見て、芝浦もようやく笑って見せた。
「……そうだった。手塚って、すっごい重い男だったよね。まぁ、それは俺も一緒なんだけどさ」
「やっと気付いたのか?
俺がどれだけ愛しても愛しても、まだ足りないと言って求めてくるのは今まででもお前だけだったからな。
あぁ……だが本当に、俺を過去の男にはしないでくれよ。お前がどうして別れた時の事なんかを考えたかは知らないが、今もこれからも、俺はお前を手放すつもりは微塵もないからな」
そう言いながら再び手を握れば、今度は芝浦も強く手を握り返す。
「俺だって、あんたの事簡単には逃がしてやらないからね」
「いい返事だ。それならもっとお前の事を束縛してもいいか? ……本当にお前に逃げられたら困るからな」
「全然オッケーだけど? ……逃げられないよう縛り付けて、何なら首輪でもつけてくれる? 俺はそれでもけっこー幸せだよ」
虚ろだった目に、僅かだが光が戻る。
芝浦の求める愛は執着、偏執、盲信、それら全てが混ざった限りなく一途で重い愛なのだろう。そして手塚が与えられる愛もまた、そのようなものなのだ。
「だったら失うような妄想に囚われるな。俺はお前を手放すつもりはないし、お前だって俺を逃がしてくれはしないんだろう?
分かっているな。俺たちは似たもの同士だ。俺はお前を忘れはしないし、お前に俺を忘れさせもしない。何も残らないなんて事はない……心配するな。残してやる。お前の身体にも、心にも。たっぷりと、俺という名の傷痕をな」
手塚は僅かに口角だけあげて笑うと、芝浦と唇を重ねる。
芝浦は手塚の身体を求めるよう、慈しむように抱きながらその唇を受け入れた。
いつか何かの理由で別たれる事があったとしても、互いの思いが決して消えないように願いを込めて。
例えその思いが深い傷となって刻まれたとしても。
手塚がソファーに座るのを待ちかねたように芝浦は彼の隣に腰掛けると、その膝を枕代りにしてごろりと横になる。
今日の芝浦は手塚の部屋に入ってからも殆ど喋らず、声をかけても生返事ばかりだったのだが、大学で何か嫌な事でもあったのか、あるいは疲れているのだろうか。
手塚はそう思い黙って芝浦の頭を撫でてやれば、芝浦は幾分か落ち着いたのか最初はどこか緊張したように頭を乗せていたのだが、少しずつ身体の力が緩み手塚の膝に全てを委ねるようになる。そうしてしばらく撫でてやるうち、芝浦は天井を眺めながらぽつりぽつりと話しはじめた。
「何かさぁ……最近、俺思うんだよね。もし俺と手塚が別れる事になったらさ……俺たちの間に、何か残るような事ってないんだよなぁ……って」
何を言っているのだろう。
その意味を計りかねるよう芝浦を見つめれば、彼は目を閉じ、訥々と話始めた。
「俺たちさ、聞かれないから回りには特に付き合ってるのは言わないようにしようって事になってるじゃん? だから俺は今まで誰にも手塚の事話してないし、手塚も特に聞かれてないなら誰かに話してないだろ?」
「そうだな、俺は特にそういった事を他人に聞かれた事はないからな」
「俺も聞かれてないから言ってないって手塚には伝えていたけどさ……ホントの事いうと、俺って今恋人いるのかとか、大学で結構聞かれてんだよね。ほら、学生ってそういう話するの好きな奴って多いじゃん?
でも俺さ、今は恋人とかいないし興味ないって適当に濁してんだよね。
あー……別に、手塚の事隠したいとか。手塚と付き合ってるの恥ずかしいと思ってるとか……そういう事じゃないんだ。
むしろ手塚は俺の自慢なんだよ。だけどさぁ……恋人いるとか言うと、やれ彼女とセックスしたのがどうのとか、彼女の写真見せろとか、結構そういう事も言われるワケじゃん?
俺あんまりそういう話人にしたくないし……正直言うとさ、手塚の事は本当に好きなんだけど、手塚の事を学校の連中に知られるのちょっと怖いんだよね。
だってさ、あいつらちょっと人と違うとそれだけで見下したり……変な目で見られたりするワケじゃん?
手塚の事好きだってだけで、あいつらに気持ち悪がられたり、下に見られたりするのも癪に障るし、興味本位でアレコレ聞いてくる奴とかも絶対いるだろ。
そういうのに煩わされたり振り回されたりするのって面倒だなーと思ってたし、他人を振り回すのは好きだけど誰かに振り回されるのって俺の信条に反するからさぁ。
……だから誰にも言ってこなかった訳なんだけど、時々それってスゴイ空しいっていうのかな。
もしこのまま俺たちが別れたら、誰も俺たちが付き合ってた事なんて知らないで……誰の記憶にも残らないで、消えていくような感じがしてさ。
それって何か結構、寂しいってか……辛いってか……よくわかんないんだけど。
俺たちって、別れたら何も残らないのかなって思ってさ……」
芝浦の髪に触れながら、手塚は静かに目を閉じる。
周囲に聞かれないのなら、こちらも言わなくてもいい……確かに芝浦にはそう伝えていたし、お互いそれで納得しているものだと思っていたのだが、実際の所芝浦の方は芝浦は公言しないといより公言できないという気持ちが大きく、誰にも言えないという事実に人知れず苦しんでいたのだろう。
手塚は会社勤めをしている訳ではなく、一日に出会う人間の殆どは行き過ぎていく客ばかりだ。他人にも時間にも縛られる事のない、世間一般からすればかなり自由が効く仕事をしていると言えよう。
それ故に他人との関係に煩わされる事もなければ理解しあえない相手と無理に付き合う必用もなく、他人と距離をおく事は簡単にできたし、孤独でいる事にさしてデメリットもない立場であった。
だが芝浦は違う。
価値観の多様性を認めるような時流にはなりつつあるが、大学という集団の中で生活する限り理解しあえない相手とも接しなければいけないし、気に入らない相手を前にうまく立ち回る必用も多いはずだ。
そういった中でマイノリティに回るという事は、メリットよりデメリットの方が大体の場合大きいものだ。
それは手塚も痛い程に経験してきた事だから、言えなかったという事に対して芝浦を責める気持ちは毛頭ない。
そもそも聞かれなかったから言わないといったスタンスも双方できちんと話し合って決めた事ではなく、何とはなしに流れでそうなっていっただけの所があり、手塚にとっては単純に「わざわざ他人に説明する煩わしさは避けたいから、聞かれないなら言わなくていい」という意味合いで言ったつもりであった。
そしてそのスタンスはあまり深い人付き合いを必用とはせず、どこかの会社にも属してはいない手塚の立場であるなら「聞かれなければ言わない」という事は実質「言わなくても良い」という事になっていたのだが、多くの人付き合いがある芝浦は実際に聞かれる事があり、実際に聞かれるという事は本来なら言うべきタイミングがあるという事なのだ。
そしてそのタイミングが来た時に、あえて言わないでおくという事はは嘘をつく事であり、嘘をつく事は人に罪悪感を植え付ける。
芝浦は気まぐれで嘘つきだ。手塚の前でも必用のない嘘をついて悪戯っぽく笑って見せる事も多い。
だが彼の嘘は他人を欺くための嘘であり、他人を翻弄して自分が楽しむための嘘が多い。
他人を弄ぶために嘘と自分の秘密を隠すための嘘とは嘘の質が違う。例え呼吸をするように嘘を吐ける男であっても種類の違う嘘をつく時は後ろめたさを覚えるのだろう。
「そうか。そうだな……ちゃんと、お前とは話しておいたほうがよかったか……」
手塚は芝浦の頬を撫で、その指先で唇をなぞる。
その仕草を芝浦は、どこか呆けたように見つめていた。
「俺が『聞かれなければ言わなくてもいい』と言ったのは、俺自身が誰かにそういった事を聞かれる事が無い立場だから出た言葉だったし、俺とお前の関係を嫌悪するような輩とは付き合う必用がない立場だったから出た言葉であって、あくまで俺の都合に良いからそう話していたんだが……実際に誰かに聞かれる立場にあるお前を事情までは慮る事ができていなかったな」
芝浦は相変わらず、視点の定まらぬままどこかを見上げている。その目が手塚を見て居るのか、それとも天井を眺めているだけなのか判断はできなかった。
「言い方を変えて伝えておこう……聞かれなければ言わなくてもいい……ではなく、『言いたくない相手には、言う必用はない』と、言うのが俺の気持ちに一番近いだろうな。『聞かれても言いたくなければ言わなくていいし、言ってもいい相手には教えてもいい。自由にしていい』と言うべきだったんだ。それならお前も、嘘をついていると思う必用もないだろう」
少しでも正しく気持ちを伝えておこうと言ったつもりだったが、芝浦は返事もせず相変わらず何処を見ているのかもわからない様子でただぼんやりとしている。
「あぁ……そうなんだ。それなら……これからも、別に言う必用って無いんだな……」
辛うじてそう呟く芝浦の言葉は、やはり力なく普段の挑発的な態度は微塵も見られない。
誰かに黙っている罪悪感からそんな事を話しだしたのだろうと思っていたし、実際にその事に対して後ろめたさも感じていたのだろうが、それと同じくらいに不安に狩られているのだろう。
もし手塚と別れる事になったら、自分たちの間には何も残らないのではないか。
その「もしも」という仮定が芝浦を不安にさせているのだ。
そして芝浦の感じる通り、恋人同士である今は良いが、それが終った時に自分たちの関係は多くに知られる事もない密やかなものになるのだろう。
思い出は自分たちの中に存在するが、誰かに対して何かを残すという事を積極的にしている訳ではないのだから「誰かの中に残っていく」という事は、きっと殆どないはずだ。
自分たち以外の誰にも知られないという事実は、お互いがいなくなり忘れていったら誰の記憶にも残らないという事でもある。
きっとその共有できる思い出の少なさが、過ごした時間全てが虚空に消えていくような気持ちになり芝浦を不安にさせてしまうのだろう。
周囲にいる普通の恋人たちが当たり前のようにデートの話をし、写真をとり、それを周囲に見せて話して聞かせる姿を目の当たりにすれば、そんな思いに狩られても不思議ではない。
「それに、別に誰も知らない関係というワケでもないだろ。城戸は知ってるしな……」
以前、城戸がいる事に気付かず彼の前でキスをした事を思い出す。あれを見られのは事故のようなものだったが、幸い城戸は特に嫌悪感を出す事もなければ偏見をもつ事もなく、以前通りに接してくれていた。
「まぁ、確かに城戸は……知っていてくれてるけどさ……あいつにはあんまり、そういう話してないんだよね……」
芝浦は相変わらず虚ろなまま、消え入りそうな声を漏らす。
これは、城戸が比較的に粗忽な性格で芝浦の意志に反して思わぬ所でいらぬ話をする可能性があるから、迂闊に話せないという理由も少なからずありそうだった。
話せる相手が限られている。
そして、幸福な時間はいつま続くか分らない。
いずれ別れがきたら、自分の過ごしてきた時間が全て消えてしまうのではないか。そう思わずにはいられないのだろう。
「本当に俺たちが別れた後に何も残らないとでも思っているのか?」
手塚は芝浦の手を握る。
芝浦の手は糸が切れたように動かなかったが、その腕からは微かな鼓動が感じられた。
「それなら安心しろ。俺はもしお前と別れる事になっても、きっとお前の事は死ぬまで忘れない。お前ほど愛せる相手は、多分俺の前にはもう現れないだろうからな」
手塚の言葉に、芝浦は微かに笑って見せる。
それは普段見せる無邪気な笑顔とも挑発的な笑顔とも違い、哀しみに満ちていた。
「……何いってんだよ、おまえすごいモテる癖にさ。手塚はカッコイイから……俺なんかいなくても、すぐに別の相手が現れるだろうし。俺とは違って女の子でも大丈夫なんだろ?
……女の子を好きになれば、回りに祝福されて、結婚して、子供できてって。そういう時間を過ごしているうちに、俺の事なんか忘れちゃうって」
それは時々芝浦が言う事だった。
物心ついた時から恋愛対象が男性だった芝浦にとって、元々異性も愛せる手塚のような存在はいずれより恋愛面において障害の少ない異性に惹かれ去って行くのではないかという不安はいつもつきまとっているのだろう。
「お前が思ってるほど、俺は誰かに好かれるような男じゃないさ」
「……嘘ばっか。そんなカッコ良い癖に」
「嘘じゃない……付き合いの悪さはお前も知ってるだろう?
それに……感じるんだ。俺にとってお前が一番情熱を傾ける事が出来る相手であり、お前だけがそれを受け入れる事が出来る相手だとな」
そこで手塚は微かに笑いながら芝浦の胸へと手を置いた。
「わかってるだろう? 俺は重い男だからな。俺に付き合い切れる奴なんて、きっとお前くらいのものだ」
その笑顔を見て、芝浦もようやく笑って見せた。
「……そうだった。手塚って、すっごい重い男だったよね。まぁ、それは俺も一緒なんだけどさ」
「やっと気付いたのか?
俺がどれだけ愛しても愛しても、まだ足りないと言って求めてくるのは今まででもお前だけだったからな。
あぁ……だが本当に、俺を過去の男にはしないでくれよ。お前がどうして別れた時の事なんかを考えたかは知らないが、今もこれからも、俺はお前を手放すつもりは微塵もないからな」
そう言いながら再び手を握れば、今度は芝浦も強く手を握り返す。
「俺だって、あんたの事簡単には逃がしてやらないからね」
「いい返事だ。それならもっとお前の事を束縛してもいいか? ……本当にお前に逃げられたら困るからな」
「全然オッケーだけど? ……逃げられないよう縛り付けて、何なら首輪でもつけてくれる? 俺はそれでもけっこー幸せだよ」
虚ろだった目に、僅かだが光が戻る。
芝浦の求める愛は執着、偏執、盲信、それら全てが混ざった限りなく一途で重い愛なのだろう。そして手塚が与えられる愛もまた、そのようなものなのだ。
「だったら失うような妄想に囚われるな。俺はお前を手放すつもりはないし、お前だって俺を逃がしてくれはしないんだろう?
分かっているな。俺たちは似たもの同士だ。俺はお前を忘れはしないし、お前に俺を忘れさせもしない。何も残らないなんて事はない……心配するな。残してやる。お前の身体にも、心にも。たっぷりと、俺という名の傷痕をな」
手塚は僅かに口角だけあげて笑うと、芝浦と唇を重ねる。
芝浦は手塚の身体を求めるよう、慈しむように抱きながらその唇を受け入れた。
いつか何かの理由で別たれる事があったとしても、互いの思いが決して消えないように願いを込めて。
例えその思いが深い傷となって刻まれたとしても。
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